第30話 体育館の攻防
—1―
9月5日(水)午後3時28分
誰にも見つかることなく体育館の裏口まで足を進めた私たち救出作戦組の4人。
「いよいよだね」
緊張で唇が渇いているのか小町がぺろりと唇を舐めてそう言った。
すでに私たちは体育館の裏口の前でスタンバイしている。小町の父、太郎が音を立てないように裏口のドアノブに手をかけるが、そのドアが開くことは無い。
「ダメだ。やっぱり鍵がかかっているみたいだ」
首を横に振る太郎。その太郎の左手には太い木の枝が握られている。山を下る際に太郎が拾ってきたのだ。
このくらい太くて頑丈な枝だったらガラスを割ることもできるはずだ。
「準備はいいか?」
『「はい(うん)」』
私と奈緒の母、拓海が頷き、小町も「いつでも行けるよパパ」と太郎に言った。
高まる緊張感。体育館の外からでは、中の様子を窺うことができなかったので、今どんな状況にあるのか分からない。
警察が何人いるのか。私の母である真登香はもう体育館に着いたのか。誰がどの位置にいるのか。
事前に知っておきたかったことは多い。
しかし、見えないものはしょうがない。本番の一発勝負に全てを賭ける。
捕まっている
「行くぞ」
太郎がホームランでも打つのかと思えるほど木の枝を大振りし、ドアの上半分のガラスを叩き割った。
「よしっ!」
作戦通りそのままドアのカギを解錠して体育館の中に飛び込む。
突然の出来事に体育館の中は、さぞかし混乱していることだろう。
そう思い勢いよく体育館の中に入った私たちだったが、混乱していたのは私たちも同じだった。
裸になった恭子と恭子に覆いかぶさる清。
その様子を遠巻きに見ている警察チームの面々。頭の中が真っ白になり、動き出すことが出来なかった。
一体ここで何が起きていたの?
呆然と立ち尽くしていると正面にいる克也と目が合った。克也は私たちのことをまるで勇者でも見るかのようにキラキラした目で見ていた。
「お兄ちゃん!」
小町がそう叫び、克也のいる方へ駆け出した。それをきっかけに止まっていた時が動き出す。
「おい! 俺を助けろ!」
恭子を突き飛ばし、ズボンを上げながら近づいてくる清。その後ろから大吾がこちらに向かって走ってきていた。
「みんなを捕まえなきゃお母さんも僕も死ぬんだ。逃げるな!」
私たちは大吾から逃げるように体育館の中に散らばった。
「凛花!」
「お母さん!」
私の母、真登香が父、浩二と一緒に走ってきた。
「これで大丈夫なはずだよ」
私は真登香の腕に触れてそう言った。
「それなら早くここから外に逃げろ。警察の方は俺がなんとかして足止めするから。もう捕まるんじゃないぞ」
父、浩二がそう言って正面の入り口を指差す。
「ありがとうお父さん、でもお父さんは」
「俺はお前たちが生きていてさえくれればそれでいいんだ。ほら早く行け」
「あなた……」
私は父を見つめている母の手を引き、正面の入り口に向かった。ここからだと正面の入り口が1番近い。
他の人はというと健三と清を助けようと奮闘していた。警察チームの大吾と奈美恵が清と健三のことを守っていてなかなか助けることが出来ないようだ。
克也の元に走って行った小町は、克也と何か話している。
私は、走りながら首だけを振り向かせてその様子を確認していたのだが、突然真登香に手をぐいっと引っ張られて立ち止まった。
「どうしたのお母さん?」
そう言って前を見ると正面の入り口から国竹と麻紀が姿を現した。
奈緒の話だと国竹と麻紀は、泥棒を探して見つからなかったら体育館に戻るといっていたはずだが、想定より戻って来るのが早い。
これで体育館の中には警察の奈緒、泥棒の由貴を除く全員が集まったことになる。
7対7。人数だけ見れば互角だが、フィールドを体育館に限定している今、不利なのは泥棒の方か。
太郎と拓海は、健三を助けることに成功したようだが、清はまだみたいだ。裸になった恭子が清の足を必死に掴んでいる。
「みんな、逃げて!!」
国竹と麻紀が真っ先に私たちに向かって走ってきたので咄嗟にそう叫んだ。1番近くにいる獲物を見逃すはずないか。
「どくんだ! 浩二さん!」
父、浩二が国竹に向かって突っ込んだ。国竹が父を振り払おうとするが、父はしがみついて離れない。
自分の身を犠牲にして私たちが逃げる時間を稼いでくれているようだ。父の偉大さが、父の優しさがその戦う姿から感じ取れた。
「お父さん……」
国竹と揉み合っている父の体が心配だが、私も母も足を止められるほどの余裕が無い。
そう、ピンチは現在進行形で続いている。私たちのことを麻紀が追ってきていたのだ。
バスケットボールコートの脇にある鉄の扉には、鍵がかけられている。その上、扉が重いから開くのに力がいるし、時間がかかる。
そんなことをしていたら扉を開いている間に麻紀に追いつかれてしまうだろう。
と、なると選択肢は私たちが入ってきた裏口しか残されていない。
私の声を聞いた太郎や拓海、小町、健三も裏口に向かって走っていた。当然、その後を警察チームの大吾と奈美恵が追っている。
「小町ちゃん、健三さん、早く!」
小町と健三は少し出遅れたようだ。このまま裏口に続く狭い道に入ってしまうと私を追っている麻紀に捕まってしまう。
「凛花、先に行って。お母さんはここで小町ちゃんと健三さんが来るのを待ってるから」
母、真登香は立ち止まり、こちらに迫る麻紀の方へと振り返ながらそう言った。
「だけど、お母さんが捕まっちゃうよ」
「どうせ外に出てもお母さん、体力が無いからすぐに捕まっちゃうわ。それだったら若い小町ちゃんと健三さんの方が逃げ延びる可能性があるでしょ」
真登香の横を太郎と拓海が通り過ぎた。
「凛花ちゃん、真登香さんの言う通りここはいったん逃げることを優先しよう。後でもう1回必ず助けにくる!」
太郎が息を荒げながらそう言った。隣に立っている拓海は息が上がっていてもっと辛そうだ。
「お母さん、ごめん。ありがと」
母にそう言い、私は再び走り出した。
太郎と拓海を追い抜き、裏口を目指す。
「凛花ちゃん、先に行ってドアを開けてくれ!」
「はい!」
太郎の声を受けて私はさらに加速すると、誰よりも早くドアノブに手をかけた。
全員救出とまではいかなかったが、健三を助けることが出来た。捕まっているのは残り2人。
恭子の徹底した守りによって助けることが出来なかった清と、小町と健三を逃がすために犠牲になった私の母である真登香だけだ。
今回は運が悪かった。まさか警察チームが7人も体育館に集まるとは。
もう1度態勢を立て直して、タイミングを見計らい、2度目の救出作戦を実行する際には今度こそ全員助け出したい。
そのためにはひとまずここから逃げないと何も始まらない。
私は勢いよくドアを開いた。広い外の世界に出るために。
「久し振り、凛花。さっ、一緒に体育館に戻ろう」
ドアを開くと、警察チームで唯一体育館の中にいなかった奈緒が死角からぴょんと飛び出て来て、私の肩にそっと手を触れた。
この瞬間、泥棒チームの敗北がほぼ確定的なものとなった。
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