第30話 薙刀部の大和撫子

 明けて、5月5日の朝。


 雨が降りそうな様子ではないが、薄曇りの空はなんとなく、今日があまり良い1日になりそうにない雰囲気を感じさせる。

 まあ、そもそも、こんなトラブルに首を突っ込んでいる時点で、平穏な1日が送れる訳はないのだが。


 3日間ほとんどまともに寝れていないクラウドは、寝ぼけ眼でフラフラと歩いている。

 そこへ、晴海がててててっと近づいて来て。


「えいっ」


 ぎゅむっと、クラウドの足を踏みつけた。


「痛てーっ! ……インディコっ!? 何で!?」


 痛みで目を覚ましたクラウドを見ると、晴海はニコッと満足げに笑って。


「これで許してあげる♪」


 ててててっとクラウドから離れて、山瀬の横に並んで歩き始める。

 涙目のクラウドに、ブラザーズ達は肩をたたきながら。


「許してもらって良かったなー」

「いや、何を?」

「めでたしめでたし」

「だから、何が?」


 なぜこんな仕打ちを受けたのか、結局クラウドには分からずじまい。

 ついでに、晴海と山瀬が楽し気に話しながら歩く姿を見て、なんか急に仲良くなってんなーと思った。


 昨日、将棋部の部長から聞き出した古文書の情報を元に、冒険隊は次の目的地の、森の中に向かう。


「これが、噂の旧武道場ね」

「こんなところに、建物があったのか……」


 上沢高校のすぐそばには、小高い山と森がある。

 あまり知られていないが、実はそこも上沢高校の敷地内であり、隠れた古い武道場が存在していた。


「あなた達が将棋部から聞き出した話では、薙刀部が古文書を握ってるらしいわね」

「ホントに古文書なんてあんのかなー?」

将棋部あいつらも嘘を言ってるようには見えなかったでござるが……」


 クラウドたちは旧武道場の門前に立った。


「じゃあ、道場なのでマナーにのっとって……、たのもーう!」

「それって、マナーなのか?」


 どちらかと言えば道場破りのような気がするが、晴海のあいさつに応えて門が開く。

 だが、いきなり扉を割って転がって来たのは、黒づくめの集団。というより、真っ黒なかたまり。

 よく見れば数人の人間らしいが、これまた真っ黒なボールらしい物をドリブルしながら、クラウドたちの横を抜けて走り去っていく。

 言葉の端々にオフサイドとか、センターリングとかの用語が聞こえる所から、サッカー部? 


「何だ、今の?」


 クラウドたちは、恐る恐る道場の中を覗いて見る。目の前に開けた光景は。


『なんじゃこりゃーっ!?』


 廊下の床板が玄関先から抜けており、黒々とした谷底が獲物を待って口を開いている。

 玄関と道場までの間は綱引き用のだろうか、1本の綱が張ってあるだけである。

 そして、綱の先の板の間に、艶のある黒髪をポニーテールのように後ろでまとめ、胴衣と紺色の袴を着た1人の女性が立っていた。

 薙刀を模した竹刀を持っている所を見ると、薙刀部の部員なのか。


「……皆様方は、何のためにここへ来られたのですか?」


 涼やかな声で、目的を問う女性。

 それに対して。


「あたしたちは、古文書をもらいに来たの」

「おいっ、いきなりなんて事言うんだ!」


 脈絡もなく、本題から入り始める、晴海の口を押さえるクラウド。

 晴海の柔らかい唇が手に当たったので、あわててすぐに放したが。


「モゴモゴ……。いいじゃない、多分この人に小細工は必要ないよ」


 袴の女性はにっこりと微笑む。

 よく見ると、凛々しい顔立ちで、切れ長の瞳のなかなかの美人だ。


「なるほど……皆様方もそうですか。わたくしは、草薙くさなぎ凪沙なぎさ。薙刀部の主将を努めております」


 草薙は恥ずかしそうに、もう一言付け加える。


「部員はわたくし1人しかおりませぬが……」

「皆様方も、って事はさっきの連中も?」

「はい、サッカー部でしたか、将棋部に聞いて来られたそうです。丁重にお帰り頂きました」


 なるほど、さっきの連中は草薙と戦って敗れ、追い返されたという訳か。

 それにしても、なんで真っ黒だったんだろう。

 それに、あの将棋部は、誰にでも旧武道場の事を言いふらしているのか? 


「神聖な道場を荒らさせる訳には参りません。古文書がご所望なら、わたくしと戦って頂きます」

「ここで戦うって事は、綱渡りをしながらって事か……」

「ろーぷですまっちでござるか。拙者やってみたいでござる」


 格闘技に関しては血の気が多い雷也。もう既に肩慣らしを始めている。


「そうね、それしか方法が無いなら、やるしかないかな。みんなもそれでいい?」


 クラウドは、めんどくせーなあと思ったが、不承不承ふしょうぶしょううなずく。

 その他の面子も、肯定の意を示す。


「いいわ、その勝負受けるよ」

「いいでしょう。ルールは1対1で降参か、落ちると負け」


 底が見えない谷の底。落下したらタダではすまないだろう。


「武器は何を使って頂いても結構です。わたくしはこれを使わせていただきます」


 草薙は竹刀を上段に構えた。


「さあ、どなたからでも宜しいですよ、いざ尋常に勝負!」

「よーし、じゃあ、早速あたしから……」


 片手を広げ、晴海を制するクラウド。


「草薙さんだっけ? こっちは6人でそっちは1人。体力的に不公平じゃないか?」

「ふふっ、貴方は優しいお方ですね」

「え、あ、いや、いくら強そうでも、君は女の子だからな」


 美人に誉められて、照れるクラウド。


「ですが、鳥合の衆が相手では、大した枷にはなりませぬ。遠慮無くかかって来て下さい」


 なかなかの高飛車な発言に、聞いた晴海が憤慨する。


「何よ、せっかくクラウドくんが心配してるのに!」

「まあまあ。じゃあ、ジャンケンで決めようか?」


 その結果、ノーテンキ冒険隊の1番手は雷也が行く事になった。


「雷也くん、がんばって!」

「負けるんじゃないぞー」

「オレたちはやりたくないからなー」

「あなた達、正直ね」


 本音モロ出しで応援をするブラザーズ。

 グリップを良くする為、裸足でロープの上に立つ雷也。


「貴方は、武器は宜しいのですか」

「拙者は無手の流派なので、素手で良いでござる」


 お互い、対戦相手に向け一礼をし、試合が始まった。


「せぇーいっ!」


 美しく、張りのある声を上げ、まずは草薙の中段からの突き。

 雷也はそれを見極めて、バックスウェーでかわす。

 立て続けに足元を払いに行く草薙。

 軽くバックステップでそれを流すと、雷也は間合いを詰めて、拳を繰り出す。

 返す薙刀で、その動きを牽制する草薙。

 雷也は跳躍すると、草薙を飛び越える。

 着地した瞬間、雷也は草薙の背後から蹴りの強襲! 

 草薙はすぐさま後ろに振り向き、竹刀を立てて、蹴りを真正面から受け止めた。


 一拍の間。


「綱の上では、なかなかうまく立ち回れないでござるなあ」

「貴方、かなり出来ますね。烏合の衆などと言って申し訳ありませんでした」


 お互いに視線を合わせると、同時に笑みを浮かべる雷也と草薙。

 序盤からの激しい攻防に、好勝負の予感が漂った。


「ここの戦い方にも慣れたでござる。そろそろ全力で行かせてもらうでござる」

「それでは、わたくしも本気でお相手をしましょう……」


 雷也の言に応え、草薙は袖から両腕を抜き、胴衣をはだけると、上気して桜色に染まる肌と胸にさらしを巻いただけの上半身を露わにする。

 観客ギャラリーの目が、草薙の胸に集中した。


「おっきい……」


 草薙は着やせをするタイプなのか、意表をつかれた晴海たち。

 本人は汗でまとわりつく上着を脱いで、動きやすい格好になったつもりだろうが、さらしを巻いた胸ははちきれんばかりであり、こちらの方が大丈夫なのか心配になる。


「マジかー……。接近格闘タイプと思っていたが、まさか飛び道具を持っているとは……」

「また、巨乳美人かよ……。一体、この学校はどうなっているんだー!」

「ずるいよ! あたしにも少し分けて欲しい……」

「私よりも大きいかもね」


 思った感想を、めんめんに口にする、冒険隊一行。

 すると、1人沈黙を守っていたクラウドが、急に頭と胸を押さえて苦しみだす。


「皆、逃げてくれ……、オレの内なる魔獣が目覚めそうだ……」


 黒いオーラを纏いながら、草薙のいる方へ近づこうとするクラウド。


「やばい! クラウドを取り押さえろー!」


 ブラザーズの北斗はクラウドを前から押しとどめ、南斗は後ろから羽交い絞めをする。


「要するに、草薙さんの巨乳を見て、理性を失いそうってことかしら」

「もう、クラウドくんったら……」


 すっかりお馴染みの光景に、すでにあきらめの境地の晴海。


「あ。そうだ、雷也くんの方は……、えっ!?」


 晴海が試合の方に目を向けると、草薙が振り下ろした竹刀が、雷也の脳天を直撃していた。


「うあああああ、でござるー!」


 谷底に転落する雷也。と、思いきや。

 どっぱーん、と派手な音を立てて、黒い飛沫が舞い上がる。

 底が見えないと思っていた穴は、実は黒い墨汁で満たされていただけであった。


「書道部から奪った戦利品です。有効に使わせていただきました」

「雷也くん! なんで、いきなり負けてんの!」


 歯まで真っ黒になって誰なのか分からなくなってしまった雷也。


「いや、その……でござる」

「草薙さんは服部くんの好みのタイプだから、きっと見とれたんじゃないかしら?」

「えー、雷也くんに限って、そんなバカな」


 山瀬の言葉を半信半疑で聞き、晴海は足元の雷也を見る。


「……」

「え、ホントなの!?」

「玲華さん、正解!」

「良く分かりましたねー」

「ふふっ、服部くんは忍者だから、和風美人が好きかなって思っただけよ」


 うおおおおお、と唸るクラウドを押さえながら、答え合わせをするブラザーズ。


「ねえ、北斗くん。なんで正解って分かったの?」

「この『美少女りすと』に、花丸チェックがしてあったんだよー」


 と、雷也から預かった手帳を見せる。


「へー、あたしにも見せて」

「あ」


 晴海は北斗から、美少女りすとを引ったくり、リストを一見すると。


「えい」

 

 晴海は谷底に投げ捨て、あわれ墨汁で真っ黒になった。


「わー! 拙者の美少女りすとに何するでござるかー!」

「だって、胸囲とか座高とか、身体検査の結果まで書いてるじゃない! なに考えてんのよ!」

「ああ、拙者の宝物が……でござる」


 と、雷也は嘆いているが、実はスペアをクラウドに預けていることは内緒である。


「……まったく。なんで男の子って、エッチな事ばっかり考えてるのかなあ?」


 vs薙刀部、第1戦は薙刀部主将・草薙凪沙に軍配が上がった。

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