第26話
「ぃ、石神サンっ、」
「!」
なに、この可憐なアルトトーンは?
声のする方を徐に振り返れば、やっぱりゲロマブなユーヤ君が そこにいる。
何だろ、すごく久し振りのようで、懐かしいようで、何か……胸が痛い。
「……ォ、オハヨ、」
「お早う、御座います……ぁ、あの、具合は?」
「うん。イイよ。……ぁぁ、その、ゴメン」
「ぇ?」
「看病、してくれてたのに、」
「ぃ、いいえ、俺の方こそ勝手に……すみません……、」
大学に行く所なんだろぉな。
立ち往生させんのも悪いから、何て都合のイイ言い訳でもってオレは手を振る。
「ガッコ、気をつけて行くんよ? じゃね」
ユーヤ君の視界にいると、また熱でも出そうだ。
オレがカワイソ過ぎて涙でちゃいそうだ。
「ぁ、あの!」
オレの心のボロゾーキンには お構いなしか、ユーヤ君は容赦なく引き止める。
そんで、バカなオレは足を止めちゃうんだよね、やっぱりどっか名残惜しぃんだろぉね。
オレが振り返れずにいると、ユーヤ君は駆け寄って来る。
「ぁ、あの、俺、……ぁの、隣り……住んでても良いですか……?」
「へ?」
「あのっ、お仕事の邪魔はしませんっ、静かに暮らしますっ、でも、石神先生のそばで、」
「そぉゆぅの、やめてくんねぇかなぁ?」
イタイ……
「あのさぁ、キミはバカなのかな?
キミの思う石神亮太郎はさぁ、キミの偶像でしょ? 妄想上の人物でしょ?
現実とは違うって、キミの脳内フィルターは書き換えられないワケ?」
イタイ……
「大体ね、1発屋に才能なんてあるわきゃねぇでしょ。
ピアノの練習する前に、センス磨き直した方がイイんでない?
キミの耳、シロート以下だよ」
痛いんだ。
ユーヤ君から向けられる目が、石神亮太郎に向けられる羨望が、
オレの現実を全部 否定してるみたいで、痛いんだ。
(解かって欲しい……
オレには才能がナイって、もう終わってるんだって、始まってもいないんだって、
見捨ててくれなきゃ、ただただ辛いだけなんだって!!)
オレは顔を背ける。
もうイイ。何も見たくないし、知りたくないし、どーにかこーにか逃げ出したい。
そんなオレの耳に飛び込むのは、ユーヤ君の弱々しい声。
「何で、そんな事、言うんですか……」
耳にするだけでも、ユーヤ君の傷ついた思いが伝わる。
オレは恐る恐る目を向けて、そうして目にしたユーヤ君に息を飲む。
(あぁ……何て悲しい顔をして泣くんだろ、この子は……)
目から溢れる涙が宝石みたいにキラキラしてる。
苦しそうに体を震わせて、心に受けた傷を痛がってる。
「俺は、先生の作る音の全てが好きだっ、
比類ない世界が好きだっ、迷いのない旋律が好きだっ、
聴いてるだけで楽しくなる、幸せになる、だから、ずっと、石神先生を追っ駆けて……
いつか先生にピアノを聴いて貰いたくて……
誰が何と言おうと、俺にとって先生は神様なんですっ、」
何て口説き文句だろう……
ユーヤ君の音楽の柱は、まるでオレに在るみたいな言い草じゃんか。
何でこんなに聡明な子が、オレみたいな出がらしに……
(あの頃に聞きたかったなぁ……)
一世を風靡していた あの頃に。
今となっては どんな激甘な口説き文句も、曇りガラスに爪を立てるよぉなもんで。
今のオレが あん時のオレに侵食されてくだけで、ただ痛いだけっつぅ悲しいオチ。
「オレ、もう辞めたから、作曲」
「……ぇ?」
「実家 帰んの。もう やり尽くしたし、飽きたから」
「え?」
「ガッコの友達とか先輩にイイ作曲家 紹介して貰いな。今は若手もスゲェから」
もう足を止めるコトはねぇよ。ゼッテェねぇよ。
だって、言っちゃったから。
(作曲、辞める――)
もう、あの子には嘘をつきたくないから、もうコレは絶対だ。
*
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます