第44話 異世界へ到着

「……なんで、急に川下りになるんだ?」


 急激な環境の変化に、戸惑うクラウドたち。

 トロッコが、いつの間にか舟になってしまっていた。


「雷也、オレはメガ正宗で漕ぐから、これでそっちを漕いでくれ」

「おっ、これはなかなかの業物わざものでござるな」


 クラウドはオール代わりに、伝説のフライパン『ピコ正宗』を雷也に渡す。

 両側とも切り立った崖の下なので、陸に寄せて上がる事はできそうにない。岩の間を抜け、器用に進んで行くクラウドたち。だが、なんだか落水の音が大きく響いている。


「もしかして、このパターンは……?」


 前方を見ると、川が途中で切れ、先が見えずに空しか見えなくなっている。


「滝よ!」

「何だとーっ!?」


 ぐんぐん滝に近づいて行くトロッコ。


「みんな、戻って! バック、バック!」

「無茶言うなー!」


 無理とは分かっていても、水の流れに逆らう様に漕ぐクラウドたち。

 だが、それをあざ笑うかのように、水流は滝の方へと押し流して行く。


「この窮地は、どうしたら……!」

「インディコ、死ぬ前にお前に言っておきたい事がある」

「えっ?」


 真摯な目で晴海を見つめるクラウド。

 晴海はドキッとしながら、その言葉を待つ。


「トロッコって聞いたら、無性に寿司が食いたくなるよな」

「現実逃避するヒマがあったら、打開策を考えて」

「いや、もう、こんなんどうにもなんねーだろ!」

「諦めちゃだめよ、もう少し頑張ろうよ、できるできる、もっと熱くなろうよ!」


 どこかの太陽神のように、士気を上げようとする晴海。

 しかし、ついに冒険隊に終焉の刻が訪れる。


「うっわー、落ちるー!」

「何で、こう、お約束ばっかなんだー!?」


 だが、滝と思われたそれは、実はすべり台だった!


『お約束じゃ、なかったーっ!』


 冒険隊は、全員トロッコの上で両手を上げる。

 シューッと滑って、滝壺の中にドッパーンと特大の水飛沫をげて着水。

 そのまま、ゆるゆるとトロッコの舟は着岸した。


「ここは……いったい?」


 晴海は辺りを見回す。滝壺の回りは木に囲まれている。森の中だろうか。

 空を見上げると青空で、ぴーひょろろろろと、とんびが輪を描いて飛んでいる。

 カッコウの鳴き声が、どこからともなく響いて来る。


「よく分からないけど、とりあえず終点みたいね。案外、普通だけど、ここが異世界なのかな?」

「さあなあ」


 ぐっちゃりしている男性陣。投げやりに答えるクラウド。


「ところでクラウドくん、ハサミ持ってない?」

「あるけど、どうするんだ?」


 晴海はクラウドからハサミを受け取ると、ズボンに細工を始める。

 穴の空いた茶色の綿パンの、膝上から下を切り落とし、ショートパンツの様に仕立て上げた。


「できた! どお、似合う?」


 すらっと伸びた白い足を見せ、くるくると回って見せる晴海、クラウドは思わず。


「かわいい……」

「おっ? 珍しいなー、お前が胸以外に反応するなんて」

「え、何? もう一回言って?」

「あ、いや。お嬢さん、そんな格好じゃ風邪ひくぜ……」

「お前、ごまかすのヘタクソすぎー」

「るっせえな、オレも着替える!」


 クラウドは、ボロボロの上着とシャツを脱ぎ始める。


「ちょっと、急に裸にならないでよ」

「あ、ごめん。次からはちゃんと断ってから裸になるよ」

「そういうことじゃないんだけど……」


 晴海は恥ずかしがり屋さんだなとか思いつつ、クラウドは茂みの中で着替える。

 出てきた姿は、赤を基調としたジャケットに、黒の無地のTシャツ。つまりは、さっきまでと同じ格好。


「待たせたな」

「全然変わってないなー」

「この服気に入ってるから、まとめて買ってたんだよ」

「ここ、ゴーグルマップで場所調べようとしたけど、携帯がつながらないなー」


 ブラザーズの南斗が、スマホをいじっているが、電波が届かない状況であると言う。


「じゃあ、少し高い所に行って、ここがどんなとこなのか確かめてみましょうか」



 *



「それ、がんばれ、インディコ。もう一息だ」

「よいしょ……」


 クラウドは晴海の腕を取って、頂上に引っ張り上げる。

 ロッククライミングとまでは行かないが、小高い岩山を登りきった冒険隊。


「ふうっ、ようやく着いたぜ」

「みんな、見て!」


 クラウドたちは、そこから見える世界に息を呑む。

 夕刻を迎え、黄色から、橙、朱、茜色、紫とグラデーションを奏でる空。

 地平線の彼方に沈む夕日が、金色に照らす景色は、ここが絶海の孤島であるということ、島の周辺をぐるりと山岳が取り囲み、盆地状を形成していることを浮かび上がらせていた。


「これが、異世界……!」

「なんか、すっげえ所に来ちまったみたいだな……」

「何時間か前まで、学校におったとは思えんなー」

「あれは……、城でござろうか?」


 雷也が指し示す、鬱蒼うっそうと茂るジャングルに囲まれた島の中央に、西洋の古城を思わせる建物が、蜃気楼の様に揺らめき立っている。


「もしかしたら、あれがカリスマ教の拠点か?」

「うん、そうよ。きっとそう! とうとう来たのね、あたしたち……」


 晴海は、きらめく瞳で伏魔殿を見据える。


「雪姫、玲華さん、待っててね。きっと、あたしが、あたしたちが助けてあげるから……」


 親友たちの姿を思い、丘の頂で決意に燃える、晴海率いるノーテンキ冒険隊であった。

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