第40話 ヒロインが選ぶENDは、もちろん

 神殿での事件が収拾をむかえたのは、丸一日後のことだった。

 正確にいえば、エリカシア王妃の失踪については決着がついていないはずなのだが、あの場にいた五人は何故かお咎めなしで、神殿から出ることを許可された。

 エドワードは即刻、城にもどるよう釘を刺されていたが。

「終わりましたか」

 神殿の傍で待機していたルシウスが五人を迎えた。が、その顔はものすごく不満げだった。

「そんな顔をしないの。貴方には貴方しかできない仕事があったんだもの。分かっているでしょ。

 で、どうなってるの?」

 別行動をとらされた、というかとらざるをえなかったルシウスは軽く溜息をつき、現状を報告した。

「姉上の予想通り、魔獣を召喚していた魔方陣が消えました。それに伴い、魔獣の囲い込みにも成功している、とのことです。

 ―――――――――大元を、断ったんですね」

 シルヴィアはこくりと頷いた。

「ええ。あの方はもういないわ。

 ……………………………闇魔法は全て、あの方を核に発動していた。だから、私の刻印も、もうない」

「え!? そうなの?」

 驚くハルカにシルヴィアは念の為、ギルフォードにも確認した。

「貴方は? ギルフォード」

「ああ。俺も同じだな。闇魔法が使えない」

 それはつまり、彼女の力がおよんでいないということだ。

 彼女が現世にいない証。

「あー、でも、それはそれで良かった、のかな?」

 シルヴィアが闇魔法に犯される心配がないと思えば、なんてのほほんとしたことを言っているハルカに、シルヴィアが弱った顔をした。

「ハルカ、呑気なことを言ってちゃ駄目よ。貴女、どうやって元の世界に還るつもり?」

「どうやってって、返還の儀式をしてもらって」

「その返還の儀式に必要なのは、何の属性の魔法なのよ?」

「……………………あっ!?」

 やっと致命的なことに気が付いたヒロインは青ざめた。

 そうだ、返還の儀式には光魔法と闇魔法が必要なのだ!

『キミセツ』のゲームシナリオでは、エドワードは実のところ、シルヴィアを庇って死ぬ。

 そのことで我に返ったシルヴィアは、リフィテインへの魔獣召喚を止めるのだ。

 そして『聖女返還エンド』では、聖女の子であるギルフォードが光魔法で、シルヴィアが闇魔法を使って返還の儀式を行う流れだったはず!

 でも、その肝心のシルヴィアが闇魔法を使えないということは?

「えっ、何気にピンチ?」

「ようやく気付いた?」

 ゲームシナリオを無視しまくった報い、というヤツなのか。

 本末転倒な展開にハルカは頭を抱える。そんな彼女をシルヴィアはじっと見つめて。

「ねえ、ハルカ―――――やっぱり、元の世界に還りたい?」

 シルヴィアが小さく聞いた。

 その質問は、とんでもなく重要で且つ重たい。ハルカは深呼吸した。

「―――――――――――うん」

 自分が笑っていることを意識して、ハルカは力強く頷いた。

 このエンドを選ぶ為に、今まで頑張ってきた。もう変えることなんて、できない。

 シルヴィアは迷って、でもやっぱり微笑んだ。

「そう。そうよね」

 そして吹っ切れたように言う。

「まあ、返還の儀式はできるんだけどね」

「ふえっ!?」

 だったらさっきの弱った顔はなんなんだ! と、驚愕するハルカにシルヴィアは苦笑いした。

「ちょっと、ハルカを試したくて」

 そんなシルヴィアにハルカは心底、思った。

 ああ、またこのパターンか! 知っているともさ!! 完璧悪役令嬢にぬかりなんてあるはずがないってね!?

 シルヴィアは涼しい顔でさらりと真実をハルカに教えた。

「闇魔法が自然体で使える人がいるのよ。忘れたの?」

「え? ベイゼル先輩?」

「いや、あの人は単に腹黒なだけだから。

 先輩の闇魔法もあの人の力を核にしていたから、もう使えないはずよ。

 じゃなくてね、いるでしょ? 闇の眷属の人が」

「あ!!」

 そこでハルカは勢い良くエドワードを見た。

 そうか、彼か!!

「どうかしたか? 二人共」

 と、そこでハルカは、はたと気づく。何しれっとついてきちゃってんの、この皇子。

 なんて危機感のない…………などとハルカが思っていたら。

「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜、この、大馬鹿野郎ッ!!」

 いきなりエドワードが吹っ飛んだ。

 何が起きたか分からない早さだった。

「何だよ!? 俺をおいてくってどーゆー事だよ!? つーか、ふざけんな!! 俺の主はお前なんだぞ? お前だけだ!!

 分かってんのか、エド!!!!」

 見れば、いつの間に来たのか、リヒャルトがエドワードを地面に押し倒し、馬乗りになって胸ぐらをがっくんがっくん揺さ振っていた。

 それを目撃してしまったハルカはフツーに思った。

 それ、主にすることじゃないと思う! と。

「リヒト、殿下が死ぬぞ。

 しかし殿下もリヒトの気持ち、いえ、我々臣下の気持ちもどうかお考えください」

 後から来たフェリエルがエドワードの傍に膝をつく。

「我々は王に仕えるもの。貴方の臣下。

 どうか、お一人でいってしまわれませんよう、お願い申し上げる」

 騎士は主を守り戦う。いつ如何なる時も。

「……………………………お前達」

 ぼうっと二人を見るエドワードにリヒャルトが呟く。

「一人で背負ってんじゃねぇよ。情けなく、なんじゃねーか」

 おそらくリヒャルトは、誰よりエドワードの近くにいると自負していた。それなのに。

 頼られなかった。おいていかれた。

「逃げてもいい。間違えてもいい。そんなん、どーとでもなる。

 ってゆーか、なあ! その時の為に俺等がいんじゃねーか! 違うか!?」

 悔しさを込めてリヒャルトが叫んだ。

「お前は王になんだよ!

 でもって、俺等はそんなお前を支える為にいんだよ!!」

 たとえどんな罪も、罰も、背負って一緒に立つ。それが王と臣下の関係だというのなら。

 シルヴィアは、お父様達もそうだったのかしら、と思ってしまった。

 陛下が過ちを犯した時。この国の危機を感じた時。それでもあの父は、臣下だったのだろう、と。

「すまない、リヒト。それにフェル。…………………シーアも」

「えっ?」

 まさか自分の名が呼ばれると思っていなかったシルヴィアは驚いた。

「お前も私の臣下だっただろう? ずっと。本当に優秀で良き臣下だった。だというのに、私がお前達にしたことといえば」

 そこで思わずシルヴィアは口を挟んでしまった。

「まったく、貴方という方は本当に真実を見抜く目がありませんね」

「………………………耳に痛いことを言うのは、相変わらずだな。だがお前の言うことはいつだって正しかった。

 聞こう。真実とは?」

 今までとは違い、真っ直ぐに自分を見つめるエドワードの碧い瞳に、シルヴィアは微笑んだ。

「真実はこうです。

 臣下は、たとえ王が間違えようと、どんなことをしでかそうと、王を支える。リヒャルト様やフェリエル様――――」

 ああ、そうだった、と、シルヴィアは思い出した。

 自分が何故、完璧な公爵令嬢だったのか、を。

 全ては、この方の為だったのだ。自覚なくとも。

 これはたぶん恋愛感情などではない。シルヴィアの心の奥底に刻まれたそれは、もっと純粋なもの。

「私も。臣下が王に望むことは、ただ一つ。

 その真実を見失わないでほしい。それだけなのです」

 そうだ、シルヴィアは彼の臣下だった。

 このリフィテイン王国の公僕で、そしてそれがシルヴィア・クリステラの誇りだったのだ。

「………………………肝に銘じておく。私は、良き臣下を持った」

 頷いたエドワードにリヒャルトは手を離し、フェリエルの隣に膝をつく。

「エドワード殿下、城におもどりください。護衛いたします」

「ああ。……………………だが、その前に。聞いておかなくてはいけないことがある」

 立ち上がったエドワードは聖女のハルカを見た。

 びくっと身構えてしまったハルカにエドワードは苦笑いをする。

「大丈夫だ。今、君を城に連れていこうとは思っていない。

 さすがにもう気付いている。君にそういう気持ちがないなんてことは」

「そ、そうでしたか。…………………………でも! やっぱり、ごめんなさい!!」

 素直に謝ってしまうハルカにエドワードは少し黙って、それからふっと笑った。

「ハルカを好きだった気持ちは嘘ではない。だから――――――――せめて君の望みを叶えたい。

 言ってくれ。私が、それを叶えよう」

 それは暗に、儀式に協力するという意味だと、ハルカにも分かった。

 ハルカはぎゅっと手を握り、シルヴィアを見て、それからエドワードに向き直る。

「私は、聖女ハルカ・トキワは―――――――――還ることを望みます!」

 はっきり口にすることでハルカは覚悟できた気がする。

 そんなハルカにエドワードは頷いた。

「では、手配しよう。城で待つ」

 そしてエドワードはリヒャルトとフェリエルを伴ってそこを去っていった。

 さて、これで問題はあと一人だ。

 後ろで聞き耳をたてていることを知っているシルヴィアはきっぱりと言った。

「とりあえず、貴方に拒否権はないから。ギルフォード」

「何でだ」

「何でもよ。やりなさい」

「どうしてアイツには丁寧語で俺には命令なんだ」

「殿下が殿下で、貴方が貴方だからよ」

「………………………ならいいか」

「いいんだっ!?」

 思わず叫んでしまったハルカに、シルヴィアは額を押さえながら言う。

「コイツの思考回路を考えるだけ無駄よ、ハルカ。まったく分からないし、分からなくても問題なし!」

 そこにルシウスとベイゼルが加わる。

「で、俺達はどうしましょう? 王都にむかわなくてはならないんでしょうが」

「そうね。あ、でもその前にハルカは寄っていきたいところがあるんじゃない?」

「え? あー、うん。学園には行きたい、かも。

 ほら、卒業式からバタバタしてたじゃない? 少ないけど荷物だってあるし、寮の部屋も片付けたいかなーって」

「ああ、そうですね。俺も部屋の片付けをしていないな」

「では、私も思い出の母校に」

 しかし、シルヴィアはベイゼルにさっさと次の指示を出す。

「いえ、ベイゼル先輩はエリーナ様のところへむかってください。きっと今頃、神殿はとんでもないことになっているでしょうから」

「え? 私、休む暇なし?」

「国家案件でしょう。休んでいる暇はありません。ほらほら、王立研究員としての責務を果たす!」

 体よくベイゼルを追い払うシルヴィアに、ギルフォードは何かを察したらしい。

「俺はどうする」

「ギルドに報告、お願いね。あ、でも終わったらすぐにリフィテイン城にきなさいよ?

 貴方がいないと何もはじまらないんだからね?」

「分かった」

 逆らえないのか、逆らわないのか。ギルフォードはさっさと背をむける。

「じゃあ私達は、学園へむかいましょうか」

 にっこり笑うシルヴィアのその案に反対するものがいるはずもなく。

 こうしてハルカ達は城へ行く前に一旦、学園へともどることになったのだった。





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