第27話 そりゃあゲームに描かれない裏舞台だってあります

 のびのび休むことのできた冬休みもついに終わりだ。

「これからの方針はだいたい定まったわね。敵の手のうちも見えはじめたことだし。そちらはどうだった?」

 ベイゼルから渡された報告書に目をやりながら、シルヴィアは傍らの弟に尋ねる。

「捕縛された魔道師は、やはり冒険者ギルドに所属していました。他に何名か、ギルドに闇魔法を扱う魔道師がまぎれていたようでしたが、聖誕祭後に行方が分からなくなっています」

「鑑定した結果、捕縛した魔道師の魔力はあの召喚魔法と同じ。おそらく行方をくらませた魔道師達もでしょうね」

「………………にわかには信じられませんが、これはもう、組織化されているとみて間違いないでしょう」

「捕らえていた魔道師は自害したわ。―――――――ダナイ・ビシュタニア、と言って」

「ビシュタニア革命軍、ですか」

「軍、なんて大層な組織ではないでしょう。けれど、聖誕祭の事件を起こし得るだけの力と規模がある」

「組織の狙いは、やはりビシュタニアの復活でしょうか」

「………………まだ、断定はできないわ。でも仮にそうならば」

 シルヴィアの瞳に苦悩が浮かんだ。考えたくもない疑いが頭をもたげる。

「仮にそうならば、関与が考えられるのは、二人。ですよね?」

「そうよ。―――――――エドワード殿下とエリカシア王妃の、お二方」

 シルヴィアは思わず手で目元を覆った。あまりの仮説に、そうせずにはいられなかった。

 何故、その二人の関与が疑われるのか。それはエドワード皇子に闇が祓えない理由でもあった。

 ニ十年前、リフィテイン王家に迎え入れられた后の名は、エリカシア・ビシュタニア。かつて闇魔法で栄え、しかしそれ故に、クーデターによって倒されたビシュタニア王家の生き残り。

 ビシュタニアという国が消え、台頭したのはクーデターを成した人々によるエゼラム共和国。かの国とリフィテインは密約を交わしていた。

 それはエゼラムを国と認めるかわりに、ビシュタニア王家の血統を絶えさせてはならない、というもの。

 魔法はその血により受け継がれる。安易に滅ぼしてはならぬ、と。

 結果、ビシュタニア王家の生き残りである彼女が、リフィテインにやってきた。本来ならば匿う形をとるべきところを、后という身分まで与えて。

 そして生まれたのが、リフィテインの血とビシュタニアの血が混ざったエドワード皇子、というわけだ。

 彼に邪気は祓えない。闇の血が、それをさせない。そして、その血こそ、欲している者がいる。

「皮肉なものですね。革命で滅びた王家を革命で取り戻そうとは」

「火種はどこにでもあるものよ。でもこの火種は間違いなく、この国が蒔いたもの」

「密約が問題だったと?」

「違うのよ。………………失策ではあったと思うけれど。

 リフィテインはビシュタニアを利用するべきではなかった。でも、それを論じたところで今更なのよ」

 密約にはもっと裏の事情が隠されている。だが、シルヴィアはできるならば弟にはそれを知らせたくなかった。

 この国が、いや陛下や父達が、かつて何をしたかなど。

「姉上? 貴女はどこまでを知っているんです?」

「………………おそらく、過去に王家で起きたほとんどのことを。けれど、私にも知らない情報はある」

 ゲームに描かれていなかった裏舞台。それが明らかになるにつれて、どんどんとシルヴィアの疑惑は深くなる。

 だが、シナリオに捕らわれ過ぎては駄目だ。冷静に状況を分析して、導きださねば。

 真の敵は、まだ闇の中。しかし、それを照らし出す光はある。

 表舞台のヒロインは、きっと暗幕の裏までを透かす。

 だからこそ、シルヴィアは目を凝らさなくては。シナリオから外れた存在であるシルヴィアでなければ、未来を変える鍵は探せない。

 シルヴィアは信じた。きっと未来は選べる、と。

 ふっ、と息を吐いて、シルヴィアは顔を上げた。

「ところでルース。貴方、ハルカが聖誕祭で怪我をしかけたことを報告しなかったわね?」

 急な話題変換にルシウスは息をつまらせた。

「しかも聞くところによると、それを助けたことにカコつけて呼び捨てし始めて、恩着せがましく愛称で呼んでほしいと頼んだらしいじゃない?どういうことかしら」

 姉のじっとりした視線にルシウスは目を泳がせる。

「怪我の件については、報告するほどのことでもないと思いまして。それにあの時はとっさで。

 ………………呼び捨ても愛称呼びも、ハルカ、様が良いと言ってくださったものですから」

「で? ハルカのこと、好きなの? まさか、この期に及んで友達として好きとか言わないわよね?」

 直球な姉の質問にルシウスは「ガハゴホッ」とむせた。

「ッは、な、何をッ、おっしゃるんですかッ!?」

 苦しそうな弟をシルヴィアはじぃぃいぃぃぃっと、見つめる。

「はっきり言いなさい! そんなウジウジした態度の男に、ハルカは任せられないわ」

 そっちですか!? とルシウスは驚愕したが、シルヴィアはしれっと言った。

「当たり前です。貴方は弟だけれど、ハルカは親友よ? どちらを気遣うべきかなんて、考えるまでもないでしょう。

 それでなくても、ハルカはこの世界で微妙な立場だというのに。分かっているの?」

 厳しい姉の言葉にルシウスはうつむく。

「………………分かっていますよ。分かっていますから、そんな正論、並べ立てないでくださいよ」

 うなだれてしまった弟に、しかしシルヴィアは厳しい顔を崩さない。

「あのね、ルース、このことは本当に重要なことなのよ。私は貴方達二人とも、幸せになってもらいたいの。辛い思いなんかさせたくない。

 その為なら憎まれ役になったってかまわない」

「分かってるって! …………言って、いるでしょう」

 ルシウスが顔を上げた。何だか泣きそうな顔をしていた。

「分かっています。俺のしていることが、俺のこの想いが、ハルカを苦しめるなんてことは。それでも、止められないんです」

「………………報われないと知っているわよね? それでも?」

「はい。俺は、ハルカが好きです」

「ハルカを苦しめるとしても?」

「俺も、一緒に苦しみます。それでは許されませんか」

「私が許さなかったら、諦めるの?」

「許される、努力をしたい。諦められないと、思い知ったから」

 二人の間に沈黙が降りた。

「―――――――――ギリギリ、合格にしてあげる」

「姉上!」

「でもハルカの気持ちを大事にしなければ駄目よ?

 辛いだろうけれど、やり遂げなさい。…………………見ていてあげるから」

 微笑んだ姉にルシウスが頷く。だからあえてシルヴィアは意地悪く言った。

「まあ、ハルカが貴方によろめくと決まっているわけでもないものね。

 あのハルカのことだから、キッパリばっさり盛大にフラれるかもしれないし」

「俺はそれでも良いかとも」

「あ、そういうところが駄目なのよ? 自分の気持ちが抑えきれなくて、相手がフッてくれればなー、とか甘えるんじゃないわよ?

 正々堂々、正面から好きと言いなさい。

 私は貴方を意気地なしになんてする気はないですからね? フラれてすごすご引き返してきたら、叱りますからね?」

「え、えーと? 姉上は、俺とハルカがそういう関係になるのに反対なのでは?」

「は? 今、私が言っているのは恋の話よ? 貴方がヘタレ過ぎるってことなのよ? 分かってる?

 助けた際にお願いとか、そんなチャチな手を使ってるんじゃないわよ!」

「あ、姉上、ですから、ね?」

 しどろもどろの弟へのシルヴィアの追撃は、当分やむことはなかった。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る