第44話 彼女が最後に託した言葉
乙女ゲーム『君といた刹那』の収録は順調に進んだ。
遥がシナリオをずいぶん読み込んでいった成果でもある。
というかね、ヒロインの名前が『常葉』って、どーゆーことよ? 名前はさすがに入力になってたけど、なんて遥は思ったものだ。
芹菜を問い詰めたら「イメージとあってたから、思わず使っちゃった! ごめんねー。というより、もう絶対、遥しかいないって思ったのよね、このヒロイン!! 引き受けてくれてありがと」ということらしい。
使用料請求しちゃおうかと遥は考えたくらいだ。
でもひいき目じゃなく、『君といた刹那』はシナリオが良く出来てて、タイトルにも隠された意味がちゃんとあったりして。遥は声を吹き込んでいて、思わずほろりとしてしまうシーンが何度かあった。
遥のお気に入りはなんといってもルシウスルート。クールなキャラに遥は昔から弱い。
彼のベストエンドでの、「ずっと俺の傍にいてください。貴女は、何があっても」のセリフには、ちょっと泣きそうになってしまったっけ。
そして、収録が無事に終わったその日には、芹菜が駆けつけてくれて遥は花束までわたされてしまった。
「ありがとう、遥! あとは頑張るから!!」
「だ〜か〜ら〜、お礼は早いってば!
でもほんと、良いゲームだと思うよ、『キミセツ』。良い仕事ができたって思ってる。し、これからもこういう仕事していきたいよ。お互い、頑張ろ!」
「うん!!」
念願の夢がもうすぐ叶う。いや、叶ったも同然。二人の目は潤んでいた。
それから数日後のこと。
『遥、できた! というか、仕事が終わった!!』
芹菜からの電話に遥は心から祝福を送った。
「おめでとーう! そしてお疲れ!!」
『ありがとう!』
だというのに。
『そう! それでね、急なんだけど明後日に関わった人達で打ち上げしようって話になって。夕方からだから、よかったら遥もきてよ!』
彼女の誘いに、遥は何故だか息が止まった。
―――――…………………………ッテハ、ダメ。
ヒュッと喉がなるだけで、言葉が出ない。まるで石でも飲み込んだように、遥の口は動かなかった。
『遥? どうかした?』
「え、と……………………………その、日、は」
『あ、もしかして都合が悪い? 急な誘いだし、無理しなくていいよ?』
「う…………ん、仕事が、入ってるんだ」
だがそれは半分嘘だ。確かにその日に仕事は入っている。だが、夕方には余裕で終えられるものだ。
それが分かっているのに、遥はどうしても「行く」と言えなかった。
いや、自分のなかで『行ってはいけない』と警告している何かがある。
どうして? 何故、自分はこんな風に思うんだろう? 分からないまま、遥は電話を切った。
だが考えれば考えるほど、その緊迫感は増す一方だった。
せっかく芹菜との約束が果たせるのに。それを祝えないなんて、どうしたって遥は納得できない。それでも何故だか、芹菜に連絡をとろうとすれば、身体が固まるのだ。
しかし、遥は諦め悪く携帯電話の時計を睨んでいた。
行ってみようかな、と遥は思った。この時間なら余裕で間にあうし。
うん! やっぱり行こう! きっと芹菜ならば、連絡なしで行ったとしても喜んでくれるだろう。
そう遥は考えて、打ち上げ会場である居酒屋への道順を調べた。駅から近くの雑居ビルの中にある、その居酒屋。
まだ明るい夕空に、はっきりと分かるその建物を目にした瞬間。
あ、れ………? 遥は急に立ちくらみに襲われた。
―――――……………………ッテハ、だめ。
それは、いつか聞いた声だ。遥の頭に激痛がはしった。
何、これ? 待って、この声、は。
遥の視界に光が点滅し、ぐらぐら揺れる。
私は、………………貴女は? 誰? 遥はこの声を、彼女を知っている。
歪む視界に、不意に映った黒いモヤ。違う、あれは、煙?
――――――――――いや、火事だ!
遥の頭のなかの光が、強く強くスパークする!!
ああ、知っている! 遥は知っている!! このビルで今、何が起こっているのか!
そして、これから何が起こるのか!!
―――――――貴女はッ!!
遥は全てを思い出した。高校一年生の夏休みが始まる、あの日のこと。異世界を冒険したこと。必死で戦ったこと。
――――――――――自分が、転生者だったこと。
全て、全て、全て! 思い出した!! 全部!!
「絶対に打ち上げに行っては駄目。貴女は、生き延びて」
凛と気高く、美しい親友の台詞の意味が。
今ここで――――――――――――全て繋がった。
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