9月6日(木)それぞれが歩む道
epilogue1 選別ゲーム
—1—
9月6日(木)午前10時34分
「朝か」
自室のカーテンを開け、太陽の光が眩しくて目を細める。昨日の雨が嘘みたいに晴れている。
いつもなら母が朝ご飯を作る音で目が覚めるのだが、今家にいるのは私1人だけ。
疲れていたこともあって寝坊してしまった。確か12時までに集会場に行かないといけないんだったっけか。
洗面所に向かい、顔を洗ってからぼさぼさの髪の毛を直す。
鏡に映る自分の姿を見て少し老けたな、なんて思いながら再び自室へ。
ベットの上に腰掛け、ふと窓を見た。
数日前、慌ただしい物音と共に窓枠をよじ登って部屋の中に入ってきた奈緒は、もうこの世にはいない。
私の右腕に巻かれていた奈緒の赤色のバンダナをほどき、綺麗に折り畳んでからベットの上に置いた。
私の左腕に巻かれていた黒色のバンダナもほどき、その上に重ねる。
「着替えるか」
服が血だらけだったことに今更気が付いた。もう乾いているから汚れる心配はないけど、選別ゲームも終わったし、どうせなら着替えた方が良いだろう。
こんなことにも気が付かないなんて、私ったら本当にどうかしてる。
新しい服と下着に着替えた私は、ベットの上に置いていたバンダナをポケットにしまった。
それから机の上に置かれた1冊の本を手に取った。
表紙には炎を吐く竜の姿が描かれている。
これは、選別ゲームが始まる前に克也から借りた本だ。その克也ももういない。
もうこの村には、私と由貴しかいないんだ。
1日経って改めて思い知らされる。
「どうやって生きて行けばいいのよ」
この家には会話をする人もいない。
不安な気持ちが大きくなると、もう1人の私が顔を出そうとする。そっちの私に全てを任せた方が楽になれるだろう。
でも、今はその時じゃない。
今は自分で考えて自分の足で歩いていこう。
ここまできて何もせず放棄するということだけはしたくない。してはいけない。
それが生き残った私にできる唯一のことだ。
—2―
9月6日(木)午後12時0分
織田から指定された時間。
集会場の中から武装した政府の人間と織田と清水が現れた。
私の隣には赤色の眼鏡をかけた由貴が立っている。昨日と服装が異なることから由貴も着替えてきたのだろう。
「おはようございます。早速ですが、時間ですのでこれからのことについてお話ししましょう。少し長くなるかもしれないのでお座りください」
織田が私と由貴にベンチに座るよう促した。
断る理由も無いので、私と由貴は並んでベンチに腰を下ろした。
「先日、選別ゲームは各地域の団体ごとに行われると説明しました。月柳村で行われた選別ゲームは、その第1回目にあたりますが、それはあくまで予選にすぎません」
『「予選?」』
私と由貴の声が重なった。
予選という言葉からすでに嫌な予感がする。
「はい。予選で生き残った方のみ本戦に進む権利を得ます。ですので凛花さんと由貴さんには、本戦に進む権利があります」
「予選とか本戦とか言われてもピンとこないのだけど」
由貴が織田に向かってそう言った。
「本戦は、新国家という日本のとある場所で行われます。予選を勝ち残った凛花さんと由貴さんには本戦での生き残りを目指して頂きます」
「本戦に進まないという選択肢はないんですか?」
私が織田に訊く。
「本戦に進む権利があるというだけなので、もちろん拒否することも可能です。ですが、今後日本中で順次選別ゲームが行われていきますので、それに巻き込まれる可能性はあります」
つまり、どちらにせよ選別ゲームからは逃れられないということか。
私が口に手を当て、考える素振りを見せていると、織田が説明を再開した。
「続けますね。新国家内では、今までの常識はほとんど通用しません。新たな環境に適応することが求められます。また、新国家でも定期的に選別ゲームが行われる予定です。当然、新国家でも選別ゲームで敗北すると脱落になります。そして、これがいつまで続くのかという問題ですが、それは新国家の外にいる日本国民の選別が全て終わるまで続きます」
次から次へと新しい情報が織田の口から明かされる。
新国家に行ったとしても日本国民の選別が終わるまで毎日怯えて過ごさないといけないということか。
「選別が全て終わるまでっていつですか?」
「それは私にも分かりません。ただ、強制的に終わらせる方法が無い訳ではありません。新国家では、階級制度を設けておりまして、下から下級、中級、貴族、王となってます。予選通過者は全員下級からのスタートになります。凛花さんか由貴さんのどちらかが王を倒し、新国家の新たな王になれば選別ゲームを止めることができます」
織田の説明を聞き、由貴が「なるほど」と言って頷いた。
「つまり、全ての元凶はその王様ってことか。小説なんかの設定ではありがちだけど、まさか実際に日本でこんなことが起きていたとはね。昨日の今日だから信じられないなんて言うつもりはないけれど、なんでこんなことになるまで政府は何もしなかったのかしら」
「その、国が主体となって行っている政策ですので。このままでは数年後、増え続ける人間が口にできる食料、水がゼロになるというデータが出ています。それだけ緊急事態ということです。そうでなければ『選別ゲーム』なんてやっていませんよ」
織田がそう言って目を伏せた。
政府も政府で苦肉の策で選別ゲームという狂った政策を打ち立てたみたいだ。
普通に考えれば却下されるはずだ。
しかし、そうはならなかった。
私たちが知らない間にこの国はおかしな方向に進んでいたのだろう。それを知ろうともしなかった。
この国を動かしている人間でまともな判断を下せる人間はいないのだろうか。
いや、こんな政策が通るぐらいだから残っていないのか。
私がここでこんなことを考えていてもどうにもならないんだけど。はあ。
こんなことのせいで村のみんなが争って死んでしまった。怒りがふつふつと湧いてくる。
「凛花さん、由貴さん、新国家に行きますか?」
ふいに心地良い風が吹いた。地面に生えている草も静かに揺れている。
「私は行かないわ」
「由貴さん、どうして?」
「まだこの村でやり残したことがあるから」
由貴が空を見上げて、静かだけど通る声でそう言った。
「分かりました。凛花さんはどうしますか?」
織田が由貴から私へと視線を向ける。
私は自分自身の決意を表明するべく、ベンチから勢いよく立ち上がった。
「私は行きます! 私が王を止めてみせます!」
私が選別ゲームを終わらせてみせる。こんな悲しいゲームは何度も繰り返してはいけない。
私と同じように苦しむ人がこれ以上生まれないように私がこの手で王を倒す。
「それでは、凛花さんには新国家の住人の証である国民証と特殊なスマートフォンをお渡しします」
織田から手のひらサイズの国民証とスマートフォンを受け取った。
村では携帯電話は必要なかったので、初めてスマートフォンを触った。
「そのスマートフォンは、特殊な電子機器を使用しているので充電が減ることはありません。詳しいことは車内でお話します」
「えっ、今から行くんですか?」
「はい、私共も次の仕事がありますので。車は村の入り口に着けてあります」
織田と清水、武装した政府の人間15人が村の入り口に向かって歩きだした。
「由貴さん、本当にいいんですか?」
私はまだベンチに座っている由貴に訊いた。
新国家も大変かもしれないが、村に残っていてもいずれは選別ゲームに巻き込まれてしまう。
そしたら生き残る確率は1割だ。
不思議と由貴ならまた勝ち残るような気がするけど。絶対は無いのだ。
それに新国家に1人で行くのは心細い。
「新しく書き始めた小説があってね。それを書き上げたいのよ。新国家に行ったらそんなことできないかもしれないでしょう?」
「そうなんですか」
「書き上がったら凛花にも読んで欲しいわ」
今までは、どこか裏がある笑みしか見せなかった由貴が、心からの笑顔を見せた。
由貴は、こんな状況だからこそ自分の欲求に正直に生きる道を選んだのだろう。
由貴の家には1度しか入ったことがなかったが、小説を書くための資料や不気味な素材がたくさんあったことを覚えている。あれは衝撃だった。
「由貴さんの小説、楽しみにしてます」
「ありがとう、凛花も頑張るのよ」
「はい」
由貴と別れた私は、黒塗りのワンボックスカーに乗り込み、新国家へと向かった。
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