第43話 大切なもの

「よい……しょっと」

「おいおい、無理すんなよ」


 晴海が靴の底で車輪を押さえつけて、トロッコにブレーキを掛けようと試みる。

 だが、その回転は凄まじく、人の力でどうにかなる様なシロモノではない。

 その時、支えていた手が滑る。


「きゃあ!」

「あらよっと!」


 晴海が落ちてしまう寸前に、クラウドが待ってましたとばかりに手を掴む。

 少々、晴海は地面を引きずられたが、無事に引き上げる事ができた。


「ほら、言わんこっちゃねえ。大丈夫か?」

「クラウドくん……、怖かったよー!」


 がばっと抱きついて来ようとする晴海を、ひょいっと咄嗟とっさにかわすクラウド。晴海の腕がすかっと空振る。


「もー、なんでけるの!」

「いや、展開が読めたのと反射でつい」

「クラウド冷たいなー」

「怯える女の子を慰めるくらいのアレはないのかねー」

「アレって何だよ、しょうがねーだろ!」


 恥ずかしいんだよ。と続けようとしたが、そこまで言うと情けないと思ったのでやめる。

 だが、ちょっと悪いなと思ったので、フォローを入れる。


「ケガとかはないか?」

「うん。ケガはしてないけど、ほらズボンが破れちゃった」


 右膝の部分にポッカリ穴が空いている。


「そうか。まあ、無事なら何よりだ」


 晴海は、にこっと笑顔を見せた。


 冒険隊が乗るトロッコは、狂った様なスピードで、薄闇の中を突っ走る。

 洞窟の両サイドに等間隔に並ぶランプの光が、瞬く間に通り過ぎるため、1本のオレンジのラインを描いているように見え、うなるような風を切る音が、恐怖心を撫で上げる。


「さすがに、これは危険だね……」


 それでも、晴海は帽子を手で押さえ、革ジャンをはためかせながら先頭に立ち続ける。

 トロッコが右カーブに差しかかる。

 だが、遠心力に持って行かれて、なんと車体が傾いた!


「きゃあああああっ!」

「うわあああああっ!」

「ひえー!」


 傾いたまま片輪走行で、キイキイキイと音を上げながら、カーブを曲がる。曲がる。曲がる。

 すれすれで曲がり切り、離れていた右車輪がレールに接地し、また元の様に走り続ける。


「あっぶねー! なんで、傾くんだよ!?」

「すりる満点でござるな」


 もしかして、これは罠か? それとも、設計ミス?


「あたしが合図するから、左右に寄ってバランスを取るよ!」


 前方に、左カーブが迫って来る。


「左カーブだから、右に偏るから……、みんな左に寄って!」


 カーブの内側、左サイドに全員集まり、体重をかける。トロッコが少し浮き上がるが、無事にカーブを切り抜ける。


「安心しないで、次が来るよ!」


 また左カーブ。


「そのまま動かないで!」


 2つ目のカーブをクリア。


「次は、右!」

「おう!」


 全員、ウエイトを右にかける。


「次も、右! 次は左! 右! 左! 右!」

「B、A!」

「ブラザーズくんたち、余計なこと言わない!」


 連続して襲いかかるカーブを、晴海の的確な指示でクリアして行く。


「次は上!」

「おう! ……上?」


 盛り上がるレールに乗り上げ、トロッコが跳ねる!


「うおあっ!」


 完全に尻が浮いたが、なんとか持ちこたえるクラウドたち。


「ごめん! 跳ねるって、言いたかったの」

「分かった、次からは踏ん張っとく」

「また、跳ねるよ!」


 今度は、しっかりしがみつく。だんだんこの動きに慣れて来た。


「よーし、次は何だ!」

「次は……、下……」


 沈鬱な晴海の言葉に、前を覗き込むクラウドたち。前方のレールが切れている。


「ウソだろ……」

「死ぬ前に1度、とつぜんステーキを食ってみたかったなー」

「縁起でもないこと言わないで! とりあえずその辺にしがみついて!」


 今まで以上に、がっしりトロッコにしがみつくクラウドたち。トロッコは切れたレールから落下する!


「うあああああっ!」


 だが、それは段差になっており、落下した先に続くレールにドカンと着地する。

 衝撃が腕足と言わず全身に響くが、トロッコは何事も無かった様に疾走を続けた。


「……みんな、大丈夫?」

「まあ、生きてるみたいだな……」


 とりあえずホッとする晴海。だが、油断したのか帽子を押さえる手が緩む。

 突風が晴海の、インディの魂ともいえる帽子をはね飛ばした。


「あたしの帽……!」


 クラウドは素早い反応で帽子に飛びつき、そのままトロッコから落下する。


「クラウドくん!!」


 落っこちながら、クラウドは特製リュックからロープ付き傘を取り出し、投げ付ける。トロッコのヘリに引っかけたのはいいが。


「いでででででーっ!」


 いわゆる、市中引き回し状態。枕木が腹にボコボコ当たって、めちゃくちゃ痛い。


「クラウドくんっ! クラウドくーん!」

「インディ娘ちゃん、落ちるってー」


 心配のあまり身を乗り出す、晴海を引き止めるブラザーズ。

 クラウドは何とか両手持ちに変えようと、帽子をリュックに入れようとするが、逆にロープを握る手を滑らせてしまう。


「うわあああああっ!」


 あと、10cmでロープが途切れる所だったが、辛うじて指をからめる。

 手首をひねり、これ以上ずり落ちないように腕に巻き付ける。


「うっわー、カーブだー!」


 クラウドに気を取られ過ぎて、荷重移動の事を忘れていた!

 が、人数が減っていたせいか、トロッコは何事もなくカーブを曲がる。しかし。


「いでででででーーーーーっ!」


 大きく右に振られ、今度は壁に叩きつけられて悲鳴を上げるクラウド。


「クラウドくん、帽子を捨てて! 両手でロープにつかまってーっ!」


 叫ぶ晴海。だが、クラウドは歯を食いしばったまま、帽子を離そうとしない。


「クラウドくん……」

「跳ねるぞー!」

「痛てっ!」


 バウンと弾けるトロッコ。それに合わせて、クラウドも跳ねる。

 ボン、ボン、ボンと跳ねるトロッコ。クラウドも。


「痛てっ、痛てっ、いてーっ!」

「雷也くん、ブラザーズくんたち! どうにかならないの!?」

「無理に引っ張ったら、くらうどの身体が耐えられないでござる」


 長時間引きずられて、そろそろピンチのクラウド。


「やべえ……、握力が品切れだ……」


 雑貨屋らしい表現で、限界を訴えるクラウド。


「どうしよう、このままじゃクラウドくんが……」


 前方のレールがまたもや切れていた。そして、レールの先が反り返っている。

 深い谷が口を広げている。その上、反対側の崖には再びレールが走っていた。

 つまり。


「これを、飛べってこと!?」

「今度こそ死んだな、死ぬ前に大好物のソーセージ、山ほど食っとくんだったー」


 だが、この土壇場で晴海はピンと閃く。


「どうせ飛ぶなら、クラウドくんを回収するチャンスよ! 飛び上がった所を引っ張って!」


 晴海の指示で、雷也はクラウドとトロッコを繋ぐロープを握る。

 ジャンプ台を通過!

 トロッコが飛ぶ。宙を舞うトロッコとクラウド。

 雷也がロープを引っ張ると、クラウドがなだれ込む。

 クラウドの救出は成功!

 だが、その時の衝撃でトロッコが前傾し、飛距離が伸びない。


「お願い、届いてーっ!」


 トロッコは谷底に墜落するかと思われたが、辛うじて前輪がレールにひっかかる。

 空回りする前輪、上がる火花。

 幸いにも荷重が前にかかっていた分、摩擦が重力に打ち勝ち、トロッコは見事レールに復帰した!

 しばらく走ると、トロッコは坂道を上りはじめ、スピードがだんだんと緩やかになってくる。

 度重なるピンチに、息をつく暇もなかったが、ようやくホッと息を吐く5人。


「クラウドくん、大丈夫!?」

「おーう……大丈夫だ。あちこち痛いし、一張羅はボロボロだけどな」


 息絶え絶えに座り込みながら、晴海に応えるクラウド。

 丈夫なジーンズはともかく、薄い生地のジャケットとTシャツは、所々に穴が空いてしまっていた。


「でもまあ、帽子が無事でよかったよ」


 とうとう、最後まで帽子を離さなかったクラウド。ロープを握っていたため血がにじんでアザになっている、クラウドの右手を晴海は小さい両手で握り締め。


「こんなケガまでして……、帽子の事は気にしないでよかったのに……」

「身体が動いちまったんだから、しょーがねえだろ。それにインディ・ジョーンズが冒険する時は、絶対に帽子を手放さないんじゃなかったか?」


 クラウドは晴海の頭に、ぽすっと優しく帽子をかぶせる。

 何だかんだで、インディ・ジョーンズに詳しいクラウド。けっこう洋画好きである。


「ありがとう……!」

「おっと、抱きついてくんなよ。あれやられると、どうにも……」


 クラウドが冗談交じりに言いかけて見ると、晴海が涙を流していた。


「おいおい、泣かないでくれよ。何のためにオレが頑張ったのか、分かんなくなるじゃねーか」

「……そうだね♪」


 晴海は涙を拭うと、ニカッと笑ってみせた。


「まーた、2人の世界に入ってんなー」

「あれは、いじらなくていいでござるか?」

「まあ、今回はクラウドに敢闘賞ということで」

「お、明るくなって来たでござる」


 カマボコ型の光が見えて来た。いよいよこの長い洞窟も、終わりを迎える時が来たのだ。

 トンネルから出た途端にレールが無くなり、突然の浮遊感。


『えっ?』


 ドボーンと、トロッコは川の上に着水し、そのままドンブラコと流されて行く。

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