第22話 ついにきました! イベント祭りです!!

 晴れやかな空。建物の間に張り巡らされた糸には色とりどりの布がくくりつけられていて、それが綺麗にはたはたと揺れている。

 あちらこちらから賑やかな音楽が聞こえ、時には花火が打ち上がる。今日はこの国のお祭りだ。

 それもこの国が成ったとされる聖誕祭。ついに、ついにこの日がやってきた。きてしまった。

 あぁぁあぁぁぁ、どうかヘマやらかしませんように! と、ハルカは祈った。

 誰も彼もが浮かれている街中で、ハルカは一人死ぬほど緊張していた。いや、実際死の手前なのだ。浮かれることなんてできない。

「どうした、ハルカ? そんな妙な顔をして」

 覗き込んできたのは、相変わらずのキラキラぶりを発揮しているエドワードだ。

「えっと、ちょっと人の多さに、びっくりしてしまって」

 言い訳はこれで大丈夫だろう。確かに人は多いのだから。

 だが、それも当たり前。ここは学園のあった街ではなく王都なのだ。

 そして何故、ハルカが王都くんだりまで連れてこられたかといえば、目の前の皇子の我儘が原因に他ならない。

「ああ、本当に活気が良いな。城下がこんなことになっているなんて、私もはじめて知ったぞ。

 そうか、これが祭りか。そして、これがリフィテインの民達か」

 王族として式典に参加しなくてはいけない身でありながら、城下をお忍びで見たい、なんていう皇子の願いをきいた結果が現在。

 もちろん、リヒャルト、ルシウス、ベイゼルも一緒。逆ハールートのシナリオ通りだ。

 でも事が進めば、誰かを選択しなくてはいけない。まあ、そこは打ち合わせ済み。セオリーに皇子のシナリオで進むことが決まっている。。

 頭のなかで確認しているハルカのさきで、そのエドワードが無邪気に露店に興味を示していた。

「あれは何だろう? ハルカ、行ってみよう!」

「あっ! 待ってください、エドワー、」

 しかしハルカの言葉は途中で、その名を呼ぼうとした人に止められてしまった。………………手で口を塞がれて。

 うん、イベント! イベントなんだから、我慢!! と、ハルカは拳を握りしめて耐える。

「今日はその名で呼ぶな。そうだな、エディ、というのはどうだ? もちろん、様なんてつけたら駄目だぞ?」

 お忍びだから! 仕方なく、ってことですからねぇっ!?

 伝わらないと分かっていても、胸のなかではそう叫んで、ハルカは微笑む。

「はい…………………エディ」

 するとエドワードの顔がぱぁあぁぁ! と明るくなった。

 絶対、誤解してる! けど解くわけにもいかない!!!!

 内心ぐったり、なハルカの手をとり、エドワードは素晴らしくにこやかだ。

「よし! では祭りを楽しもう!!」

 それどころじゃぁないわ、ボケェッ!! というハルカの心境はともかくとして、皇子一行はあちこちの屋台を見てまわり、買い食いをしたりと楽しんだ。

 下町慣れしていない皇子だったが、ルシウスやリヒャルトがその辺りをがっちりガードしているので安心だ。

 危険なのは、むしろ午後だ。案の定、お昼を食べ終えた頃―シナリオ通りに―エドワードがハルカに囁いてきた。

「二人きりにならないか? …………………リヒャルト達に見つからないように」

「大丈夫ですか? そんなことをして」

「かまわないさ。それに危険があるような場所じゃない」

 危険なんかありっこない場所だってことは、ハルカには分かりきっている。

 ハルカがこっそりとルシウスに視線を送ると、彼は小さく頷いた。後は打ち合わせ通りに行動するのみ、だ。

「分かりました。いきましょう」

 頷くハルカに、エドワードが嬉しそうに手を繋いだ。ぞわっとハルカの背筋に嫌な汗が出た。我慢だ、我慢、と、ひたすらに唱える。

 ハルカがエドワードに連れていかれたのは、街から遠ざかった城の堀。そこには蔦が絡まって錆ついた小さな門があった。

 エドワードが手をかざすと、蔦が解けあっさりと門が開いた。

「この門は王族のみが開くことを許された門だ。と言っても、私が使うのは初めてだがな」

 エドワードとハルカが門をくぐると、自然とまたもとのようにもどる。土魔法の系統だろうか。

 エドワードはそんなこと気にもとめず、門のさきにある見張り小屋へとむかっていく。

 使われなくなってひさしいその場所を、エドワードが毎年訪れていることをハルカはすでに知っていた。

「私はここから見る聖誕祭しか知らなかった」

 見張り小屋から城下を見下ろしながらエドワードが語りはじめた。

「あの熱気も賑やかさも、想像のなかだけだった。……………本当はずっと触れてみたいと思っていたのに」

 この皇子は学園に入学する前は城から出たことがないという、筋金入りの箱入り皇子なのだ。

 彼の友人は城に出入りを許された、信用のおける臣下の息子と娘だけ。それもきちんと教育を受けた、ハイスペックの子供達だらけときては、そりゃ偏りもするだろう。

 そして彼自身、気付いていない。自分がどれ程、歪んだ内面を持っているのか。

「今思えば、機会なんていくらでもあったのにな。現に、今日はこうしてお忍びすることを許された。

 式典の合間を縫えば、リヒャルトだって付き合ってくれただろう。あの門をくぐって」

 先ほどくぐってきた門は王族にしか開けることはできない。ということは逆に言えば、彼はいつだって城下に行くことが可能だったのだ。

「私はあの門をくぐるのが怖かった。

 外に出ること。民に向き合うこと。……………私が時期国王であるということ」

 しかしシリアスになってくれちゃってるところ悪いんだけど、そんな与太話に付き合ってる暇はハルカにはない!

 ハルカはエドワードの話を聞き流し、街の位置関係を把握する。

 東にあるという神殿は分かった。となると、中央広場はあの辺。ハルカはこれから発生するであろうイベントに備えていた。

 そんな目を凝らすハルカの横で、何も知らない、城下を眺めているようで何も見えていないエドワードが言う。

「ハルカ―――――――私は君に会って、変われたんだ」

 いいえ、貴方は何も変わっちゃいませんよ、と、ハルカは胸のなかだけで呟く。

 貴方は世界の物事を自分の定規に当てはめて真実を見ようとはしない。だから何時だって大切なことを見逃すんだ、と。

 ほら、こんな風に。

「エドワード様! 街に火の手が!!」

 ハルカはエドワードの語りを無視して叫んだ。

「何ッ!?」

「あれは………………何!?」

 中央広場からは黒煙が立ち上り、そこから何か巨大なものがせりあがってくる!

 そしてそれは建物を破壊し、首をもたげて咆哮を上げた!!

「まさか、魔獣かッ!?」

「早く誰かに知らせないと! ………エドワード様、王宮の近衛騎士団を動かすのは!?」

「そうだな、それが一番確実かもしれん!」

 よし! どうやら打ち合わせ通りに皇子を城の奥へと引っ込められそうだ。

 エドワードとハルカは最短で近衛騎士団の詰所へむかう。しかしその途中でハルカとエドワードは慌ただしい一団に声高に呼び止められた。

「殿下! こちらにおいででしたか!! 至急、陛下のところにお戻りください!!」

「だが城下が魔獣に襲われているのだぞっ!? せめて被害が起きている場所くらいは説明させろ」

 エドワードのその言葉に一団の顔が青から白に変わった。魔獣のことを知らなかったのは明白だった。

「何故、このような時にッ!?」

「どういうことだ? お前達はそのことで慌てていたのではないのか?」

「違います! ですが、魔獣も看過できぬことと思われます。すぐに対処いたしましょう。

 ですが、殿下は一刻も早く陛下のもとへとお急ぎください!

 どうか、お気を確かにお持ちになって。陛下がお倒れになられました!!」

「何だって!?」

 臣下と同じく蒼白になったエドワードの腕をハルカがぐいっと掴む。

「エドワード様、急ぎましょう!」

「あ……………ああ」

 どこか虚ろな目になってしまったエドワードを急かし、ハルカは王、つまりルードヴィヒ・ハイド・リフィテイン陛下のもとへと走る。

 急げ! 急げ! 急げ!! 手遅れにならないように!

 寝室に走りこんできたハルカとエドワードに、王に群がっていた臣下達はぎょっとしたが、皇子だと認めるとさっと退いた。

「父上はッ!?」

「…………………正直に申しまして、よくはありません。心の臓が………弱まっております」

「何、だって?」

 呆然とするエドワードにハルカが叫んだ!

「エドワード様、どいてください! 私が何とかしますから!!」

 有無を言わせずエドワードを押し退けると、ハルカは寝台に横になっている、息も荒い初老の男性の手を握った。

 ごつごつとした、ところどころ皮の厚くなっているその手にハルカは祈りを込める。

 助かって! 貴方は死んではダメ!! バッドエンドになんかさせて堪るか!!

 ハルカは必死で祈った。

 隣にいるとんでもなく頼りない皇子では、この国は守れない。この人に死なれるわけにはいかない。

 この人は生きなくてはいけない、この国の為に!

 白い光が寝台を埋め尽くす。と、荒かった呼吸が徐々に落ち着きを取り戻し、ついにハルカの握る手に力が戻った。

「…………………エ、ドワード、か?」

「私はここにいます! 父上!!」

 王はゆっくりと周りを見渡し、最後に自分の手を握る少女を見た。

「聖女………………………そうか、貴女が」

「はい。陛下に巣食う闇は、取り払いました」

 それを聞いた王は深く息を吐くと、厳かに告げた。

「皆の者、もう大事無い。各々、務めを果たすが良い」

 その確かな口調に安堵の息が漏れる。が、すぐに主から命が下されたのだと気付き、大急ぎで部屋を退出していく。

 そして最終的に王の周りにはエドワードとハルカ、そして二人の臣下だけが残った。

 一人は先ほど寝台の脇でエドワードに容態を伝えた者、つまり医師だろう。そしてもう一人は眼光鋭い壮年の男性だ。

 彼はハルカから目を離さずに尋ねた。

「聖女様、貴女はどこまでを知っておられる」

 探るその瞳はエメラルドグリーン。ハルカの良く知る彼女と同じ色。彼の正体が分かってハルカは逆に安心した。

 この人ならここを任せて大丈夫だと信じられる。

「全てではありません。けれど、ある程度は。

 城下に魔獣が現れています。私はそこに行かなくてはいけません。馬の手配をお願いできますか?」

 彼はハルカをじっと見ると、それから頷いた。

「待て! ハルカが行く必要はないだろう!? 近衛騎士団をむかわせればいい!!」

 ハルカは思わず怒鳴りそうになった。

 お前の弱々な心を支えるより重要なことがあるんだよ! と、そう言えたらどれだけすっきりするか!

 しかしハルカはその衝動をぐっと堪え、冷静にエドワードに話した。

「魔獣はおそらく召喚されたものでしょう。だとするなら、私が行って浄化しなくては被害が拡大してしまいます」

「だが!」

「エドワード様!! 私は、聖女です。その為に召喚されたんです。

 貴方はお父様についていてあげてください。それが、それぞれの役目というものです」

 ハルカはそれ以上エドワードとの会話は続けず、傍らにいる男を見た。彼はすでに従者を呼びハルカを厩まで案内するよう指示を出していた。

「近衛騎士団もそこにいるはず。今ならばまだ間に合う。騎士団長と共に参られよ」

「はい。ありがとうございます!!」

 ハルカはそれだけを彼に言い、走り出した。

 命を賭けて、聖女はひた走る。彼女の戦いはまだまだこれからだった。






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