第19話 残念ヒロインの自覚はあります
自室にいたハルカは、コンコンッという軽いノックの音に急いで扉を開けた。そこには寝間着にカーディガンを羽織ったシルヴィアが微笑んで立っていた。
「ごめんなさいね。色々準備してたら遅くなっちゃったわ」
「いいよー。ゆっくりしてって言ったのは私だし。気にしない、気にしない」
とりあえず、荷物いっぱいのシルヴィアを部屋に招き入れる。
「何もない部屋だけど、くつろいでねー。あ、ベットに座る?」
そう勧めたハルカにシルヴィアが首を傾げた。
「もしかしてハルカ、客用の椅子があるのを知らないの?」
「え? この部屋にそんなのがあるの?」
「ええと、クローゼットのなかを見ても大丈夫?」
「うん。制服と服しか入ってないし平気」
許可をとったシルヴィアがクローゼットを開け、その床板に手を当てる。すると一部が取っ手になり、そこがぱかりと開いたではないか!
「ここに折り畳みの椅子がしまわれてるの。説明されてなかったのね」
異世界からきたのだ、来客もないだろうということか。いや、単に言うのを忘れられていただけかも。
「この椅子二つと部屋の椅子をベッドの横に並べて、っと。あ、ベッドマットをちょっとずらすわよ? で、壁ぎわの隙間にクッションを埋め込んで、っと」
シルヴィアが手際良くシングルベッドをダブルベッドほどの大きさに変えていく。
「うん、これで二人でも寝られるでしょう」
そして次は洗面所に次々と道具をセット。何から何まで抜かりがない。さすがだ。
「本当に色々持ってきたねー」
「夜更かしする気よ。夜食だって用意したんだから」
なんと! お茶セットまで持ってきているとは。でもそれは、まだまだ序ノ口だったようだ。
「あと、寒くなってきたから………ってハルカ、貴女まだ髪が乾いてないじゃないの」
「あー、ちゃんと拭くのが面倒で、つい」
「ダメよ。風邪をひくわ」
シルヴィアは荷物から赤い小さな石を取り出すと、それをかざして魔法を発動させた。すると石が熱を発し、シルヴィアの起こす風と共にハルカの髪を乾かしていく。
「わ、それって魔法石?」
「火属性のね。これで暖をとろうと思って。
あとは念の為、防音の魔法も発動させておきましょう」
ふわっとシルヴィアの周りの空気が動いた。
「やっぱ、すごいよねぇ。シルヴィアの風の魔法って」
「あら、他の属性だって似たようなことができるのよ? 術式の組み方が違うだけで」
「いや、私にできる気がしないし、ベイゼル先輩も難しいって言ってたよーな」
「確かベイゼル先輩は土魔法が得意だったでしょう? だから難しいんじゃないかしら」
この世界の魔法には相性がある。それも血統によって左右されるらしく、クリステラ家のシルヴィアとルシウスは風属性に強い。
「んー、でもルシウス様も難しいって言ってたよ」
「…………………あの子はほら、頭脳武芸派だからよ、きっと」
なんて言っているが、風の魔法で防音できるとか、もう空気そのものを扱えるレベルの腕前を、ハルカは正直に脅威だと思う。
「もう! 私の話はいいの!! ちゃんと話さなきゃいけないのは、ハルカ、貴女のことでしょう?」
「うっ、…………………やっぱり? その話をしにきたんだよね??」
「もちろん。さ、話すわよ」
シルヴィアはベッドに上がりハルカを手招いた。ガッツリ相談する気満々だ。
シルヴィアが持ち込んだのはブランケットだけだったが、火の魔法石のおかげで十分に暖かい。ハルカもベッドに上がり布団を被った。
そしてハルカは深呼吸を一つする。
「えーっと、あれだよね? その〜、どのエンドに進むかって、そういう話なんだよね?」
シルヴィアはそんなハルカをじっと見つめて、単刀直入に聞いた。
「ハルカはこの先、どうしたいの?」
部屋に沈黙が下りた。
本当はもうずっと前から決めていたことだったのに。ハルカはそれをすぐ口にすることができなくて。ほんと私って馬鹿だな、なんて、ハルカは思った。
言いたくない理由はハルカ自身が分かってる。言わなくちゃいけないことだっていうことも。
シルヴィアは何も言わず、ハルカの言葉を待ってくれた。
「…………………シルヴィアは分かってるよね。追加シナリオで登場する『ギルフォードシナリオ』には、ベストエンドとトゥルーエンドがある、って」
「ええ。まだ油断はできないけれど、私達は現在そのシナリオに進んでいるはずだわ」
「じゃあ、知ってるよね? トゥルーエンドの最後の分岐、そこで『聖女返還エンド』が発生するって」
「―――――――――分かって、いるわ」
部屋に再び沈黙が下りた。
先に口を開いたのは、ハルカだった。
「あのね、私、シルヴィアに出会ってからいっぱい考えたんだ、いろんなこと」
どうして自分がここまで頑張ってこれたのか。ハルカには分かっている。
それは目の前の彼女が、シルヴィアが示してくれた、未来を選びとる意志の力を信じたからだ。
きっと『聖女返還エンド』の存在を知らなかったら、ハルカの心はとうに折れていた。
「シルヴィアはさ、未来をちゃんと見据えて生きてるよね。
悪役令嬢だって自覚してからも、足掻いて、この国の危機まで回避しようとしてる。未来をどうしたいか分かってて、それにむかって努力できる。これってすごいことだと思う。
で、私はどうなんだろ? って考えたんだ。何がしたいんだろうって。
そしたらさ、一つだけあったって、気付いたの」
「ハルカの、したいこと?」
「うん。この世界に召喚される前の夢、なんだけど。
恥ずかしくって、どうせ叶わないって思ってて。誰にも言ってなかったけど」
ハルカはシルヴィアの目を見つめ返して言った。
「私、声優になりたいんだ」
シルヴィアの目が丸くなった。
「やーもー、中二病そのものだよね! ってゆーか、私、アニメとかゲームが好きで。いわゆるオタク? 腐女子って分かる?」
「あ、分かるわ。というより私の前世、それだから」
「えっ!? そうなの?」
「少なくとも乙女ゲームはやってる女子ではあったわ。
…………………えっと、確かめておくけど、ハルカの前世の記憶って?」
「んー、はっきりと思い出しているわけじゃないだけど。
そりゃそういう女子だよね。『キミセツ』知ってるんだもん。ん? その所為でこんななのかな??」
「ど、どうなのかしら?」
「なんにしても、残念ヒロインには変わりないよねー。乙女ゲーム好きなクセにリアル選んじゃうし!」
「でも、やりたいことがあるんでしょう? もとの世界で」
「――――――――うん」
帰りたい理由はもちろんそれだけじゃない。でも、その『夢』がハルカには強くある。
シルヴィアのように、胸をはった生き方がしたい。
その為に選びたい未来が、それなのだ。
「………………………分かった。私はハルカの願いを、全力で応援する」
シルヴィアは深く頷いてくれたけど、その瞳は迷っているようだった。その気持ちはハルカも同じだ。
だってそのエンドは、二人の永遠の別れを意味するから。
「ごめん。言わない方がいいかなって、ちょっと思ってた。ううん、言いたくなかった。
だって―――――――――シルヴィア達のこと、大切だって思っちゃってるんだもん」
シルヴィアのこと、ルシウスのこと、なんのかんの言いながらもエドワード様やリヒャルト様、ベイゼル先輩だって。
気付けばハルカは、こんなに別れがたくなってしまっている。
「当たり前よ。私だって………………ハルカが大事よ。でも、だからこそ、話さなきゃって思ったのよ」
「うん………………そうだよね」
もうずっと前から、ハルカは『帰る』と決めていた。たぶん、シルヴィアもそれをどこかで分かっていた。だからこそ。
「ねえ、ハルカ、もっと聞かせて? 貴女のこと。『キミセツ』のヒロインのことじゃないわ。
貴女はもとの世界でどんな風に育って、どんなことをしてきたのか、話してくれない?」
「いいよ! あ、でもシルヴィアのことも聞かせてよ!!」
「ええ! その為のお泊り会ですもの」
絶対にくる別れが寂しくないはずがない。でも、二人は選ぶ。未来の為に。
この瞬間、目の前の現実を全力で生きて、胸をはっていられるように。
ハルカとシルヴィアは夜遅くまで語りあった。幼い頃のこと。出会ってからのこと。夢のこと。
たとえ別れを選ぶとしても、この気持ちは嘘じゃない。
大切な人――――――大事な友人と過ごしたこの時は、きっと幻じゃないはずだと、二人は信じた。
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