第29話 晴海の記憶3 ~あたしの勇者さま~

「ねえ、ゆき! 見て見て! 海が見えたよ!」

「ほんと、きれい……」


 初夏のある晴れた日。

 あたしと雪姫ゆきは、ローカル路線バスに乗って、上沢市の北町に来たの。

 北町は港町なので、お魚が美味しいんだって。


「今日は冒険日和だねっ!」

「はい!」


 今日のあたしは、半袖Tシャツにオーバーオールで、スーパーマリみたいな動きやすい格好。

 雪姫は白いワンピースに、リボンのついた幅が広い帽子で、とっても可愛い格好をしてたわ。


「お昼ごはんは、イカを焼いたやつを食べよう。とってもおいしいらしいよ」

「じゃあ、わたしはおやつにソフトクリームをたべたいですわ」

「うん、いいねー。行こう行こう!」


 元気良くバスを飛び降りたあたしたちは、まずは海が良く見える展望台に行ってみたの。

 そこから眺めた景色は見渡す限り、青い海、青い空、白くてもくもくした雲。

 太陽が照らす海はキラキラと輝いて、とってもきれいでドキドキする。

 雪姫も、初めて見る海にすっごく感動していたみたい。

 だって、一生忘れないって言ってたもん。


 それから、あたしたちは串に刺さった焼きイカを食べたの。

 イカが丸のまま焼かれてて、タレが甘じょっぱくておいしかった。

 それから、ソフトクリームを食べたの。

 雪姫はカゼをひくからって、あまり家では食べさせてもらえないらしくって、すごくおいしそうに食べてた。

 鼻の先に白いクリームを付けながら、いっしょうけんめい食べる姿は、とってもかわいかったなあ。


 それから、砂浜に行って、砂遊びをしたり、貝がらを拾ったり。

 2人でふざけて、はしゃいで、とっても楽しい1日だったわ。


 そして、そろそろ帰ろうと思って、バス停で帰りのバスを待ってたんだけど……。


 グルルルル……。


 近くで、何かの声が聞こえる。

 声のする方を見ると、あたしたちよりもずっと大きな体のドーベルマンが1頭、ウーッてうなりながら近づいてきた。

 首輪は付いているけど、鎖やひもが付いていなくて、放し飼いにされているか、それとも野良犬になってしまったのか。


「ゆき、行くよ!」

「あ、ワンちゃん、かわいー」

「違うっ! 走るの!」


 ぽややんとしている雪姫の手を引いて、あたしたちはその場から走り出す。

 すると、それが逆にいけなかったのか。


 ガウ! ガウガウ! ガウウウウッ!


 ドーベルマンは吠えながら、あたしたちを追いかけて来た。

 あたしたちは、必死で逃げる。

 大きな口に、肉でも骨でも何でも咬み砕けそうな尖った牙。

 捕まったら、どうなるか考えたくもない。

 あたしたちはがんばって走った、だけど。


「はるみちゃん……。わたし、もう、走れない……」


 もともと身体が弱い雪姫は、息も絶え絶えになり、足の動きが鈍くなる。


 このままでは、2人ともやられてしまう。

 こんな所に連れて来なけりゃよかった。

 あたしが、雪姫を巻き込んでしまった。

 あたしの大事な、たった1人のともだち。

 あたしは、雪姫が死んじゃうのはいやだ。


 あたしは走る足をゆるめて、雪姫に伝える。


「ここで、2手に分かれよう。ゆきは大人の人を呼びに行って!」

「え? はるみちゃんは?」

「あたしは、あいつを引き付けておくから」

「でも、わたしは、はるみちゃんといっしょにいたい」

「だめよ。2人とも捕まったら、助からないよ。でも、ゆきが助けを呼んでくれたら、なんとかなるから」

「だけど……」

「あたしは大丈夫。だからお願い、行って!」


 雪姫は、あんまり事態を飲み込めていないみたいだけど、再びよろよろと走り出していく。

 これで、あたしが時間をかせげば、雪姫は無事ですむ。

 あんなかわいい子を、死なせるわけにはいかないもんね。


 あたしは立ち止まって、だんだん近づいてくるドーベルマンの方を見る。

 よだれを垂らし、眼が赤く血走り、ものすごい速さで迫ってくる姿は、それはもう、恐ろしい化け物のようで。

 あたしは怖くなって、めまいがして、鼓動が止まらなくなって、立っていられなくなって。


 やっぱり、あたし、死にたくないよ……。


 へたり込んだあたしに、化け物の爪牙が襲いかかった瞬間。


 ガツンッ!


 打撃音が響き、あたしが目を開けると、目の前にあたしと同じ歳くらいの1人の男の子。

 カブトと盾を身につけて、剣をにぎって、抹茶色のリュックを背負っている。


 あたしをかばって立つ、その姿はまさしく、あたしを助けに来てくれた『勇者さま』だったの……。

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