第43話 END、とみせかけて

 ふわっと浮かび上がっていくような浮遊感を感じた直後、遥の意識は覚醒した。

 そこはベッドの上。白いカーテンがひかれていて、これまた白い天井が見える。

「あ、あれ? 私…………………」

 遥は身体を起こし、ずきりと痛む頭に顔をしかめた。

「あ、いきなり起きちゃ駄目よー。貴女、階段から落っこちたんだから。

 親御さんに電話したから、念の為、病院で診てもらってねー。頭を打ったみたいだし」

 シャッとカーテンが開けられて、遥は思い出した。そうだ、ここは学校だ、と。

 ってことは、保健室かな? 遥はそう考えた。当たり前のように。

 目の前の白衣の人を見るかぎり、ここが保健室なのは間違っていなさそうだ。すると、遥を心配そうに覗き込んだ養護教諭さんが慌てた。

「どこか痛いの!? 怪我はなさそうだったけど、痛いなら言って?」

「へ? …………………あ?」

 何故か、遥は泣いていたのだ。理由は遥にも分からなかった。

 ただ胸にあった何かがぽっかりなくなってしまったみたいな。そして、その何かがひどく大切だったような。

 でもその何かは分からなくて。それが遥には悲しかった。

「えと、どこか痛いわけじゃ、ないです。大丈夫です」

 おろおろしている目の前の女性に遥は言った。

 胸にあいた隙間はまだ感じられたけど、遥は無理矢理に涙をぬぐった。

「大丈夫です」

 笑ってそう言うと、少し隙間が薄れた感じがした。

 ああ、うん、大丈夫。と、遥は思った。

 根拠もなく、大丈夫だ、と。

 そして―――――――――――遥の涙は暑い夏の空に滲んで、いつの間にか消えていった。










 常葉遥には夢があった。声優になりたいという夢が。

 高校時代をへてその思いは強まり、とうとうその夢を実現することを決意した。

 そして東京の養成所に通うことが決まり、上京して、同じように夢を叶えようと努力する仲間に出会い、語り合い、時に馬鹿をやり、いつか一緒に仕事をしようと誓い合い、日々は過ぎていった。

 幸いなことに遥はそれなりの見た目と声の可愛らしさから仕事が舞い込むようになった。

 そんな、遥が駆け出し声優としてレッスンに仕事にと追われるなか、ある仕事の話がもちかけれられた。

「遥、久しぶり。なのに仕事の話しでごめん。

 ね、遥、私達が作ってるゲームに声を吹き込んでくれない? ヒロインだからさ!」

 電話の相手は養成所に通っていた時に出会った、そして現在も親友と呼べる、桐谷芹菜からだった。

 彼女は遥と同じく上京組だったこともありお互いの部屋に泊まりあいながら、彼女はクリエイターの夢を、遥は声優の夢を熱く語り合ったものだ。

 彼女と遥は、いつか一緒に仕事をしよう! という約束までしていた。

「やるっ! もちろん、やるよ!! ノーギャラだっていいさ!!」

 遥はすぐに引き受けた。芹菜の声が弾んだ。

「本当!? ダメもとだったんだけど! あ、でも正直、お金はあんまり…………だと思う。それでもいい?」

 律儀に聞いてくる親友に遥は明るく請け負った。

「ノーギャラでもいいって言ったでしょ! あ、でもくれるならもらうけどっ。芹菜が関わってる仕事だもん! やるにきまってるじゃん!! 大丈夫。予定あいてるから!」

「そっか………………………ありがと、遥」

「だってそういう約束でしょ!」

「だったね。あー、泣きそうかも」

「早いって!  ゲームができてから泣きなよぅ」

 そこで遥は肝心なことを聞いた。

「あ、それでゲームのジャンルは何? まさかパズル? 脱出?」

「可愛いかけ声いっぱい吹き込んでもらうのもいいかもねー。違うけど。

 まあ、RPGじゃなくてごめん、とは言っとく。でも乙女ゲームだから許して」

「えっ!? 乙女ゲームって、まさかヒロイン?」

「少なくないよ? ヒロインの声が入ってるの。

 配信ゲームだから短めテンプレ、異世界ファンタジー、攻略者は五人」

「おおぅ、ファンタジー。まあ、妥当だね」

「でしょ?」

「で、タイトルは? 決まってる?」

「決まってる! ずばり『君といた刹那』!! 乙女ゲームっぽいでしょ?」

「あはは、っぽいね! 『キミセツ』だ!

 よし、引き受けた。予定が決まり次第、連絡ちょーだい!」

「了解。早いうちに連絡する。

 …………………………ほんと、ありがとね、遥」

「だから早いってば! でもって、こっちこそありがとう、だよ!」

 くすくすと笑いあって二人は通話を終えた。

 こうして遥は、『君といた刹那』という乙女ゲームに携わることになるのだった。






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