第31話 立ちはだかる奈緒

—1—


9月5日(水)午後3時45分


「さぁ、入って凛花」


 奈緒に背中を優しく押されて3歩足を前に進めた。


「これでよしっと」


 裏口に背を向けたままドアを閉め、鍵をかけた奈緒が満足そうにそう言った。

 いつものような軽い声。だけど、この行為は私と敵対するという明確な意思の表れのように感じた。


 チーム決めのじゃんけんの時にわざと負けて私に警察か泥棒かを選ばせてくれたり、ドロケイ中に助言してくれたり、かと思えば今回はこの仕打ちだ。


 もう私には奈緒が何を考えているのか分からない。

 捕まってしまった絶望感と混乱が頭の中を渦巻いている。ダメだ。頭の中がごちゃごちゃする。

 数ある疑問の中で今1番知りたいこと。それは、


「なんで奈緒がここにいるの?」


 まるで奈緒は、初めから私たちが裏口から出てくることが分かっていたかのように息を潜めて隠れていた。


「全部お父さんの作戦だよ。正面から裏口の方に泥棒を追い詰めて私が仕留める。まさか1番最初に凛花が出てくるとは思わなかったけどね」


 全ては奈緒の父、国竹の手の上で踊らされていたということか。私が立てた奇襲作戦など国竹には遠く及ばなかった。

 悔しさとみんなへの申し訳なさで胸がいっぱいになる。


 奈緒の登場によって唯一の退路を断たれてしまった太郎と拓海は、体育館の中に目を向けていた。

 奈緒がいるから裏口からは逃げることが出来ない。となれば、中に戻るしか選択肢はない。


「健三、小町! こっちはダメだ!」


 太郎が両手を上げ、こちらに向かって走ってきていた健三と小町に引き返すよう指示を出す。


「そんな、こっちも無理です!」


 健三が胸の前でバツ印を作りながらこちらに走ってくる。

 それもそのはず、健三と小町は警察チームの麻紀と大吾と奈美恵に追われているのだ。

 距離にして数メートル。少しでも走る速度を緩めてしまったら捕まってしまう。


 もうどこにも逃げ道は無い。完全に挟まれた。

 この裏口に続く狭い道では、警察の手から逃れることはできないだろう。


「凛花ちゃん!」

「拓海さん」


 太郎と健三がそんなやり取りをしている間に奈緒の母、拓海が私に触れようと手を伸ばしてきた。

 すでに捕まってしまった私は、逃走中の太郎や拓海に触れてさえもらえれば再び逃走可能になる。

 だが、拓海の手が届くことは無かった。


「奈緒、あんた」


 奈緒が私の前に回り込み、拓海を睨んだ。拓海も負けじと睨み返す。

 拓海と奈緒、実の親子の視線がバチバチと激しくぶつかる。


「太郎さん! なにしてるんですか? 早く!」


 健三がそう叫びながら合流した。


「パパ、早くしないと!」


 健三と一緒に走ってきた小町が太郎の隣に立ち、太郎を急かす。


「早くって言われても逃げようがないだろ」


 太郎、拓海、健三、小町が裏口のドアの前に立っている奈緒と奈緒の後ろにいる私を見た。

 健三と小町を追っていた麻紀と大吾と奈美恵がここに着くまでもう数秒もかからない。


 みんなと向き合う形にある私からだと警察チームの3人が迫っているのが確認できる。目で見えるからこそ焦りが出てくる。このままじゃ不味い。

 こうなったらもうやるしかない。頑張れ私。やるんだ。


「うわああああーーーー!!」


 私は目の前に立っていた奈緒を羽交い締めにすると、反転して壁に押さえつけた。逃げられないように全身に力を入れ、暴れる奈緒をなんとか抑え込む。


「みんな、今のうちに行って!」

「ありがとう凛花ちゃん」


 太郎がそう言って私の横を通り過ぎ、裏口のドアを開いた。


「絶対行かせない! 行かせるかぁ!!」


 奈緒がそう叫び、より一層ジタバタ暴れると、一瞬の隙を突いてドアの方に手を伸ばした。

 最悪なことにその手が太郎の次に外に出ようとしていた拓海の背中に触れてしまった。


「うぐっ」


 奈緒はバランスを崩して床に倒れた。

 しかし、腕はドアの方に伸ばしたままだ。何がそこまで奈緒を突き動かしているのか。その執念のようなものに恐怖を覚える。


「小町ちゃん、健三さん、早く行って!」


 私は素早く奈緒を床に抑え込み、手で早く行ってとジェスチャーする。


「小町ちゃんどうした? 早く行ってくれ」

「ダメ、奈緒の腕が」


 健三が背後を気にしながらなかなか外に出ようとしない小町に話し掛けるが、小町は首を横に振った。

 奈緒が伸ばしている手が邪魔をして外に出られないのだ。


 いや、出ようと思えば出られるのだが、奈緒の絶対に捕まえてやるという刺すような鋭い視線を受けて足がすくんでしまったようだ。


 私も奈緒の腕を抑えようと努力しているけど、右手を抑えると左手、左手を抑えると右手、両手を抑えると体を回転させようとして私から逃れようとするので思うようにいかない。


「くそっ、小町ちゃん、迷ってる暇はない。2人を飛び越えていくんだ! 小町ちゃんならできる。勇気を持て! うおおおーー!!」


 健三が振り返り、すぐそこまで迫った警察チームの麻紀と大吾と奈美恵の3人に飛び掛かった。


 この通路は狭い1本道。

 健三のように誰かが犠牲になればある程度の時間を稼ぐことはできる。だが、それも長くはない。


 健三は、必死に私たちの方に行かせまいと、麻紀と大吾の手や足を掴んでいた。


「小町ちゃん!」

「うっ、もうどうにでもなれっ!!」


 小町が泣きそうな声を出し、目を閉じたまま大跳躍を見せた。

 私と奈緒の上を飛び越えて外に出ると、こちらを一切振り返らず夢中で太郎の後を追っていった。


 最終的に救出作戦を実行した4人の内2人が捕まってしまうという結果になった。逃走者は太郎と小町と由貴の3人だけだ。


 ドロケイ終了まで残り2時間58分。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る