第37話 ここでつまずかれたら困るので、とっととヒロインのところにもどってください

 理由が分からないのはともかくとして、ギルフォードが自分達に協力してくれる気になったらしいことは、シルヴィアにも分かった。

 それもシナリオ通りといえばそれまでなのだが。

 いや…………………シナリオ通り、ではない。何故にお姫様抱っこするんだ、この男は? と、シルヴィアの疑問は尽きない。

「ちょっと、いいかげん下ろしなさい」

「まだ駄目だ。寒さで身体が動かないんだろう」

 春先の川に落っこちればどうなるか。まあ、凍えて当たり前だろう。シルヴィアの身体はギルフォードが言うように冷え切っていた。

 風が防げる岩穴を見つけ、ギルフォードはそこに手早く火を起こす。

「着替えろ」

「って、何で服を用意してあるのよ?」

「そういう指示だったからな。部屋を汚されるのは嫌なんだと」

「……………………あの方の指示?」

「そうだ。その言い方、やはりお前は勘付いていたか」

「消去法でね。で、あっさりバラしてるけど、あの方は貴方の雇い主なんじゃないの?」

「正確に言えば違うな。契約は交わしていない。奇妙な協力関係といったところか」

「復讐の?」

「ああ。俺とあの人は、利害が一致していた」

「とみせかけて、利用されてたのね」

「かもしれない。だが、俺にはあの人の気持ちが分かる気がしたんだ」

「それって気のせいよ? というかね、分かられちゃ堪んないわ、男なんかに」

「お前は…………………どうしてそうズケズケと言えるんだ」

「ああ、ごめんなさい。でも私、貴方に気を遣うのは止めるって決めたの。

 これは別に、呪咀の件があったからとか、貴方にイライラするからとか、そういうのが理由じゃないわ。

 ただ、なんていうか、諦め? みたいなものなのよね」

 ギルフォードが実に微妙な顔でシルヴィアを見た。

「あぁ、それで途中からやけに辛辣に。何度か本気で心が折れかけたぞ」

「あら、気付かなかった。でも貴方こそ、ずいぶん私を振り回してくれたじゃない。こっちは貴方がどう出るか分からずに、ずっともやもやしてたのに」

「ほう、それは気付かなかった。というか、振り回されていたのか、あれで」

「なによ! ってより、もうあっち向きなさいよ。着替えるんだから!!」

「そうだな。早く着替えろ。風邪をひく」

「貴方が川に突き落としたんでしょうが!!」

 背を向けたギルフォードを確認し、シルヴィアは手早く濡れた衣服を脱ぎ捨て、さっと新しい服に着替える。もうこのぐらいは、二人の日常茶飯事だ。

「で、具体的にはどうするんだ」

「どうするもないわ。あの方のところに行くまでよ」

「一人でか?」

「そもそもが私を闇魔法に落とした後、彼女の元にむかわせる手はずだったんでしょ」

「そうだが」

「とすれば、あちらは私を待っているはず。侵入するとしたら、この機会しかない」

 それに、とシルヴィアは続けた。

「貴方はハルカのところに戻ってくれなきゃ困るのよ。

 分かるでしょ? あのままじゃ、聖女一行は全滅してしまうわ」

「だろうな」

「だから、貴方はハルカ達を守って」

 きっぱり、自分は守らなくて良いと言い切るシルヴィアに、ギルフォードはしみじみと呟いた。

「とことん、可愛げのない女だな」

「なくていいのよ。あっても、貴方に見せる必要はありません」

「…………………………………あるのか」

「うるさいわね」

 睨むシルヴィアに、ギルフォードは溜め息を吐くと頷いた。

「分かった。俺はもどる」

「ええ。ハルカとルースをお願いね」

「ああ」

 だがギルフォードはそこでちょっと首を傾げた。

「いまさらなんだが、俺を信用するのか?」

 何だか懐かしくなってしまうようなギルフォードのセリフに、シルヴィアはふっと笑った。

 同じセリフを言った少女は今では戦友だ。

「するわよ。だって貴方って、口にしたことは律儀に守るじゃない」

 二年近く一緒にいたのだ、さすがに彼の言葉が嘘か本当かなんてシルヴィアは分かる。

「それに後で裏切るつもりなら、今ここで私を助ける意味がないし」

「………………………ただお前を助けたかっただけ、というふうには考えないのか?」

「それこそありえないでしょ。貴方はそこまで短絡的じゃない。それに『助けたい』だなんて、よく言うわ。闇魔法に落とそうとしておいて!」

「いや、お前なら平気なんじゃないかと」

「なわけないでしょう!!」

「そうか、恐かったのか」

「…………………それはまあ、置いといて! ともかく、頼んだわよ!!」

 温まった身体を確認し、シルヴィアは手際よく火の後始末をして、さっさと歩きだした。

 だが彼女は不意に足を止め、ギルフォードに向き直った。

「一応、お礼を言うわ。貴方がどうしてこういう気になったのかは分からないけど。

 それでも、ありがとう。私をこのまま行かせてくれて」

「礼を言うところが違う気がするが。それに、協力するとみせかけて妨害するかもしれんぞ」

「かもね。でも、今は助けてくれた。だから、そのお礼よ。

 もちろん裏切ったら容赦しない。特に、ハルカを傷つけたら。血祭りにしてあげるから」

「お前が言うとシャレにならんな」

「シャレじゃないもの。問題ないわ」

「シャレにしておけ。笑ってすませてやるから」

「あら、笑ってすませられるなら安心。私も貴方と戦うなんてごめんだもの」

 命が三つくらい要りそう、とげんなりするシルヴィアにギルフォードが聞く。

「それでも、いざとなったらお前は戦うんだろう?」

 ごめんだと言いながら、それでもシルヴィアはいざとなったらそう決断するだろうと、ギルフォードは分かっているようだった。

「もちろん。どうしようもなくなったら、だけど」

 きっぱり答えたシルヴィアにギルフォードは悟る。

 彼女が命を捨ててでも守りたいもの。それが、聖女―ハルカ―なのだと。

「肝に銘じておく」

「ありがと。じゃあ、私はもう行くわ」

 最後にまたお礼を言うシルヴィアに何かを言おうとして、だがギルフォードはけっきょく何も言うことができなかった。

 恐怖があっても押し殺し、彼女は前に進んでいく。その凛とした後ろ姿に、ギルフォードは小さく呟く。

「……………………………………可愛くない」

 その続きの『こともない』というそれを、ギルフォードは声に出せなかった。それを口にしたら、何故だか彼女が泣きそうな気がしたからだ。

 怒るならまだしも、どうして彼女が泣くなどとギルフォードは思うのか。不思議で頭を捻ったギルフォードだったが、あることに思い当たった。

 ギルフォードが見てきたシルヴィアは、いつだって泣きたそうに見えていた、ということを。いや、泣く手前のような―そうギルフォードの母がよくしていた―強くてでも折れそうな表情だ。

 けしてシルヴィアを母と重ねたわけではない。けれど。

 泣いたらいいだろうに、と、ふとギルフォードは思った。

 全てが終わったら、言ってみようか、と。

 可愛いところもある。弱くて泣いてしまいそうに見える時もある、と。

 もし彼女が泣くのならギルフォードは彼女の傍にいたいと思ったのだ。

 いまさらにギルフォードは、シルヴィアに強がらなくていいと言ってやりたいのだと、自分が彼女をそんな風に想ってきたのだと気付いた。

 憎しみに囚われていた自分では気付けなかった感情。いや、本当はずっと前から気付いていたのかもしれない。ずっとギルフォードは、彼女を見見続けてしまっていたのだから。

 自分が彼女に恋をしていることを自覚してしまったギルフォードは、しかし、彼女に恋をするが故、離れるしかない。

 聖女を守ること。それがシルヴィアの望みだと、ギルフォードは痛いほどに分かっている。

 そして、その望みに従うと決めてしまったのだ。

 これが惚れた弱みというヤツだろうか?

 ギルフォードがこの想いを自覚したとして、全てが手遅れな気がしないでもないが。それでも彼女はギルフォードを許すと言っていた。

 ならば信じよう、と、ギルフォードは腹を決めた。彼はどこまでもシルヴィアの望むように行動しようと思った。

 たとえそれが、彼女を危険に晒す行動だったとしても。

 実際のところ、殺そうとして簡単に殺せる彼女ではないことを、ギルフォードは知っている。

 ギルフォードはシルヴィアを信じた。

 闇の種を植え付けられても負けない彼女ならば。

 未来も希望もない、絶望の闇の中にしかいられないあの人に、彼女ならば勝つかもしれない。

 そんな予感を胸に、ギルフォードは聖女の元へともどっていった。






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