第41話 ゲームタイトル『君といた刹那』の意味

 気付けば、ハルカとシルヴィア、ルシウスの三人旅になっていた。

 リフィテイン各地で出現していた魔獣は、順調に追い払われ安定を取りもどしつつある。つまり浄化の旅はもう終わったのだ。

「やっぱり、この三人が一番気楽ね」

 狭い馬車にぎゅうぎゅう詰めにされているのだがシルヴィアは嬉しそうだ。

 ちなみに三人が乗っているのは相乗りできる馬車。他の客もいるのでそんな状態なのだが。

「うんうん。初めは三人だけだったもんね」

 ハルカも楽しげだ。

 並びは端にシルヴィア、真ん中にハルカ、そして他の客から二人のスペースを確保しているルシウスとなっている。

「俺は初めから最後まで、ただ振り回されているだけだったように思いますが」

 げんなりとルシウスが呟く。そこへ隣の男が声をかけてきた。

「兄ちゃん達、旅をしてきたのかい? お嬢ちゃん達も? そりゃあ、大変だっただろうに」

 何を想像したのか、同情的に言うおじさんにハルカは笑った。

「はい。でも、今から帰るところなんです」

「そうか。それはよかったなぁ」

「あ、でも行くのは、このさきの学園なんですけど」

 ほのぼのと話すハルカにおじさんが目の色を変えた。

「ってことは、お嬢ちゃん達はあの魔法学園の生徒さんか!? じゃあまさか、聖女様とお知り合いなんてこたー」

 おっと、『聖女様』を知っていたか。しかし、目の前の少女がその本人だとは気付くまい。

「あ、あははははははー。まっさかー。聖女様なんて、雲の上のヒトですよぉー」

 目を泳がせるハルカに、ルシウスが重々しく頷く。

「ああ。とても高貴で、気高く聖なる気が満ちた方だった。君は爪の垢でももらって飲んだらいいんじゃないか?」

「な、なにおうっ!?」

「あらあら、ルースは聖女様にご執心ね?」

「姉上、余計なちゃちゃを入れないように」

 そんな三人のやり取りに隣の男は笑いだした。

「ハハハッ! ずいぶんと仲が良いんだなぁ。いいことだ!!」

 三人は顔を見合せ、それから笑った。

「はい! 私、二人と旅ができてよかった!!」

「そうね。私もよ」

「まあ、俺もそういうことにしておきますよ」

 馬車は穏やかに順調に進んだ。

 そして三人はついに、王立魔法学園へともどってきた。

「ふわぁ〜〜〜〜〜〜〜、なんか懐かしいぃぃ〜〜〜〜〜〜〜!!」

 寮の前でハルカが歓声を上げる。

「ああ、まだ春休み中なのね」

 人気の少ない寮にシルヴィアが言った。

「そっか、まだ春休みなんだぁ」

 社交界のある貴族にあわせた、やたら長い春休みはまだ終わっていなかったらしい。ということは浄化の旅は一ヶ月ほどだったということか。

 卒業式がとんでもなく昔のことのようにハルカには感じられた。

「守衛に話は通してきました。俺とハルカの部屋はそのままにしておいてくれたようです。今日はそこを使ってくれということでした」

 ルシウスの言葉にハルカは顔を明るくした。

「じゃー、シルヴィアは私の部屋に泊まればいいよ!」

 かつてシルヴィアが使っていた部屋はもうないからだ。

「とはいえ、片付けができるのは今日だけよ? 明日には王都にむかわないと」

「分かってるって! じゃー、ちゃっちゃとやっちゃおう!

 で、食事だ!! 食べ収めしなきゃ! じゃ、ルース、また後でね〜」

 妙にハイテンションなハルカはシルヴィアを連れて女子寮へむかう。

 三年近く過ごした部屋の片付けをすませ、夕食は食堂で三人楽しく食べた。

 お風呂はシャワーを軽く浴びるだけにし、洗濯物は自分達の部屋に持ち帰る。あとは寝るだけ。

 そして明日の朝には、ここを発つのだ。

 髪の毛を乾かし終えたシルヴィアが唐突にハルカに聞いた。

「ねぇ、ハルカ、ルースとこのまま別れていいの?」

「…………………もう寝よ! 明日も早いんだし。ね?」

 けれどシルヴィアはハルカのそれに頷かなかった。

「ハルカ、今日を過ぎたら、もう」

 なおも続けるシルヴィアにハルカは、

「分かってる!」

 思わず大声を出してしまって。

 そんな自分にハルカは肩を落とし、小さくシルヴィアに言った。

「分かってるよ……………ルースと話せなくなるって」

「なら、会って話しておくべきじゃない?」

 ハルカはそれに答えず、すとんとベッドに腰を下ろした。シルヴィアはハルカの隣に寄り添うように座った。

「……………………………シルヴィアはさ、知ってる? このゲームの『君といた刹那』のタイトルの意味」

「ええ、知ってる。ちゃんと分かってるわ。だから、言って大丈夫よ」

「はは、やっぱりシルヴィアは、強いや」

 ハルカは自分の手をなんとなしに見て、握ったり開いたりした。まるで自分の存在を確かめるように。

 そうした後、ハルカはぽつりと言った。

「私、忘れちゃうんだね…………………皆のこと」

「……………………………ええ。おそらくは」

 シルヴィアは静かな声で肯定した。

 この世界が舞台となっている乙女ゲームのタイトルは『君といた刹那』だ。

 しかし、そのタイトルの本当の意味は、『聖女返還エンド』をクリアしたプレイヤーにしか分からない。

 ヒロインは元の世界に還る。

 そして―――――――――――この世界の出来事が、ほんの刹那のものであると明かされるのだ。そう、ヒロインの記憶にも残らないほどの、刹那であったことを。

 刹那の冒険を終えて、常葉遥は夏休みがはじまる、あの日の放課後にもどる。

 だから、『君といた刹那』なのだ。

「うん。たぶん、忘れちゃう。なかったことになっちゃう。

 だったらさ、ルースに会って話すなんて残酷なこと、できるわけないじゃん」

 ハルカはたぶん、この想いを言ってしまうだろうから。

 もうとっくに自覚しているハルカは苦笑いするしかない。

「好きなのね、ルースのこと」

「……………………………………好きになんか、ならないつもりだったのにな」

「好きなのね?」

 念押しするかのようなシルヴィアのそれに、ハルカは耐え切れずについに本音をこぼした。

「――――――――――好き、だよぉ。

 好きに、なっちゃったんだもん。大事なんだもん」

 泣きそうな顔で告白するハルカを、シルヴィアは優しく抱き締めた。

「ねぇ、ハルカ。私はね、貴女に後悔してほしくないの。だから、ルースが傷つこうが、残酷だろうが、知ったこっちゃないの。

 それに――――――――そこまで弱い男でもないわよね?」

「もちろんです」

 扉のむこうから声がした。ルシウスの。

「ちょ! シルヴィアッ!?」

 驚きと焦りで目を見開くハルカに、シルヴィアは優雅に笑った。

「忘れたの? 私は悪役令嬢よ?」

「いや、でも……………えぇー………」

 唖然とするハルカをベッドに置き去りにして、シルヴィアはさっさと扉を開けて出ていってしまった。そして彼女と入れ替わるように入ってきたのは、もちろんルシウスで。

 やられた。全部、完璧悪役令嬢の策のうちだ。しかもこのタイミングで二人っきりにするとか、周到すぎる!

 ハルカは目の前のルシウスにしどろもどろだ。

「あ、あのね? えっと、これはねー」

 しかしハルカの言葉をルシウスは遮った。

「あまり俺をみくびらないでもらいたい」

「いや、でも、あの」

 たじたじとなるハルカの横にルシウスが片手をつく。つまり、ハルカはベッドに押し倒される寸前のような体勢だ!

「俺が傷つこうが、後で後悔しようが、………………ハルカが俺を忘れてしまおうが、かまわない」

 エメラルドの瞳がハルカの顔に近づいた。息がかかるくらい近くに。でもギリギリ触れない、その位置で。

 ルシウスは懇願した。

「俺は、ハルカを愛してる。最後でいい。

 ―――――――――――君に、触れたい」

 ハルカはしばらく黙って―――――――それから泣き出しそうな顔で言った。

「きっと、後悔、するよ?」

「かまわないと言っている。ハルカは、俺が嫌いか?」

「その聞き方は、ずるい、と、思う」

「ずるくもなる。あの人の、弟だから」

 どこか苦笑いにも見えるルシウスの顔に、ハルカもつい笑った。目に涙をためて。

「そう、だね。だから、大丈夫、だよね?」

「みくびらないでほしいと、何度言えば」

 そのルシウスの言葉に被せるようにハルカは頷いた。

「うん。信じる、よ。ルースのこと、信じる。ちゃんと、乗り越えるって。

 私が――――――――――いなくなっても大丈夫だって」

「………………………………ハルカ」

「あの、ね。私ね」

 ハルカが深呼吸して目を瞑った。

「貴方のことが、好き。愛してます」

 あとは言葉はいらなかった。

 ただ強く、愛する人の存在を確かめるだけだった。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る