第35話 脅しに近い交渉

—1—


9月5日(水)午後5時3分


『ゲーム続行不可能のため、我妻恭子さんが脱落しました。警察チームは残り7人です!』


 政府の織田による放送が村内に響き渡る。

 その放送を聞く親子の姿が村の集会場の近くにあった。


「パパ、恭子さんが脱落したって」

「ああ、どうやら向こうでも何か動きがあったみたいだな。ゲームが始まった時点で分かってはいたが、知っている人が亡くなるのはやっぱり辛いな」


 凛花と拓海と共に救出作戦を実行した小町と太郎の2人は、体育館から脱出した後、由貴を探していた。

 由貴はドロケイが始まってから1度も姿を見せていない。


「いた……」


 小町が前方、集会場の方を見てそう呟いた。

 小町と太郎の視線の先には、ベンチの背もたれに寄り掛かり、掲示板を眺める由貴の姿があった。


 赤色の眼鏡をかけ、黒色の大きめのリュックを背負っている。政府の清水から身につけるようにと渡された黒色のバンダナは首に巻いていた。

 手には、加工された園芸支柱が握られている。その園芸支柱の先端には包丁が紐できつく結ばれていた。


 それを由貴は、杖のように扱っていた。


「由貴さん、今までどこにいたんですか?」


 太郎が後ろから由貴に話し掛けると、由貴はその問いに答えることなく掲示板を指差した。


「掲示板ですか?」


 太郎と小町が掲示板に近づき、ドロケイが始まる前より明らかに増えている張り紙を1枚ずつ確認していく。


【万丈目真登香が確保。残る逃走者は5人】

【万丈目凛花、早坂拓海が確保。残る逃走者は3人】

【ゲーム続行不可能のため、我妻恭子が脱落。警察チーム、残り7人】


 掲示板には、ドロケイのゲーム状況を伝える織田の放送と同様の内容が書かれていた。

 しかし、最後の1枚だけは違った。

 太郎と小町の2人は、右下に貼られたその最後の1枚を食い入るように見入っていた。


【ドロケイ・新ルール:エリアの制限を設ける。午後6時以降に学校の敷地外へ出た者を脱落とする】


「なんなのこれ?」

「新ルールだと? こんなことまだ放送でも言われてないぞ」


 小町と太郎がほぼ同時に驚きの声を漏らした。

 そんな2人に向かって今まで黙っていた由貴が口を開いた。


「掲示板は放送よりも早く情報を得ることができるのよ。他の放送で確認済みだから間違いないわ」

「だとしたら後1時間もしない内に学校に戻らないといけないのか」

「またあそこに行くの?」


 小町が分かりやすく嫌な顔をした。

 牢屋である体育館に兄の克也がいるとはいえ、次もまた捕まらずに逃げられる保証はない。


 嫌とは言っても新ルールは決定事項だ。1度決まれば覆ることは絶対に無い。


 その新ルールにより、午後6時からゲームが終了する午後7時までの1時間は、学校の敷地内だけで警察から逃げなくてはならない。


 学校で隠れられるような場所はそれほど多くない。

 グラウンド、校舎、プール、部室棟、体育館。体育館は牢屋に使われているから候補から除外される。


 恭子が脱落したことで警察チームは7人になったが、逃走中の泥棒はここにいる太郎と小町と由貴の3人だけだ。


 とても逃げ切れるとは思えない。

 逃げ切れたとしても罰という得体の知れないものが待っているだけだ。太郎も小町もそれは避けたかった。


「由貴さん、ちょっといいですか?」

「はい」

「小町は物陰から警察チームの人が来ないか見張っててくれないか?」

「う、うん、分かった」


 小町が集会場の陰に行き、身を潜めた。

 掲示板の前には太郎と由貴が残されている。


「なんですか?」

「由貴さん、俺たちに協力してくれませんか?」

「協力? ですか」


 由貴は少し首を傾げて考える素振りを見せた。


「捕まった人たちを助けたいんですけど、小町と2人だけじゃどうにも厳しくて」

「それはそうでしょうね。でも仮に私が協力した場合、私の捕まる確率が上がりますよね? それだったら私は1人で逃げ延びた方がいい気がするんですけど。すいません」


 由貴が軽く頭を下げて謝った。


「一緒に来てくれませんか? この通りです」


 今度は太郎が由貴に頭を下げた。


「太郎さん、すいません。今回は私も自分の命が懸かっているので」

「そうですか、それじゃ仕方がありません。できればこの手は使いたくなかったんですけど。由貴さん、俺は最初から由貴さんを信用していませんでした」


 太郎の予想外の言葉に由貴が眉を細めた。

 由貴は、太郎の発言の真意を窺うべく真っ直ぐ見つめるが、太郎も目を逸らすことなく由貴を見ていた。


「どうやら私の聞き間違いではないようですね」

「はい、俺は由貴さんを信用することができません」

「太郎さんは信用できない相手に協力を頼んでいたんですか? 随分と矛盾していますね。これじゃあ全然話が見えないわ」


 由貴が杖代わりにしている園芸支柱で地面をがりがりと削りながらそう言った。


「宝箱探しの時に見たんですよ。由貴さんと奈美恵さんが八重子さんと寛子さんのことを殺す瞬間を」


 太郎の告白を聞き、由貴が言葉を失った。

 由貴と奈美恵のペアは、宝箱を探している際に八重子と寛子を殺害して宝箱を奪った。


 人がいないことを確認して犯行に及んだのだが、まさか太郎に見られているとは思わなかった。

 太郎に見られていたということは、ペアを組んでいた麻紀にも見られていたということになる。


「なるほど、小町ちゃんをこの場から外したのは、この話を聞かせないためだったんですね」

「小町が聞いたら不安がるだろうからな」


 太郎が集会場の陰に隠れている小町に視線を向け、すぐに目の前の由貴に戻した。


「太郎さんは優しすぎますよ。その様子だと殺人鬼の正体が私と奈美恵だと分かっていたみたいですし。宝箱探しが終わった後の会議の時にでもみんなの前で話せばよかったじゃないですか」

「なんでそうしなかったのかと後悔してるよ」


 太郎が力なく笑った。


 由貴は、今この場で太郎を殺すことができる。

 しかし、そうなると集会場の陰にいる小町に逃げられてしまう。さらに、八重子と寛子を殺した事実を小町の母である麻紀にも知られてしまっている。


 後々面倒くさくなることは考えるまでもない。

 由貴の頭の中からこの場で太郎を殺すという選択肢が消えた。


 太郎も太郎で先のことを考えて由貴との1対1の場面を作ったのだ。今回は太郎の判断力に軍配が上がった。


「はぁ、分かりました。協力しましょう」


 由貴が園芸支柱を持っていない左手を差し出した。


「ありがとうございます。みんなを助けましょう」


 太郎が由貴の手を握った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る