第四章 異世界へGO!
第37話 ひょうたんから都こん部
「あ、こんな所に
異世界へのカギとなる古文書と仲間を同時に失い、意気消沈のノーテンキ冒険隊。
とりあえず、薙刀部の旧武道場に戻るため、森の中をふらふらと歩いていたが、通りすがりに小さな祠を見つける。
ぱっと見た目は木造瓦葺きのミニ神社といった風情で、入口は木格子の桟がついた両開きの扉である。
祠の周りは、なんとなく涼しく澄んだ空気にまとわれ、神聖な雰囲気を醸している。
「ちょうどいいや。ちょっとここで休んで行こうぜ」
朝から、薙刀部・アクアリーグ・迷彩服の男達と連戦し、疲労のピークにある冒険隊は、クラウドの提案に異議を唱える者も無く、その辺りの倒木や石の上に腰を下ろす。
水泳部から強奪したパンや菓子類を昼食にしながら、晴海は草薙に問いかける。
「ナギナギさんは、古文書をこっそり読んだりした事ないの?」
「わたくしも先代部長から引き継いだ時に『時が来るまで、中を覗くべからず』と伝え聞いておりましたので、箱すら開けた事も……」
「だよねえ……」
「うーん。こうも手掛かりが無いんじゃ、もう無理ゲーじゃねーか?」
疲れと寝不足で、ぐっちゃりしながら言うクラウド。
「諦めちゃダメだよ。トレジャーハンターは、見つかるか分からないものをゼロから探すんだよ。あたしたちも頑張ろうよ」
「いや、諦めた訳じゃねーんだけど、こう行き詰まりのドン詰まりじゃあなあ……」
「いっきづまりっ♪」
「あ、そーれ、どっんづまりっ♪」
クラウドのフレーズが気に入ったのか、楽しそうに踊るブラザーズ。
「じゃあ、元気が出るように、あたしがクラウドくんにマッサージをしてあげるよ」
「あ、こら、くすぐったい。やめろって」
ただくすぐってるだけのように見える、よく分からないマッサージをする晴海。
当然。
「イチャイチャしてんなよー」
「なにが元気になるマッサージだ?」
ブラザーズの格好の標的となるクラウド。
「イチャイチャしてねーし、下ネタはやめろ!」
「オレらは、別に具体的にどこがとは言ってないぞー」
「勝手に下ネタに取るなよー、このドエロ!」
「減らず口ばっかり叩きやがって、このキノコ頭め! そんな事を言う口はこいつか! こいつか!」
『いひゃい、いひゃい、ひゃめろってー』
くちびるを、グニーッと引っ張られるブラザーズ。
毎度おなじみの小競り合いを繰り広げる3人。
「あんな事があったばかりなのに、皆様はお強いのですね」
「拙者たちは、『ノーテンキ冒険隊』でござるから」
カラ元気も元気の内とばかりに、努めて明るく振る舞うクラウドたち。
そんな風に休憩時間を過ごしていたところ。
ガタッ!
祠の中から、物音が聞こえる。
「な、ンプッ……」
「しっ」
クラウドの口を押さえる晴海。
冒険隊は祠の側面に回り込み、様子を見る。
すると、正面の入口が開き、中から1人の男性が現れる。
見た感じ人の良さだけが取り柄のような、ゆるい顔の少年。
男は特に警戒もせず、鼻歌混じりに建物から出て行き、胸ポケットから赤い箱を取り出すと、一服とばかりに都こんぶを口にする。
晴海はクラウドたちに目配せし。
『確保ーっ!』
「うわっ、なに、何!?」
雷也が羽交い締めをし、身動きが取れなくなった男に、なぜかサングラスをかけたブラザーズを両脇に侍らせた、同じくなぜかサングラスをかけた晴海が正面から近づく。
「ちょっと、あなたに聞きたい事があるんだけど……」
「な、なんだ、君たちは!? もしかして、ここが異世界の入口と知っての狼藉か? 僕は『都こん
コキャッと雷也に首をひねられて、あっさり気絶する男。
「あ。つい、やってしまったでござる」
「いいよ。気持ちは分かるし、聞きたい事は自分からしゃべってたし。ていうか、今この人すごい事言ってなかった?」
晴海はサングラスを外し、クラウド達と視線を合わせると、4人は意を介してコクンとうなずく。
「都こん部って、本当にあったんだな!」
「8時間1万円のバイト代とは、良心的でござる」
「違う違う、そこじゃなくて、異世界の入口の事だって!」
「冗談だよ。まさか、たまたま立ち寄ったこの祠が……」
「あたしたちがあれだけ必死に探していた、異世界の扉だったなんてね……」
この結果を手繰り寄せたのは、晴海が持つ冒険家の運というものか。
思わぬところから、糸口を見つけたノーテンキ冒険隊。
まさにひょうたんからコマ、祠から都こん部。
祠の扉が開いているその姿は、ゴゴゴゴゴと何物をも吸い寄せる、ブラックホールのような様相を呈していた。
*
いよいよ、異世界へ赴こうとするクラウドたち、だったのだが。
「私は、ここで皆様方とお別れでございます」
「え? ナギナギさん、あたしたちと一緒に来ないの?」
「はい……。そろそろ戻らないと、武道場を荒らされてしまいますから」
「うーん、そうだね。古い建物だったから、無茶されたら潰れちゃうかもしれないもんね」
「あ、でも、武道場の床をぶちぬいて、墨汁をなみなみ注いでいたのはー……」
「あれは、そういう仕様です」
「でも、墨汁……」
「仕様です」
言いかけるブラザーズを、にっこりと笑顔で制する草薙。
「それでちょっと、皆様方にお願いがあるのですが……」
草薙は襟元に挟んであった、1通の白い封筒を取り出す。
「もし、異世界で『
「砂治さんって、男の人?」
「はい。家の道場の師範代で、剣道部の主将です。突然姿を消してしまって、行方を捜していたのですが、もしかしたらその異世界にいるかも知れないと思いまして」
「うーん? その砂治さんが失踪した理由の心当たりってある?」
晴海の質問に、草薙の表情が曇る。
「それは……、ついこないだの春の新人戦の時に、対戦相手を大ケガを負わせてしまった事かもしれませぬ。彼は相手を殺めてしまったと思い込んで、その日からいなくなってしまったのです。そんなに思い詰めるぐらいなら、わたくしに相談してくれれば良かったのに……」
「本当に砂治さんの事が心配なのね。で、その対戦相手は死んじゃったの?」
「いえ、奇跡的に一命を取りとめ、今は回復傾向にあるとの事です」
「じゃあ、砂治さんが戻ってくれば、めでたしめでたしなわけか。砂治さんって、ナギナギさんの彼氏?」
草薙は頬を赤らめ、こくんとうなずく。
ガックリ肩を落とす雷也を、なぐさめるブラザーズの様子が見える。
「そういう事なら、喜んで引き受けるよ」
晴海は、草薙から封筒を受け取る。
愛する人に渡す手紙にしては、装飾が全くない白一色の封筒は、凛とした草薙の人柄が良く表されているように思えた。
「ちょっと待つでござる。その砂治殿はかなりの剣術家でござろう?」
「はい。『草薙流風乃太刀』の皆伝者で、1対1の戦いなら誰にも負けた事はありませぬ」
「だったら、その手紙は拙者が引き受けるでござる。場合によっては立ち合う事になるかもしれないでござるから」
「そうねえ。じゃあ、これは雷也くんにお願いするね」
晴海は雷也に、草薙の封筒を手渡した。
「くらうど、拙者の小荷物を出してほしいでござる」
クラウドは皆から、かさ張る荷物を預かっている。
体操服入れのような麻袋をリュックから取り出し、雷也に渡すと手紙を入れて返される。
「これ、何が入ってんだ? 結構ずっしり重いぞ」
「ふっふっふ、秘密でござる」
「ナギナギさん、ここまで色々とありがとうございました」
「いえ、わたくし達はもう友達ですから、改まってお礼なんて良いですよ」
「えっ? あたしの事、友達って言ってくれるの? うれしいな……」
喜びで泣きそうになっている晴海を見て、大げさだなあと思うクラウド。
「じゃあ、行ってくるね!」
「はい、皆様の武運をお祈り申し上げます」
晴海は草薙に元気よく手を振って、冒険隊は祠の中の闇へと消えていった。
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