第23話 ゲームのイベントっていってもね、人が死ぬのは駄目でしょう!?

 ゲームのシナリオだったら、もうとっくにイベントは終了している。皇子のシナリオは王様を救って終わりだ。

 というより、ゲームのヒロインは、そもそも馬になんて乗れない。だが、前世の知識を得ているハルカは、この未来に備えていた。

 駄目でしょ! 人がいっぱい死ぬなんて!!

 巨大な魔獣の姿を思い出し、ハルカは身震いしながらも馬を操って駆けた。

 これはもうシナリオなんかじゃない。そうと分かった上で、ハルカはあの現場へと行く。

 ハルカ行かなければ人が死ぬ。いや、今だって死んでいるかもしれないのだから。

 ダメ! そんなのは、絶対に駄目!! そう思いながら、ハルカは手綱をギュッと握った。

 この国は、そしてこの王都は、大切な親友の故郷。彼女はきっと、あの魔獣にも一歩たりとも引かない。

 それが分かるからハルカは恐怖を振り払い、馬を駆けさせる。

 今度こそ、彼女と共に戦ってみせる。その一心で。





 時は少し前に遡る。

 エドワードがハルカを連れて一行を抜け出した頃。残された三人はというと、エドワードの行動など全部お見通しだったりした。

「あーあ、連れていかれちゃいましたね。殿下ご自身が抜け駆けなしだと仰っていましたのに」

「そんだけエドも必死ってことだろ」

「おや? 貴方はそれでいいんですか? リヒャルト君」

「まぁなー。俺はあいつに仕える身だからな。それ考えると、しんどいっちゃしんどいんだけど」

「………………殿下もリヒャルト様も婚約者がおられるでしょう。少しは発言を控えたほうがいいですよ」

「お? ルース、言うじゃねぇの。ま、お前は姉上大好きだもんな!

 けどなー、実際のとこ、デキる女の傍にいるって厳しいもんだぜ? 男なんか用なしだもんよ」

「実感がこもってますねぇ」

「そういうものですか」

「ま、お前もいつか分かるって!」

 これを聞いたら怒り狂うだろうな、と話題に上っている女性達を思い浮かべ、ルシウスは、分かりたくないというか分かる時が怖いな、という心境だったが。彼はいつも通りのポーカーフェイスを貫いた。

「でも、どうしましょうねぇ? 後をつけるのはさすがに野暮ですが、かといって二人きりにさせて危険があったらマズいですしねぇ」

「あー、そこらへんは大丈夫だろ。たぶん行き先は城だし」

「ほう。何故、分かるんです?」

「消えてった方向からしてそうかな、と。あとエドは実際すごい臆病だから、知らない場所に一人では行かないし、城が一番落ち着いてハルカと話せるからな。

 昔話でもするんじゃねーかな、感傷的に。俺もたまに付き合わされるんだけど、あれが長いんだよなー」

「………………………何げにリヒャルト君って、殿下をたまに雑に扱っていませんか?」

「ん? そうでもない、と思うぞ? あの面倒くささも含めてアイツは、俺の友であり仕えるべき主だからな」

「さすがです、リヒャルト様」

 リヒャルトはどうあっても王を守る騎士。受け入れ具合がハンパない。

「ですが、そうなると私達はどうしましょうね。城に戻りますか?」

「そんなにすぐに追っかけなくていいんじゃねぇか? しばらく二人きりにさせないと後で文句言われるし」

「では我々は普通に祭り見物でもしますか」

 軽く言うベイゼルだが、これは打ち合わせ通りの台詞だ。ルシウスは頷いた。

「城から離れすぎない程度なら、付き合います」

「ははっ、ルースらしいな! じゃあ、ちょっくら遊んでくるか!」

 こうして三人は賑やかな広場の方へと歩き出した。が、いくばくも行かないうちにリヒャルトが足を止めた。

「何か、臭くねーか?」

「臭い? ………………殺気は感じられませんが」

 敵が潜んでいるのかと周囲を警戒するベイゼルにリヒャルトが首を振る。

「単純に、匂いの話だ。なんつーか、焦げ臭いような気がする」

 ベイゼルとルシウスは顔を見合わせた。臭いを察知できているのはリヒャルトだけだ。

「俺には分かりませんが、どこから匂ってきていますか? 火事があったのかも」

「あー、広場の方だな。屋台でボヤでも起きたか? 何にせよ、急ごうぜ。もしそうなら、人手がいるだろ」

「ですねぇ」

 走りだした三人だったが、今度は響き渡る地響きに足を止めた。

「何だァ? 今のは」

「目で確認したほうが早いでしょう」

 言うなりベイゼルは近くの建物の壁を駆け上がった。リヒャルト、ルシウスもそれに続き魔法を発動させて、同じように建物の屋根へと上がる。

 そこで三人が目にしたものは。

「なッ!?」

「これは、また」

「………………魔獣!」

 首をもたげているのは、まさに龍。それが今、凄まじい咆哮を上げる!

「って、ヤバイぞ、あれ!」

 鐘楼すら眼前にとらえる巨駆は、動く度に建物を破壊し、文字通り蟻の子を散らすように人々を蹴散らし始めたのだ!!

 リヒャルトが即座に叫んだ。

「ベイゼル、あんたはここでアイツの足止めに専念! ルース、お前はついて来い!」

「分かりました。あと、リヒャルト君、あの魔獣は炎系のブレスを使いそうです。用心してください」

「おう! じゃ、いくぞ、ルース!!」

「はい!」

 三人は全力でそれぞれのやるべきこと―つまりリヒャルトとルシウスは走り、ベイゼルは大型魔法を形成すること―にとりかかった。

 屋根づたいを走りながら、リヒャルトがルシウスに確認する。

「分かってると思うけど、足下に攻撃は」

「するわけないでしょう。せっかくの足止めを解くような馬鹿なこと。狙うのは頭ですか?」

「いや、頭は硬そうだ。首か、できれば目を潰してくれ」

「了解」

「あと、むやみに近づくなよ。お前の仕事は援護だからな」

「…………………いざとなったら、前に出ます」

「ほんと、言うようになったよな! でもまー、そんなことはさせねぇよ!」

「いざとなったら、です!」

 そこでリヒャルトとルシウスは二手に分かれた。

 ルシウスは敵を狙える足場のしっかりとした高い建物へ、リヒャルトは標的本体へとむかう。

 そしてリヒャルトが龍の鼻先へとたどり着く、そのタイミングを狙ったかのように、龍の足下に巨大な魔方陣が浮かんだ!!

「ぃよぉっし!」

 何本もの岩柱が魔方陣から出現し龍の足を貫きながらビキビキと埋もれさせていく。

 龍は苛立たしげに足下を破壊しようと口を大きく開けたが――――――。

「させるかっ、よぉおぉぉぉっ!」

 剣を抜き放ったリヒャルトが大きく跳躍し、龍の首筋へと強烈な一太刀を放つ!!

 ギィィイィィィィッ! と、龍は一鳴きして大きく首を振ると、リヒャルトの剣を弾いた。

「くっそ、やっぱ硬ぇ!」

 切り裂くことがかなわなかった首にリヒャルトは舌打ちをする。だが即座に龍の後ろへと回り込んだ。

 それを龍はぐるりと首を捻って追う。その様子を見ながら、ルシウスは魔法で作り上げた弓を引き絞り、ただ待っていた。

 龍はリヒャルトに炎のブレスを浴びせようと口を開く。その、狙いを定める為に動きを止めた一瞬を、ルシウスは逃さない。

 放たれた矢は過たず、竜の片目を射抜く!

「さすがルース! こんだけしてもらっといて、俺が何もしねぇわけには、いかねぇわなぁっ!!」

 リヒャルトは潰れた目の側から攻撃をしかけていく。

 足下の岩を足掛かりに竜の肩まで駆け上がり、何度も首に斬り付ける。が、致命傷が与えられない。

「だーーーーーーっ、ほんと、硬ぇよ!」

 しかも龍は死物狂いで炎のブレスを乱発してきた。

「街に当たっちまう! ってーの!!」

 言いつつ、リヒャルトは魔法を発動させながら跳躍。そのまま空を翔ると、街に当たりそうなブレスを剣で直角に打ち上げた。しかし竜はそんなリヒャルトを叩き落とそうと尾をしならせる!

「くそっ!」

 剣で尾を止め勢いを殺すも、リヒャルトはそのまま瓦礫に突っ込んだ。そこに竜は追い討ちに炎を吐きかける。

 だが、それを防ぐ者がいた。

「ずいぶん情けない姿を見せてくれるな、我が婚約者は!」

 爆風に煽られて揺れるのは、赤い髪。

「なッ、フェル!? おま、何でここにっ!?」

「むろん仕事にきまっている。ぼやぼやするな! 次がくるぞ!!」

 颯爽と現れた婚約者に目を剥きつつ、リヒャルトはフェリエルと一緒に竜の死角へと回り込んだ。

 同時にルシウスの矢が連続で龍の首に打ち込まれる。もちろんそれは致命傷にはならないが、龍の気がそれた。その隙をついて二人は瓦礫へと身を潜める。

「…………………一応、礼を言っとく。ありがとな」

「そういうのは戦いが終わってから言うものだぞ」

「言えなくなったら後味悪いじゃねぇか」

「縁起でもないことを言うな!!」

 思わず怒鳴ったフェリエルにリヒャルトは「ははっ、久々にその怒鳴り声聞いたわー」と場違いな笑みを見せた。

「でもなー、フェルじゃなきゃこんなこと言えねーし」

「………………………相変わらず調子の良いヤツだ。で、策は?」

 あっさりそう尋ねてきたフェリエルにリヒャルトはちょっと驚いて、それから苦笑いする。

「全部お見通しってか」

「お前のことだからな。さて、私は何をしたらいい?」

 これだから強い女にとって男なんて用ナシなんだ。いつだって彼女を必要としているのは、自分の方で。まったくやりきれない、とリヒャルトは内心でため息を吐く。

 が、それは表情に出さずに彼は簡潔に告げた。

「盾になってくれ」

 女に言う台詞じゃないのはリヒャルトも重々承知している。それでも彼女なら。

「了解だ」

 笑って頷くことをリヒャルトは知っていた。

 そしてだからこそ、リヒャルトの胸のうちのため息は止まらないわけだが、フェリエルはそれに気付かないし、またリヒャルトもフェリエルの至福に満ちた胸のうちに気付けない。

 つまり似た者同士のすれ違いなのだが、不幸にもそれを突っ込んでくれる人はここにいなかった。

「じゃ、合図したら行くぞ」

「ああ!」

 龍がリヒャルト達をあぶりだそうと炎を吐きかける。それが途絶えた瞬間、二人は飛び出し、二手に分かれた。

 フェリエルは竜から見える側、リヒャルトは見えない死角へと。

 龍は即座に見えない方のリヒャルトを攻撃し、同時にフェリエルを尾で追い払う!

 その尾をかわし、フェリエルは後方へと回り込んだ。そこで作戦に気付いたルシウスがリヒャルト側からの攻撃を加える。つまり、リヒャルト側へ注意をむけさせるのだ。

 しかし龍はフェリエルの動きを察知していたらしい。ぐるりと首をひねって、彼女の先回りをすると、大口を上げる!

 だがフェリエルはニヤリと笑った。

 刹那、龍の口から炎が吐き出される! が、フェリエルはそれを予想していたように炎を切り裂き、己の身体を盾にして叫んだ!!

「リヒト!」

「おう!!」

 フェリエルの背後には、身を縮めてその時を待っていたリヒャルトがいた。

「これで、どぉだぁぁあぁぁぁぁぁっ!!」

 フェリエルを飛び越え、リヒャルトは剣を突き立てる! 刃は龍の大きく開けられたその口を貫いて!!

「うぉぉおぉぉぉぉぉりゃぁぁぁあぁぁぁぁぁッ!!」

 渾身の力で、リヒャルトは口蓋を切り裂いた!!

「リヒト、引け!」

 フェリエルの叫びにリヒャルトはすぐさま後ろに下がった。が、その必要はなかったようだ。

 一泊後、龍は地響きをたてて、その身体を横たえた。

「――――――終わった、のか?」

「……………………いや、まだだッ!!」

「何ッ!?」

 フェリエルの警告にリヒャルトが身構えた瞬間。鋭い音と共に矢が降り注ぎ、それが野犬のような魔獣を貫いた。

「大物は倒したようだが、雑魚はまだいるようだ」

 見れば龍の身体の下に、うぞうぞとうごめく影がある。

「召喚魔法はまだ死んでねぇのか!」

「そういうことだ。行くぞ、リヒト!!」

「分かってるから、命令すんな!!」

 怒鳴りながら二人は召喚されてくる魔獣を片付けていく。

 その魔獣の強さはそうたいしたことではない。だがいかんせん数が多い。

「くそ! うじゃうじゃ湧きやがって!!」

「キリがないな」

 ルシウスからの援護射撃があっても、徐々に打ち漏らしが増えていく。

「何とかできねぇのか!? あの魔法!」

「できるのなら、とっくにやっているだろう」

 背中合わせに戦いつつ、リヒャルトは焦っていた。このままでは自分達が、いや体力を考えればフェリエルが圧倒的に危険だ。

 どうにかしてあの大元を断たねば! だが、どうやって!?

 魔獣を蹴散らしつつ考えるが、魔法に弱いリヒャルトが考えつくわけもなく。

「っだーーーーーーー、魔法陣壊すとか!?」

「阿呆か。物理的に壊せるものなら、もうとっくに壊れているだろうが」

 この惨状でも効力が失われてないんだぞ、考えなくても分かるだろうに、というフェリエルにリヒャルトがムキになって叫ぶ。

「じゃあ、魔法だ! 魔法剣でぶった切る!!」

「お前はいつだって力押しだな。それでは駄目だと伯父上に言われているだろう」

「だったら、どうしろってんだーーーーーーー!」

 自棄交じりだが、的確に敵を排除していくリヒャルトに、フェリエルはふっと微笑んだ。

 彼女には聞こえていた。石畳を駆ける馬の蹄の音が。

「簡単なことだ、リヒト」

「ああん!?」

「我々の仕事は足止め、それ以外にないのだからな!」

「は?」

 満足げに笑う彼女にリヒャルトは間抜けな顔をして、それからやっと気付いた。

 この音は、騎馬隊が駆けてくる音だということに。

「戦場でそんな阿呆面をするな、馬鹿息子!! だがよく耐えた! 二人とも、後で褒めてやる!!」

 響く、その声に。

「るせぇ、クソ親父!!」

 リヒャルトはとっさに怒鳴り返した。と同時に、辺りが光に包まれる。

「すみません! 遅くなりました!!」

 可憐な声が響き、竜の下でうごめいていた影が光に一掃される。

「一匹たりとも逃すな! 全て掃討しろ!!」

 騎士団長の命令と共に近衛騎士団がなだれ込む。

 そこでようやく、死力をふるっていた二人の騎士は剣を下ろした。もう彼らが戦わなくても大丈夫だ。

 なにせ、王都の最強騎士団が聖女を伴って到着したのだから。




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