第6話 彼女はインディ娘

「え、冒険家って……」


 さっきまで暗がりにいたので、全然気づいていなかったが、照明の下で見る彼女のいで立ちは、白いシャツの上に茶色の革ジャンを羽織り、下は茶色の綿パン。

 ベルトにはホルスター。肩掛けカバンと、極め付けはボブヘアーにいやになるほど良く似合っている、茶色のフェルトの帽子。


「あのー……、夏山さん?」

「なあに、三雲くん?」


 おそるおそる問いかけるクラウドに、きらめく瞳を向ける晴海。


「もしかして、インディ・ジョーンズの……ファン?」

「ファンじゃないわ、彼はあたしの心の師匠よ。そして、あたしは世界的な美少女冒険家を目指してるのっ!」


 首脳会議開催。


「彼女、あんな事言ってるぜ、どうするよクラウドー」

「かなり変だぞ、あの娘」


 自分のセリフに酔いしれている晴海を、離れた所から肩越しに指さすブラザーズ。


「お前らに変呼ばわりされるのもアレだが、うーん……」


 雷也が言っていた、ストーカーも裸足で逃げ出すという理由が分かった気がする。

 インディ・ジョーンズに心酔する、自称美少女冒険家。

 これは、かなりイタい。


「何をこそこそ話してるの?」


 首脳会議終わり。


「という訳なので、これからはあたしの事を『インディ』ちゃんって呼んでね」

「イ……インディコ?」

「あたしも三雲くんの事を、クラウドくんって呼ぶから」

「は……、はい……」


 完全に彼女のペースで話が進んでいる。

 これは良くない傾向だ。

 でも、女の子に名前で呼ばれるのは、ちょっと嬉しかったりもする。


「話を戻すね。冒険家の血が騒いだから、事件に関わってるってのもあるけど、それだけじゃないの」


 晴海の顔が先程までと、うって変わって真剣な表情になる。


「この事件の裏にドス黒い……、この学校が根底から崩れる様な、ヤバい奴らが関わってるような気がするの」

「何だって? 一体、どんな奴らなんだ?」

「それは分からないわ、あたしの冒険家のカンがそう言ってるだけだもの」

『はあ』


 呆れぎみのクラウドたちに、晴海は続ける。


「あたし達の学校は、あたし達が守らなくっちゃ。でも一人じゃ大変だから、クラウドくんにも協力してもらいたいの」

「何でオレなんだ? もっと他にも……」


 言いかけるクラウドを、晴海は真摯な眼差しで見つめる。


「実はあたし、前からクラウドくんの事が気になってたの」

「えっ……」


 クラウドは、もしかしてオレの事が好きだから、一緒に来て欲しいって事なのか? そうなのか?

 と、一瞬思ったが、晴海は抹茶色のリュックサックを指さして。


「そのバック、何か『ただ者じゃない!』って感じがして、気に入っちゃったの!」


 想像とまるっきり違った回答でガックリする。


「やっぱ、あの娘趣味悪いよなー」


 追い打ちをかけるブラザーズ。


「それに、クラウドくんは、きっとあたしと意気が合うんじゃないかなって思ってるの。だから、力を貸してちょうだい」


 晴海は手を合わせて懇願してくる。


 意気が合うかもって、ずいぶん自分勝手な事言ってるよな、とクラウドは思う。

 この娘、顔は可愛いが、変わり者すぎる。

 警鐘ガンガン、危険察知アンテナもビンビンだ。


 すると、晴海はいきなりクラウドの手を掴み、自分の頬に押し当てて、潤んだ瞳で哀願する。


「お願い……、クラウドくんだけが頼りなの……」


 晴海のこの行動は、クラウドの理性を軽くぶっ飛ばした。


 困ってる女の子を助けるのは男の務めだろ、ちょっとぐらい力を貸したっていいじゃねーか。

 それに、こんな可愛い娘にお近づきになれるなんて、もしかしたら一生に一度の最後のチャンスかもしれねーぞ。


 思想の方向性が、半回転したクラウドはブラザーズの方を見る。

 やめとけやめとけ、とジェスチャーを送っている様だったが。


「力になるよ。オレなんかでよかったら喜んで」


 たちまち、晴海の表情に明るさが戻る。


「ホントっ!? うれしいっ!!」


 がばっと、クラウドに抱きついた。


「わー、待った待った!」


 耳まで真っ赤になりながら、晴海を引きはがす。


「あーあ、引き受けちゃったか。ホント、女の子に弱いよなー」

「お前の大嫌いな、面倒くさーい案件だぞ?」

「しょうがねーだろ、ここまで頼られて放っとけるかよ。お前らも手伝え」

「冗談言うなよー。オレらは忙しいんだ」

「銭湯の風呂掃除もしなきゃなんないしー」

「ウソつけよ。おふくろさん、お前ら全然、銭湯みせの手伝いしないって嘆いてたぞ」

『どっちにしても、やだやだやだー!』


 と、ブラザーズは襟首を引っ張られるが、バタバタ反抗する。


「うーん、ブラザーズくん達も来てくれると頼もしいな」


 晴海のぽそっと一言が、2人のハートに突き刺さる。

 女の子に頼もしいとか言われるのは初めてのブラザーズ。


「よっしゃ、オレらも力を貸すぜ」

「オレらの連携必殺技をお見舞いしてやるぜー」

「何だよそりゃ。やっぱ、お前ら帰れ」


 なんか、また良からぬ企みを秘めてそうで、誘ったのは間違いだったと思うクラウド。


「お前はむっつりスケベだから、2人きりになったとたん、インディ娘ちゃんを襲ったりしないか心配だしな」

「えーーーーーっ!!」

「バカヤローーッ! 何て事言うんだっ!」


 晴海の心証を悪くしかねない台詞に、本気で焦るクラウド。


「だったら、オレらの参加を嫌がる理由はないよな」

「ぐっ……」

「インディ娘ちゃん、仲間が増えるのはいい事だよなー」


 晴海は何だか、もじもじしていたようだが、我に返り。


「うん。1人より2人、2人より4人の方がいいよ」

「そらみろ、雨森ブラザーズ、参戦けってーい!」

「それじゃあ、『ノーテンキ冒険隊』の結成を祝って、エイエイオー!」

『エイ、エイ……』

「ちょっと待て」


 雄叫びを上げようとする3人を、押し止めるクラウド。


「何? どうしたの?」

「いや、そのノーテンキ冒険隊って何?」

「あたし達のチーム名よ、なんか悩み無さそうでいいでしょ」


 にこやかに言う晴海に、クラウドはあえて苦言を呈す。


「いや、もう少しましなネーミングは無いの?」

「そうねえ、あとは『インディ・ジョーンs'』か、『特攻野郎Aチーム』。それと『冒険野郎マクガイバー』の3つかな。好きなのを選んで」

「ノーテンキでいいです」

「じゃあ、改めて結成を祝って、エイエイオー!」

『エイ、エイ、オー!』

「……」


 2人っきりになれば、その内イイ感じになれるんじゃないっかなあ。という甘い期待はブラザーズに見透かされ、結局なし崩しに冒険隊に入れられてしまったクラウド。


「なんか、ますます面倒な事になって来たな」


 自分の単純さをつくづく思い知らされるとともに、今後の苦労を思い嘆息するが。


「冒険隊ができるなんて夢みたい! わー、あたし今すっごいドキドキしてる!」


 くるくる踊って喜んでいる晴海の姿を見て、まあしょーがねえかと、女子トイレの中で思うクラウドであった。

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