第二章 上沢高校を巡る陰謀

第11話 文化会系クラブ棟探索

「チャリンコ旋風脚!」


 ウイリーの体勢から、後輪を軸に車体を回転し、前方の雷也に襲いかかる。

 オフロードやモトクロスを生業とする、自転車部ならではの必殺技。

だが。


「ふん! でござる」

「なにっ!?」


 雷也は横殴りにされる瞬間を、がっちりと受け止め、そのままライダーもろとも自転車を放り投げる。

 グワシャッっと敵の集団を巻き込み、数名が戦闘不能になった。

 前後からの挟み撃ち、それさえも通用しない。


「とりゃーでござる!」

「ぐわあああーーーっ!


 雷也は冷静に前方の敵に蹴りを叩き込み、反動をバネにバック宙。背後に迫る敵の頭上から、脳天に蹴りをお見舞いする。


 紫色の忍者が、大地を疾り、宙を舞う。


 生徒会の行方の新たな手掛かりを見つけるため、文化会系クラブ棟を探索する事にしたクラウドたち。

 だが、荒くれで知られるチャリンコ野郎共、自転車部が立ち塞がり、戦闘開始。

 しかし、雷也がガンガン敵を倒してくれるので、クラウドたちは出る幕が無く、20人ぐらいを相手に10分足らずで戦闘終了。

 ほぼ、雷也1人で完全勝利だった。


「まともに雷也と戦わなくて良かったな、クラウド」

「まったくだ」


 スピード、パワー、運動能力、どれを取っても尋常ではないレベルである。


「服部流忍法、『力技』でござる」

「それは忍法なのか?」

「さて、知ってる事を洗いざらい喋ってもらうよ」


 自転車部のキャプテンの前で、仁王立ちをする晴海。


「俺達は生徒会の連中を探しているだけだ、何も知らない」


 晴海が指をパチンと弾くと、ブラザーズは男の背後に回り込み、脇腹をくすぐった。


「ぎゃはははあはっはははっはは!!」


 3分後。


「これ以上やったら、あんた本当に死んじゃうよ?」

「は、俺は……何も知らない、はあっ、何も知らないんだ……」


 ようやく解放された男は、言葉を絞り出す。


「ホントに何も知らないようね」

「せっかく、ゴッドハンドを振るったのにー」


 ブラザーズは手をニギニギしながら言う。


「しょうがないね。やっぱり、クラブ棟を渡り歩いてみましょうか」


 自転車部を退けた一行は、当初の目的地に向かった。

 教室棟の裏に、年季の入った2階建てのバラック小屋がひっそりと建っている。

 文化会系クラブ棟。

 5階建ての教室棟の北側に位置する為、日の光が当たらず、小屋のボロさとじめじめ感が文化会系の根暗なイメージを増長している。

 もっともこれは一般学生の一方的な偏見が、うがった見方をさせているのだが、場所が場所だけに訪れる者も少ないミステリアスゾーン。

 クラウドたちも足を踏み入れるのは初めてである。


「じゃあ、片っ端からガンガン行くよ!」


 晴海の号令とともに、最初に訪れたのは写真部。

 まず目に入ったのは、棚に並んだカメラの数々。

 最新式のデジタルカメラから、昔の一眼レフカメラなど、所せましと陳列されている。

 クラウドたちは、早速小探しをしてみるも、怪しいものは特に見つからなかったが。


「クラウドくん、これ何かな?」

「うーん……たぶん、昔のカメラの外付けフラッシュじゃないかな?」

「カメラのフラッシュって、最初からカメラにくっ付いているんじゃないの?」

「外付けの方が大きいし、強い光が照らせるから、上級者はよく使うみたいだよ」


 と、あまり見慣れない機材について、説明をするクラウド。


「意外とクラウドくんって、物知りなのね」

「あ、いや、ほら、客商売してると、色んな話を聞くこともあるし」


 と、クラウドは照れて謙遜する。

 ふーん、そっかそっか、と何やら満足げな様子の晴海。


 そんなこんなで、特に何も手がかりらしい物は見つけられなかった5人。

 だが、探索を始めたばかりですぐ見つかるとは思ってなかった面々は、特に気落ちせずに次の部室に向かった。


 これを皮切りに、冒険隊は文化会系クラブ棟の部室を端から順番に攻めていく。

 だが、最初から学校に来ていないのか、もしくは探索に出かけているのか、あまり人がいない。

 1階を全部調べた時点での収穫は、寝る時に床が痛いため、ブラザーズが取って来た、落語研究部オチケンのざぶとんぐらいである。

 囲碁部を倒した時に、ブラザーズが敵の鼻の穴に、黒の碁石を詰め込んでいた事以外は、取り立てて言う事は無かった。


「よし、次は2階ね」


 築何年経っているのか分からないが、錆びてミシミシ言っている階段を登り、一番近い部屋に向かう。

 その部屋には重々しい木の看板に、『裏千家茶道部』と書かれている。

 ドアを開けると、そこには純和風の風景が広がっていた。

 畳敷きの部屋の中央に囲炉裏、柱には柿の木が使ってあり、その落ち着いた色合いは見る者の心を静かに清めていく感じを受ける。

 部屋の奥には、ジオラマの池があり、水を受けたおどしの音がカッコーンと鳴り響く。


「わーお」

「雅でござるな」


 さっそく中に入ってみると、真新しい畳の青が目に優しく、ブラザーズは寝っ転がってブレイクダンスをしながら畳の香りを楽しむ。


「この辺が怪しいね」


 晴海が、押し入れの襖を開ける。


「ぼく、ドラれもーんでござる」


 すでに、雷也が侵入していた。


「何やってんのよ、雷也くん」

「いやあ、大好物の羊羹の匂いがしたもので、思わず転がり込んでしまったでござる」

「あ、これ『扇羊羹』じゃない!」


 九州北部のある地方都市では、羊羹が名産品として有名である。

 小豆や砂糖などの材料を木枠に流し込んで作る、手作りの品であるのが最大の特徴だが、その中でも宮内庁御用達品を収めたこともある『扇屋』で、一日30本しか作られないのが『扇羊羹』。

 甘さが抑えてあり、後味も爽やか。

 古の奥義を今に伝える、予約2ヶ月待ちの秘伝の羊羹である。


 晴海も羊羹をつまんでみる。


「ん―、おいしい♪」


 ほっぺたに手を添えて、可愛い仕草で食べる晴海。

 それを見て、クラウドもほのぼのしてしまう。

 オレも、オレもと羊羹にむさぼりつくブラザーズ。

 もっと羊羮は無いかと、探索を続けるドラれもん。

 朝ごはんを食べていなかったクラウドたちは、空腹にまかせて物置の羊羹を食べ尽くしてしまった。


「満足満足よのう」

「甘い物ばっかで、茶が飲みてーな」

「何言ってるのよクラウドくん。ここは茶道部よ、お茶にはこと欠かないよ」

「あ、そうだった」


 クラウドは茶釜でお湯を沸かし、緑っぽい粉を入れて適当にかきまぜる。


「みんなできたぞ……って、何だそりゃあ?」


 床に真っ赤なじゅうたんが敷いてある。


「これは、毛氈もうせんでござる。屋外で茶の湯を楽しむ時に地面に敷く物でござる」

「クラウドくん、お茶できたんでしょ。早速みんなで頂いちゃいましょ」


 茶碗を勝手に使い、お茶を飲む。

 茶道部の部室でやりたい放題、満喫していた。その時。


「何をしてるんですか、あなた方は!」


 いつの間にやら、扉の前に一人の着物の青年が立っていた。


「ここは、裏千家茶道部の部室。あなた方は一体何なんですか!?」

「夏山晴海。通称インディ……、冒険家よ」


 晴海は壁にもたり掛かりながら、フェルトの帽子の縁を人差し指でピンと弾く。


「おお、インディ娘ちゃん、かっこいいー」

「でしょ、でしよ! 一回こういうノリやってみたかったのー♪」


 関係のない所で盛り上がる、晴海とブラザーズに呆れるクラウド。

 晴海の趣味には、ちょっとついて行けない。


「勝手に部屋に入った上、茶釜も、茶碗も、毛氈まで勝手に使って! 元の所に返してさっさと出て行きなさい!」

「はーい」


 茶道部の男に怒られ、クラウドたちは流し台で道具を洗う。


「まったく、近ごろの若い人達は……」


 ぶつぶつと、おっさん臭い事を言いながら、茶道部員は押し入れを開ける。


「うわあーーーーーっ!!」

「どうした、どうした」


 クラウドたちが見てみると、茶道部の男が腰を抜かして、押し入れを指さしながら。


「よ……羊羹が、無くなってるーーーーー!!」

『先輩、ごっつあんです!』

「何だとーーーっ!! 私の秘蔵の羊羹まで……。許さん……、皆殺しにしてくれるわーーーっ!!」


 ドラボンゴールのフリィザ様のように、怒り狂う茶道部の男。

 おもむろに絨毯の端をつかむと、雨森ブラザーズに巻き付ける。


「そして、ここからが地獄です!」


 春巻状態の2人の鼻の穴に、熱いお茶を流し込む。

 ぎゃあああーと悲鳴が上がり、戦闘不能になるブラザーズ。


「同じ重さの金塊よりも、貴重な羊羹を食べた罰です、貴様らもに恐ろしい目に、うおっ!」


 雷也の前蹴りでふっ飛ばされた男は、池のジオラマに叩きつけられ、額に虚仮威しがカッコーンと炸裂。

 あっさりと気絶した。


「弱!」

「ブラザーズくん達がやられた時は、かなりやるかと思ったんだけど」

「しょせん茶道部でござったか」


 やっぱり裏はダメだなあなどと、言いたい放題のクラウドたち。

 発端は自分たちが羊羹を食った事である事は、すでに忘却の彼方である。


 あと、やってる事が冒険隊というより、山賊に近いような気がしたが、たぶん気のせいだと思うことにした。

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