第28話 暗殺されかけるとか、ヒロインも楽じゃない
通常の学園生活に戻り、今後気をつけなくてはならないイベントといえば。ずばり、暗殺です!
物騒この上ない。さすが『キミ殺』!
「ええとー、でも今の場合、誰が犯行を実行するの?」
ハルカが首を傾げるのも無理はない。何を隠そう、ゲームシナリオでヒロインを暗殺しようとするのは、悪役令嬢。つまりシルヴィアだからだ。
「……………………心当たりが、一人いるわ」
シルヴィアが腕を組みながら言った。
「えっ? 私を暗殺しそうな人!?」
「そう。でもって、私を犯人に仕立てあげそうな人物」
これまでの情報からかんがみて、シナリオ通りに事が進むとするなら、犯行を実行しそうな人物が一人いるのだ。
「あ!? まさか!」
その人物に気付き、ハルカも声を上げる。それにシルヴィアはこくりと頷いた。
「まだ確定じゃないわ。でも可能性は高い。
そして―――――――彼女の心が闇に呑まれている可能性も」
ハルカは顔を歪めた。
「未然に防ぐってわけにはいかない?」
「おそらく、無理よ。私の時と同様に、敵は暗殺の直前に接触するはずよ」
「ってことは、暗殺されかけるフリして闇魔法を解くのが、一番手っ取り早いってことだね?」
「そうなるわ。…………………ハルカ」
「やるよ。その為に光魔法を強化してるんだもん。
それに、シルヴィアやルースが絶対守ってくれるって、信じてる」
真っ直ぐ自分を見つめる、ハルカのその瞳をシルヴィアは何度見てきただろう。
「ええ。私もハルカを信じてる。私達は、誰も死なせない」
二人は強く頷きあう。
自分達はイベント通りにシナリオを進め、そして全員が助かる未来を選ぶのだ。
その話し合いの後は、慎重にしかし迅速に、二人はイベントへの準備を進めていった。いつイベントが起きてもいいように。
だから、その時がきてもハルカはそれほど驚かなかった。
「――――――――ッ、」
階段から落下したハルカの身体は、しかし力強い腕に抱き止められた。
「大丈夫かっ!? ハルカ!」
慌てて走り寄ってくるエドワードにハルカは「大丈夫です」と頷いて、それから自分を支えるルシウスを見上げた。
「でも、ちょっと足を捻っちゃったみたい」
「医務室へ行きましょう。俺がこのまま連れていきます」
ルシウスのそれにエドワードはあからさまに羨ましそうな顔だ。
「そこは、私の役目だろう」
「いいえ、俺が。駄目ですか、ハルカ様?」
「駄目だなんて、そんなことないです! お願いします、ルシウス様」
ハルカ自身の言葉に、さすがエドワードも語気が弱まる。
「だ、だが」
「殿下、ここは俺に任せてください」
「エドワード様、お気遣いありがとうございます。ですが、もうこのままルシウス様に連れていってもらいますので。では!」
まだ何か言いたそうなエドワードを無視して、ルシウスはさっさとその場から離れた。
そして死角に入るなり、ルシウスはハルカを下ろした。
「彼女は確保しました。急ぎましょう」
「だね。あまり長くいさせたい場所じゃないもん」
足など捻っていないハルカはルシウスと共に走りだす。
行く先は研究塔の、できれば二度と行きたくないと思っていた場所。エリーナが監禁されていた、あの牢屋だった。
牢の前にいたのはシルヴィアとベイゼル。つまりエリーナの時と同様のメンバーがそろったわけだ。
ハルカは牢屋のなかにいる女子学生を確認して尋ねた。
「どう? 彼女は」
「今は意識を失っているわ。でも、じき目覚める」
シルヴィアの言う通り意識がもどったのだろう、彼女が身動ぎする。
「う、うぅ」
その様子にシルヴィアが声をかけた。
「手荒なことをしてごめんなさいね、アルメリア」
牢に横たわっていた彼女は、かつてハルカに嫌がらせを繰り返しシルヴィアに罪を擦り付けていた、あの侯爵令嬢アルメリアだったのだ。
彼女はハッと顔を上げ、そして自分が牢屋のなかにいると気付く。
「こ、これは!? どういうことです、シルヴィア様!!」
「貴女を人目につかない場所につれてくる必要があったの。
それに貴女自身、分かっているはずよ。どうして自分が拘束されたのか」
「それは………………で、ですが! あれは貴女の指示だと!!」
「そう聞かされたのでしょうね。でも私は以前、貴女に『そのようなこと、望んでいない』とはっきり言ったわよね?
どうして貴女は、私が『ハルカを階段から突き落とせ』なんていう指示を出すと思ったのかしら」
「どうしてって、それは貴女が!」
「私は今まで貴女に直接口はきいていない。となれば、貴女にそう吹き込んだ人物がいる。
それとも幻覚でも見せられた? いいえ、違うわね。貴女は私からの指示だと思い込もうとしている。違うかしら?」
「そ、んな、こと」
「アルメリア、貴女は利用されている。それは貴女も分かっているはず。でもそれは、貴女が考えているよりずっと危険なことなのよ」
「………………………」
「一つ、はっきりさせておくけれど、私は『聖女』を害する気はありません。
そして―――――――アルメリア、貴女を脅かす気も」
じっと彼女の瞳を見つめると、あの仄暗い光が宿った。
「脅かす気はない? やっぱり貴女は何も分かってないんですね。
貴女が貴女である限り、完璧な公爵令嬢の貴女がいる限り、私に平穏など訪れないというのに!!」
彼女の叫びにシルヴィアは悟った。やはりそうか、と。
冷静にしかし痛みを伴うそれを、シルヴィアは受け入れた。
彼女の闇の種は、シルヴィアが蒔いたものなのだ。
後悔の念はある。が、今はそれにとらわれては駄目だ。
「アルメリア嬢、貴女にとって私は害悪だと?」
「そうよ!? 貴女はいつだって涼しい顔で他人を踏みにじって、さも自分は完璧だと振る舞う!
ええ、完璧でしょう! だって公爵令嬢ですものね!? 自分が一番でなければならない方ですものね!!」
「貴様!」
「止めなさい!!」
叫んだルシウスをシルヴィアが一喝で黙らせる。
そしてシルヴィアは息を吐くと、覚悟を決めて牢屋の鍵を開けてそのなかに入った。
彼女と同じ、牢屋のなかに。
アルメリアはもう正気ではない。拳を振り上げ、シルヴィアに殴りかかってくる。
「姉上!」
「シルヴィア、危ない!!」
援護しようとするハルカとルシウスをシルヴィアは睨んだ。
「手を出さないで。これは――――――彼女と私の問題よ」
二人は心配そうな顔をしながらも、下がってくれた。ベイゼルは初めから沈黙を守り、気配を消したままだ。
シルヴィアはアルメリアに向き直る。そして、殴りかかろうとするアルメリアの両腕をつかみ、ぐいと引き寄せた。
「貴女は、私を恨んでいるのね」
もがく彼女は、なりふりかまわず頭突きしてきた。額にガツンと衝撃がきて、思わず目がくらんだがそれにシルヴィアは耐える。
シルヴィアはアルメリアの手を離さなかった。
「貴女はいつだって私を見下していた! いつだって!!
何もかも中途半端な私を! 容姿も、才能も、全てが平凡な私を!!」
シルヴィアは叫ぶ彼女を見つめ続けた。
「貴女には分からないでしょう!? 有力な人材に擦り寄るしかない、おこぼれを与るしかない惨めさなんか!!
それでも私はそうするしかないの! 仕方がないじゃない!! だって私には何もないんだから!!」
ああ、彼女の言う通りだ、とシルヴィアは思った。
かつての自分は、他人がどんな想いを抱えているかなど考えたこともなく、ただ完璧であることだけを考えていた。彼女が言う通り『涼しい顔で踏みにじって』きた。
だからこれは、その結果なのだ。
責任をとるべきは自分だ、と、シルヴィアは思った。
シルヴィアはぐっと腕に力を入れると、アルメリアを抱きかかえた。彼女は猛抵抗したが、シルヴィアは離しはしなかった。
「ごめんなさい、アルメリア。貴女が正しい」
「何を今更! 私は、私がどんな思いで!!」
「でも、このやり方は駄目よ、アルメリア。自滅にむかってしまう。貴女の努力が水泡に帰してしまう。そんなことは、あってはならないの」
「努力? 努力ですって!? 私が何をしたって?
媚を売って、人を貶めて、惨めな思いばかりして、このどこが努力だっていうの!?」
「貴女がどうしてそこまでするか、私には分かるわ。
それは――――――貴女が侯爵令嬢だからよね?」
「なッ!」
「惨めな思いをしても、どうしても貴方が守りたかったもの。
それは『侯爵家』という、貴女の大事な家族。そうでしょう?」
「貴女に何が解るの!? 貴女は公爵家じゃない! 私とは違うじゃない!!」
アルメリアがシルヴィアの腕のなかで暴れた。
「ハルカ、お願い! 彼女の闇を祓って!!」
「うん!」
牢屋の外から眩しい光が注がれる。
アルメリアに。そして、シルヴィアに。
「アルメリア、貴女が正しいわ。私が間違っていたの。
私は貴女をもっと正しく見るべきだった。貴女の本当の姿を。上辺を取り繕っていた、真の理由を。
きちんと向き合うべきだったのよ」
彼女をとるに足らない小物、と考えていた自分。それが伝わらないと、どうして思えていたのか。
矮小だったのはシルヴィアの方だ。
「…………………今更、ですわ」
いつの間にかシルヴィアの腕のなかの少女は抵抗しなくなっていた。
「そうかしら? 今からでも遅くないと思うんだけれど」
「貴女はそうでしょう。でも、私は」
「そこまで私のことが嫌い?」
「嫌い、ではないんです。………………嫌いになれたらよかったのに」
シルヴィアはくすりと笑った。
「では、まだまだ巻き返せる余地はあるということね」
「私に? それとも、貴女に?」
そこでシルヴィアは「ああ、もしかして今後の待遇を心配しているの?」とアルメリアに聞いた。
「もちろんです。その為に私をここに連れてきたんでしょう?
………………………人を殺そうとしたんですもの。何のお咎めもないとは思っていません」
瞳がすっかり正常にもどった―しかも覚悟がすわったようですらある―アルメリアは顔を強張らせる。
それにシルヴィアはあっさりと言った。
「何のお咎めもないわ。だって怪我人はいないし、何を咎めろと?」
「なッ!? で、でも、ハルカ様を階段から突き落とした事実は変わりないのですよ?
まさか、もみ消すおつもりですの? 私を庇って?」
「もみ消しはしない。というより、それは無理よ。
ただ、まぁ、貴女に咎がいかないようにするつもりなの」
「………………………というと?」
「簡単なことよ。貴女がさっき言っていた通り、今回の事件は『公爵令嬢シルヴィア・クリステラが画策したもの』とすれば良い」
「何ですってっ!?」
息を飲んだアルメリアに、シルヴィアは不敵な笑みを浮かべる。
「別にそれは貴女を庇ってのことじゃないわ。
貴女に接触し、こうなるよう仕向けた人物。それが真の私達の敵。だから貴女をこちらに引き入れ、相手の裏をかきたいの。
したがって、これは取引なのよ、アルメリア。貴女は利用されるフリをしてくれればいい。
悪くない取引だと思うけれど、どうかしら?」
「成程、よく分かりましたわ。こんな場所に連れてこられた理由も。
……………………いいですわ、その取引をのみましょう」
頷いたアルメリアに、シルヴィアは持ってきていたクリスタルの欠片を手渡した。
「これは闇魔法を祓うもの。貴女は闇魔法に犯されていた。
これを持っていれば同じようにはならないはずよ」
そのクリスタルをじっと見つめ、それからアルメリアが聞いた。
「私が貴女を裏切ると、お思いにならないの?」
「そうね――――――正直、それはあり得ることだとは思うわ。けれど」
シルヴィアはアルメリアを見て笑った。
「私は貴女の今までの損得勘定の確かさを信用するわ。
正気を取り戻した貴女が、侯爵家の利益にならないことをするはずがない、ってね」
アルメリアもふっと笑う。
「とんでもないところで信用を勝ち取ってしまいましたわね」
「概ね、私も同じ思考回路ですもの。令嬢の鏡と思いましょう?」
「ですわね」
まさに昨日の敵は今日の友。
こうして悪役令嬢とヒロインはまた一つ、イベントをクリアしたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます