第36話 シルヴィア死す!! まあ、お約束ですけれど
シルヴィアは常にその気配を感じていた。自分をじっと観察する気配を。
虎視眈々と自分を利用しようとするそれは、ずっと前から感じていたものだ。
だから谷間の戦闘中、それが不意に牙を剥いたとして、シルヴィアは少しも驚かなかった。
「シルヴィアッ!」
差し伸べられたハルカの手を、シルヴィアはあえてとらなかった。
かわりに笑ってみせる。その笑みに弟はきっと気付くだろうし、あの友人にだって意味が分かるだろう。
シルヴィアは落下スピードを魔法で抑え、谷底の川の激流に突っ込む。冷たく息もできない水流の激しさに翻弄される。が、死にはしない。
シルヴィアには確信があった。自分を助ける者がいる、と。
それはおそらく、あの男。この茶番劇は、はじめからあの男が仕組んだものだ。そんなことは分かっている。けれどシルヴィアはそれに乗じた。
この『表舞台』から降りる為。真の敵と対峙する為に。
案の定、シルヴィアの息が限界に達し意識が薄れそうになった、その時。力強い何者かがシルヴィアの身体を引き上げた。
急に空気がもらたらされ、身体は自然と咳き込む。そんなシルヴィアの背中をその誰かが優しくさすった。
そしてシルヴィアを仰向けにして呼吸を楽にしてくれる。だがそれは、けしてシルヴィアを助ける為などではない。
そろり、と気配がシルヴィアの胸元へと近づいてくる。
彼女が見せびらかすように、いつもつけているクリスタルのペンダント。それをそっとどけ、服の襟を緩めて肌をさらし。
そこでシルヴィアは、勢いよくその手を払いのけた。
胸元に伸びていたその手には毒々しい呪具があった。やはりこの男はシルヴィアを闇に落とす機会をうかがっていたのだ。
「ようやく本性を見せたわね―――――――――ギルフォード」
「……………………………本性というわけでもない。ただ、これが俺の役目だ」
「私を闇に落とす役目、よね?
そう、貴方はただの役者に過ぎない。そうでしょう?」
「かも、しれない。俺も、お前も、あの聖女も。そうだと思っていた」
「あいにく、私もハルカも、違うみたいよ?」
「なのかもしれない」
その曖昧なギルフォードの言葉に、シルヴィアは怒りを覚えた。
「はっきりしないわね。貴方のそういうところ、ものすごくイライラするわ。
何でそんなにわけ分からない思考をしてるのよ! 貴方、いったい何がしたいの!?
本当は復讐なんか望んでないのに、ここまでしでかして! 迷ってるくらいなら、止めなさいよ!!
貴方の本当の望みはもう叶わないって、知ってるんでしょう!?」
まくし立てるシルヴィアをギルフォードはじっと見つめ、それから彼女の髪をつかみ、ぐいっと引き寄せた。
「お前に、何が分かる」
「―――――――――ッ、分かる、わよ。
分かっているわ。貴方が、お母様を助けたかった、なんてことは!」
負けるか、とばかりに睨むシルヴィアに、ギルフォードは目を細めた。
「どうして、お前は何もかもを知っている? そして、知っていながら、何故、足掻く」
「何もかもを知っているわけじゃない。けど、知りたいと思うのは、未来を変えたいからよ。
過去じゃない。今でもない! 未来を、望んだ選択を、現実にしたいって願うから!! だから足掻くの!」
「……………………………やはり、俺とは、違うな」
するりと、ギルフォードの手から力が抜けた。
「俺は過去ばかりを見ている。
俺が存在しなければ、母は死ななかったのか。父が母を捨てなければ、死ななかったのか。
そもそも、父と母が愛し合わなければ良かったのか、と」
そんな彼を見て、シルヴィアは覚悟を決めて口を開いた。
「貴方のお母様も、陛下も、間違いを犯したとは思うわ。けれど、それすら承知の上の過ちだった。
そうでしょう――――――――――――――ギルフォード殿下」
ギルフォードは驚かなかった。ただ溜め息を一つ、吐いただけだった。
「やはりお前は知っているんだな」
シルヴィアは頷いて肯定した。
この情報を今ここでギルフォードに確かめるのは、もう賭けだ。勝つしかない。
「貴方は、かつてこの国の聖女であったマリーエル様のお子。二十五年前に失踪されたマリーエル様が、その後に貴方を産んだとすれば辻褄があうわ。
陛下が聖女を捜し出さなかった理由は、その原因がご自身だったから。マリーエル様と愛し合ったのは他でもない陛下だった。そしてその行為が、聖女の力を失うとご承知だった」
「………………………そうだ。あの男は、知っていた。
知っていて、母を身籠らせた。聖女ではいられなくした!!」
「結果、国に綻びができた。聖女を失ったから。
その代わりに迎えられたのが、闇の眷属。毒をもって毒を制そうとした。皮肉にも、これが上手くいってしまった」
「ならば、お前は知っているんだな? あの男と、お前の父がしたことを?」
「ええ、知っている。陛下と……………父達はビシュタニア王家を、滅ぼした。
ビシュタニアの血を手に入れる為、今のエゼラムの中枢にいる人間に協力するふりをして、クーデターをそそのかした」
シルヴィアの声は震えた。あまりな、事実に。
「傲慢だ。何もかも。
王だから許されるのか? 国の為? だったら、何故抱いた! 何故、放逐した!? いっそ母を殺せば良かった! 俺など、存在しないようにすれば!!」
ギルフォードの握り締めた手からは血がこぼれていた。彼の憤りはどれほど深いのだろう。
きっと想像するより遥かに過酷で憎しみに満ちた日々を送ってきたはずだ。
けれど、これでは駄目だ。シルヴィアは全力で腕を持ち上げた。
「甘ったれないで!」
しかしギルフォードの頬をひっぱたいたはずの手は、ぺしりと当たっただけで。情けないけれど、シルヴィアの今の力ではそれが精一杯だった。
だからありったけの言葉を彼にぶつける。
「貴方は、今ここにいる。
過ちは正せないし、償うこともできない。でも今、貴方はここで生きてる!
苦しんでいる人がいて、それを助けようと、戦っている人もいる。ねえ、貴方は何がしたいの?
貴方の本当の願いはもう叶わない。でも貴方が望むことは、本当に復讐なの?」
衝撃などなかったはずだが、ギルフォードは目を見開いたまま動きを止めた。
「素直になりなさいよ、ギルフォード!
本当は、救いたいって、この国を信じたいって、そう思ってるんでしょう!?
だってこの国は、この国の王は、貴方のお母様が愛した―――――貴方の故郷だもの」
ギルフォードは信じられないものを見るような顔をしていた。ぽかん、と鳩が豆鉄砲でもくらったかのような。
と、不意に彼は笑い出した。
「は、はは、はははははっ。故郷……………故郷? そんなもの、求めちゃいない。いない、はずだ。
くそッ、何だ? お前は。どうして、そんな目で俺を見る?
初めから、初めから、何もかもを見透かすような目で!
俺は、俺は、俺はッ!! 聖女など許したくない!! この国も、滅んでしまえばいいッ!!
全部、全部、全部! なくなってしまえ!!」
だがそう言うギルフォードの頬は濡れていた。彼は泣いていたのだ。
シルヴィアはその頬に、もう一度触れた。
「そうやって、呪って、最後に死ねたら良いって?
自分の願いが叶わなかったから? それとも自分の存在に絶望しているの? 未来を選ぶ強さがないの?」
そしてシルヴィアは、今度は思い切りつねってやった。
「ふ、ざ、け、ん、なッ!
生きてるの! 貴方は、ここで!!
誰が許さなくても、私が許すわ。貴方の存在を、私は許す。だって、私も罪を犯した者の娘ですもの。
未来が選べないというのなら黙って従いなさい!! 私が選ぶから!
貴方は生きるのよ! 私達と一緒に!! わ、か、るっ!?」
ぎゅうぎゅうと、ありったけの力を込めて、シルヴィアはギルフォードの頬を引っ張った。
叩くのが無理なら指の力だ!! というより、怒りを指に込めるのでむしろひっぱたくより力が出せるかもしれなかった。
「―――――――――ッと、まっ………………お、い、おま」
ギルフォードが何か呻いている。が、シルヴィアに力を緩める気は一切ない。
それが判ったのだろう、彼はがしっとシルヴィアの両手をつかむと、自分の頬から無理矢理引き剥がした。
「ッ、やめん、か!!」
無理矢理ひっぺがしたらそれはそれで痛そうね、なんて、引っ掻き傷までのこっているギルフォードの頬に、シルヴィアがそんなことを思っていると、彼はそれは深い深い溜め息を吐いた。
「本当に、お前はいつも予想外のことばかりしてくれる」
まるで愚痴のようなギルフォードのそれに。
「当たり前じゃない。私を誰だと思っているの」
シルヴィアはふんっと鼻を鳴らして言ってやった。
「誰って……………………」
そこでギルフォードは、血に濡れた自分の手が、華奢な手をつかんでいるのを見た。
あんなに、固く握り締めていたはずなのに。いつの間にか、彼女はそれを解いてしまっていて。
ああ、これはもう無理だ、と、ギルフォードは諦めた。と同時に、笑った。
「元公爵令嬢で、現大陸一の魔女。くわえて、俺の最強パートナー、だ」
「貴方のになった覚えはありません!」
「でも『お前をモノにする大会』で優勝した」
「貴方、権利を破棄したじゃないの!」
「…………………………まあ、いい。で、この後どうするんだ」
「はあっ!?」
「お前が言ったんだろう、従えと。そうしてやると言っている」
「はいっ!? 今ので? え、マゾなの? 何なの!?」
「おい、お前はいったいどうしたいんだ」
「それはこっちのセリフですけど!?」
「だから、お前に従うと言っているだろう。相変わらず、飲み込みが悪いな」
「それは主に、貴方が急に変なことするからでしょうが!
というより貴方に付き合っていられるのなんて私くらいでしょ! 気付きなさいよ、この一人大好き男!!」
「別に一人が好きなわけじゃない。気付いたらいつも一人なだけで。不自由はしていないしな」
「だーかーらッ、そういうところが駄目なんだって言ってるの! 分かってないでしょう!?」
「話がズレてるぞ。けっきょく、お前は俺をどうしたいんだ」
思いの外、真剣なギルフォードの声にシルヴィアも思わず本音が出る。
「どうしたいって……………………それは協力してもらいたいんだけど」
「そうか。分かった。なら、行くぞ」
「え? だからッ!! どこでどう、そういう結論になったのよッ!?」
あまりに急なギルフォードの変化についていけるはずもなく、シルヴィアはいつもの事ながら頭を痛めることになったのだった。
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