第14話 憎しみと恨み

—1—


9月4日(火)午後4時51分


 私、万丈目凛花と矢吹由貴には、読書好きという共通点があった。


 矢吹由貴は、私が小学1年生の時に月柳村に引っ越してきた。

 気さくで頭が良く、誰に対しても壁を作らない性格だったので、村の人ともすぐに打ち解けた。


 引っ越してきた当初は、なぜこんな山奥の田舎村なんかに引っ越してきたのかという疑問が、当時小学1年生の私も小さいながらに感じていたが、みんな「何か事情があるのだろう」と言い、直接訊くようなことはしなかった。


 それから約3年間。

 私が由貴と話をすることはあまり無かった。理由は単純に歳も離れているし(由貴は当時32歳)、奈緒と遊んでいた方が楽しかったからだ。


 しかし、私と由貴はある出来事をきっかけに一気に接近することになる。


 あれは、小学4年生の時。

 奈緒が私のことをうんちく先生とかうんちく博士とか読んでいた頃の話だ。


 私はそのあだ名で呼ばれることが嫌だった。だから、奈緒がうんちく先生と呼ばなくなるまで、本の世界に入り込んで耐えることにした。


 本を読んでいる時は誰にも邪魔をされない。私だけの世界。

 自分が物語の主人公になった気持ちで、見たことも無い知らない世界を冒険するのが好きだった。


 奈緒は、昔も活発で落ち着きのない性格だったので、じっと座って本を読むようなことはなかった。


 なので、私は共通の話題で盛り上がれる人を欲していた。

 そこで思い浮かんだのが由貴だ。


 由貴は、雨が降っていなければほぼ毎日、集会場の前に設置されているベンチに座って読書をしていたのだ。

 村の中でもそのことは有名になっていた。仕事もしないで随分読書に熱心だな、と。


 由貴とは、あまり話したことは無かったけれど、毎日読書をしている由貴なら私が読んだことのある本も知っているかもしれない。話が合うかもしれない。そんな期待があった。


 ある日、私は思い切って由貴に話し掛けてみた。

 すると、私の予想通り由貴は私が読んだ本のほとんどを知っていた。私は嬉しかった。そして共通の話題で盛り上がれることの喜び、楽しさを知った。


 それから晴れている日は、由貴と最近読んだ本について話をする為に集会場に足を運ぶようになった。

 オススメの小説を教えて貰ったり、登場人物の好きなところ、嫌いなところ、話のオチに感動した、など、話す話題は尽きなかった。


 何度か由貴と会って話を聞いていると、由貴は小説を読むことだけに留まらず、自分でも物語を書いているということを知った。

 それを聞いた私はすぐに「読みたい」と、言うと、由貴の家に招待された。


 翌日、由貴の家に行くと私の世界観は大きく変えられた。大袈裟かもしれないがそれほど衝撃的だった。


 テーブルの上に置かれた虫かご。その中には、口に割り箸が刺さったまま死んでいるカエルが入っていた。


 壁には人の死体? の写真が何枚も貼られていた。

 中には目から血を流した赤ちゃんの写真もあった。


 壁際にある本棚には、『人の操り方』、『心を操る10の方法』など、それらの関連本が並べられていた。

 本棚の上には骸骨の模型が飾られている。


 私は怖かった。早くここから立ち去りたい。そう思ったけど由貴は帰してくれそうにない。

 笑顔で原稿を持ったままこちらを見ている。まるで「どう?」とでも訊きたそうだ。


 私は、恐怖で怯えながらも虫かごが置かれたテーブルの前に座り、由貴から原稿を受け取った。

 由貴は、部屋の隅にある机に向かい、パソコンを開いた。パソコンには、『拷問器具』という検索結果が表示されていた。


 私は、それを見ないように原稿に目を落とした。

 由貴の作風は、人や生物の生き死にを描いたものだった。


 人が死ぬ瞬間や感情の移り変わりが細かく描写されていて、あまりのリアルさに吐き気を覚えた。

 しかし、登場人物の考えに感情移入できるところもあって、話自体は全体を通して面白かった。私が読んだことの無い新しいジャンルだった。


 読み終わり、感想を伝えると由貴は嬉しそうに語りだした。

 自分が書く小説は「出来る限りリアリティーを追及している」と、そんなことを話していた。


 由貴が話している姿は、普段村のみんなに見せている表情とは別なものだった。

 由貴の本当の姿は今私に見せている顔で、村の人に見せている顔は裏の顔だということが分かった。


 いや、裏の顔というより、本当の自分を抑えることによって作られた顔というイメージだろうか。

 村の人からしたら今私の目の前にいる由貴が裏の顔なんだろうけど。


 この部屋からも読み取れるけど、何か深い闇を抱えているような。とても私なんかが想像できない何かを抱えて生きているようなそんな気がした。


 由貴とは、本の話以外にも私たちが生きている現実世界についても話した。

 由貴は、


「自分の物語は自分が主人公でなくてはならないの。周りがなんて言おうと、自分の変わりは他にはいないんだから。その時、その瞬間、どうやったら自分が楽しくなるかを考えるの。だって、そうじゃないとつまらないでしょ。周りに流されていたら人生なんてあっという間に終わっちゃうわ」


 と、言っていた。

 この言葉は今でも覚えている。


 由貴の家を訪れて以来、集会場には行かなくなり、由貴を避けるようになった。

 由貴もあの日以降、姿をあまり見せなくなった。集会場で読書をすることもなくなっていた。

 しばらくして、家に引きこもりパソコンばかりいじっているという噂を聞いた。


 ちょうどその頃、奈緒もうんちく先生と呼ばなくなったので、私は元通り奈緒と遊ぶ生活に戻った。


 今日、久し振りに会った由貴は、昔とほとんど変わっていなかった。変わっていないというのは見た目のことだ。老いることなく、歳の割に若々しいままだった。

 まあ、あれから3年しか経っていないんだけど。


 それと、去り際のあの表情は、私にしか見せたことの無い表情だった。

 私しか知らない秘密。それは由貴の闇だ。どこまでも深い闇。


—2—


9月4日(火)午後4時15分


「あの女、許さんぞ」


 村長の工藤茂夫は、農作業などで使用する機械や工具が格納されている倉庫の中にいた。

 顔や服には妻のフミエの体から飛び散った血液が付着している。


「もう誰も信用できん」


 茂夫は、フミエの心臓付近に刺さっていた園芸支柱を引き抜いた。先端部分が加工されていて鋭く尖っている。

 茂夫が妻のフミエを引きずって歩く度にコンクリートの床に血の道が出来る。


「儂だってこんなことをしたくはないが、他に思いつかなかったんじゃ。許してくれ」


 すでに動かなくなったフミエにそう話し掛け、茂夫は手にのこぎりを取った。

 台の上にフミエの腕を乗せ、手錠で繋がれた手首だけを台の外に出す。

 台の上に乗っている腕をガシッと掴み、のこぎりを持つ手にも力を入れる。


「うっ」


 味わったことの無い、肉を切る不快な感触。

 のこぎりの歯はすぐに骨に当たった。

 脂が邪魔をして少し苦戦したが、十数分で手首を切断することが出来た。


 切断した手を台の上に置き、フミエの腕から手錠を引き抜いた。

 茂夫が開放されているシャッターの外に目を向ける。だが、何も反応はない。


 手錠を外しても脱落した時のように銃で撃たれないことから、1人で宝箱を見つけたとしてもゲームクリアになるということを茂夫は理解した。

 これで茂夫は自由の身になったのだ。


 フミエを倉庫の中に残し、茂夫は外に出た。


「奈美恵と由貴、絶対に許さんぞ」


 言葉に出すことで決意を固めた茂夫の目には復讐の炎が宿っていた。

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