オペレーション・ヒットエンドラン 作戦宙域

 空一面に揺らめく黒い雲。

 濃淡。時に細く時に広く。

 いや、それは雲ではない。

 何千、何万、何十万という飛翔おちんちんの群だ。


 視界一面、360度、どう見回してもおちんちん、おちんちん、おちんちん……。


 逃げ場はない。

 レーザーの残エネルギーはあと8秒分。

 VRディスプレイの視界の左隅では、みるみる減ってゆくフュエルメーターがレッドゾーンに差し掛かる。


(ここまでか……)


「ちょ、どうなったの?」

 ルーはヘルメットをしていない。だから機外の様子を見る術がない。


「奴ら、俺の戦いぶりに恐れをなして逃げて行く。作戦どおりだ。上手く行ったぜ」

「ウソが下手ね。でも、それもあなたのいい所だわ。ベルトを外して。さっきの続きよ」

「なんだよ。続きって」

「お膝にだっこのまま死ぬなんて嫌よ。情緒もロマンもあったもんじゃない」

「まだレーザーも8秒分ある。一匹でも多く道連れにしてやる」

「わっかんない人ねッ。二人で死ぬ前にキスさせろって言ってんのよこのオイル缶頭!」


『おっと、お邪魔だったかな? サンダーバード1』


「え?」

「この声は……隊長⁉︎ サンダーバードリーダー!!!」


 成層圏気流からそのまま雲を曳いて、三機の宇宙戦闘機がダイブしてくる。カナード翼が陽光にキラリと輝く。


『全く、もっとロマンチックに会話はできないのか二人とも』

「訓練課程にありませんでした!」

『ようウィリー! 見てたぜ! さっきので撃墜スコアは何ポイント増えた?』

「コーバー! さあな、百から先は数えてねーよ」

『フタバヤさん! 無事でよかった!』

「トンフゥも! なんだ? 今日はサンダーバードの同窓会か?」

『真っ直ぐこっちに来いサンダーバード1。我々が進路を拓く』

「進路? どこへの?」

『マイ・スイートホームさ』


 進路上の地平線に、天から白い光線が降り注ぐ。その光は地平線全体を燃やし、爆発させ、視界を埋め尽くす閃光に変わって大地を蒸発させる。


 衝撃波。

 むくむくと沸き立つ雲。

 稲光りが雲全体の中で激しく明滅する。


 空が割れた。

 割れた空から、大きな海洋生物の頭のような人工物が轟音と共に降ってくる。

 全長32キロの、人類史上最大の建造物。

 今や人類の生存圏そのものの、超超弩級宇宙戦艦。


「トリッテンハイマー・アルテルヒェン!」


『進路そのまま。エスコートする。燃料はもつか?』

「なんとか」

『このまま我々で敵の妨害を実力で排除。左舷309番デッキに滑り込む。デッキゲート閉鎖後、女王様は強制ヒステリックジャンプ。発生する空間歪曲を利用して敵拠点惑星を撃破する』

「めちゃくちゃな作戦っすね」

『参加を辞退するか?』

「まさか。こういうの大好き!」

『お前とルーには聴きたいことが山ほどある。最後の最後でヘマするな』

「了解!」

『さあ仕事だ雷鳥たち。オープンコンバット。フォーメーションF。ウィルは3番ポジションへ。4番には俺が入って直掩する』

「了解」『了解』『了解』

『帰るべき巣穴はすぐそこだ。カマしてやれ!』


 助けに来たサンダーバードのチーム機は高級品の多弾頭ハッカ油トゥーピド『スコール・ウナコーワ』を搭載して来ていた。

 三機の宇宙戦闘機のウェポンベイから放たれた六基の対宇宙おちんちん濃縮還元ハッカ油弾の自律飛行コンテナは、一定距離を飛行するとその風防部分を爆砕ボルトで排除して、松笠のような内容物を露出させた。松笠の実に似た小さなユニットの一つ一つが、更に小さな八発のミサイルの集合体だ。

 母機からの誘導でジャイロが始動しモーターに火が入ると、途端にそれは花火のように炸裂して、それぞれの個別目標めがけてカーブし、ぐんぐんと加速する。

 コンテナ1基辺り248条の噴射炎が、美しいアーチを描いた。


 無数の爆発と飛び散るおちんちんの破片の中を、四機の雷鳥が駆け抜ける。


 閃光。空気のイオン化する音。血と硝煙。断末魔と水蒸気爆発。そして音速を超えた機体が発生させる雲のリングと衝撃波。


 その全てを置き去りにしながら、戦場を切り裂く四つの影は一路、母艦の着艦デッキを目指す。


 進路上に一際巨大なおちんちんが立ち塞がった。砲戦タイプのフランクフルトだ。そいつは亀頭をこちらに向けて、エネルギーのチャージを始める。


「邪魔はさせない! 俺とルーは……」

 ウィルはコントロールスティックのトリガーガードを跳ね上げる。

「生きて帰るんだ!!!」


 羽ばたく雷鳥のマークのすぐ下に顔を覗かせたGAU-108「リベンジャー」の砲口は残り8秒分のエネルギーを全て吐き出し、疾駆したフッ化クリプトンのエネルギーの奔流は大気をイオン化させながら、フランクフルト級宇宙おちんちんに大きなトンネルを穿った。



 そのトンネルの先に、母艦の着艦ゲートが見える。



「ヒィヤッ……ホォォォォッ!!!」


 ウィルは奇声を上げながら自機をそのトンネルの中に突入させ、くぐりぬけ、そのまま着艦ゲートに飛び込んだ。


 逆噴射の途中で燃料が切れ、アレスティングフックは変形していたらしくワイヤーを拾わず、ウィルの機はデッキを三回転して火花を散らしながら滑走し、緊急用のキャッチネットに突っ込んで絡まり、斜めに引っかかってようやく止まった。


 他の三機がスマートに着艦するとゲートは重たい音と共に閉鎖され、その直後に、甲高い女の悲鳴のような音が長く長くこだました。



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