第14話 初めて『聖女』っぽいコトをした!
ベイゼルとの協力を決めたシルヴィアとハルカだったが、彼の扱いはルシウスの真逆と考えてよかった。つまり、あの男は信用したらダメ、というわけだ。
よってベイゼルから頼まれた『エリーナ女史救済計画』には、当然ルシウスにも同行してもらった。
「あの〜、これは信用してもらえてないってことですよね?」
あからさまにベイゼルに張りつくルシウスに、察しの良い彼はすぐに気付いたようだ。ルシウスは魔法剣を腰に下げていた。
「この現状で、どの口が『信用』などと言えるのかしら?」
「こんなの監禁じゃんか!」
暗く長い階段を前に、シルヴィアとハルカは冷たくベイゼルを睨んだ。もちろんルシウスは剣の柄から手を離さない。
「でも、いたしかたなく、ですね? これは彼女の為でもあるんですよ??」
言い訳をしながら、ベイゼルは恋人であるエリーナ女史のいる所へと―つまり、その階段の下へ―案内する。そこは研究塔の奥にある地下空間だった。
「ここで秘密裏に研究していた、というわけですか」
「いや、秘密裏って! ここの存在自体は秘密でもなんでもないんですよ!? 外ではできない危険な実験を行う為の施設で、きちんと使用許可だってとってあります」
「でもここにエリーナさんを監禁してるんでしょ!」
「いや、監禁でなく、保護でして」
「どのみち、女性を地下に押し込めている事実に変わりはなくてよ」
刺々しい女性達の非難。ルシウスにいたっては一切口を開かないが、静かな殺気をもらしている。ベイゼルは肩をすくめて黙った。
実をいえば、このベイゼルという男の事は、早い段階からルシウスに調査してもらっていた。というのも逆ハールートのキーマンは彼だからだ。
さらに、エリーナ女史はベイゼルの攻略ルートにしかいないキャラ。シルヴィアが呪いに失敗し死亡した後、ヒロインの当て馬的な立ち位置として登場し、ベイゼルに捨てられたことを悲観して自殺までしてしまう女性だ。
だが逆ハールートでは不自然なほど彼女が出てくることはない。もちろん、それを調べないシルヴィアではなかった。
その彼女が、まさか呪具を無効化した時にベイゼルに保護されていたなんて。
ベイゼルが闇魔法を研究していたことは追加シナリオで明らかになるが、その研究にエリーナが関わっていた事、さらに彼女の暴走で呪具が持ち出されていた事まではゲームに描かれていなかった。
そもそも、この世界の出来事すべてがゲームに描かれているはずがない。とするなら、逆ハールートでエリーナが登場しなかった理由は、まさか。
シルヴィアの鋭い洞察力が嫌なことを囁く。私達が動かなかったら、彼女はここで? と。
シルヴィアは顔をしかめた。そんな想像などしたくもない。
第一、彼女はまだ生きているのだ。シルヴィアは不吉な考えを振り払った。
通路の突き当たりには扉が一つ。目的の人物はその中だろうと予測できたが。
「あのですね、けして偏見を持たないでくださいね?」
妙な念押しをして、ベイゼルが扉を開けた。
そして、そこにある光景を目にした三人はというと。
「偏見でもなんでもなく、狂ってますわ、貴方」
「ね、殴っていい? いいよね?」
「ハルカ様、手が汚れます。俺がやります」
冷たい目をベイゼルに向けた。
そこにあったのはまぎれもない牢屋で、中に汚れた白衣の女性がうずくまっていたからだ。
「いやいやいやいや、だから! これはいたしかたなく!! ですね」
ベイゼルの叫び声にうずくまっていた女性が身を起こした。
「ベイゼル? 来てくれたの? ねえ、ここから出して?
私、貴方の研究を手伝いたいの。あれは画期的な魔法だわ。もっと実験を重ねれば、きっと運用できるようになる。私達の研究が認められるのよ!」
こちらに瞳を向けているのに、彼女の目にはベイゼルしか見えていないのだろう。
青白い顔にぎらぎらとした目。もとは綺麗な茶色のストレートだった髪は埃と泥でくすんでうねり、酷い有様になっていた。
シルヴィアはもとの彼女を知っていた。聡明で魔法の研究に熱心な、素晴らしい女性だったことを。それが、こんなことに。
もはや狂人と化している彼女を、シルヴィアは目を反らさずに見つめた。
彼女は自分と同じだった。
シルヴィアは、許せない、と、拳を握り締めた。 魔法で人の人格を捻曲げるなんて。こんなことが許されていいはずがない。
「ハルカ、お願い。彼女を救って」
「大丈夫。絶対、何とかするから」
ハルカはそう力強く頷いたが、その後少し気まずそうに聞いた。
「でも、具体的にどうすれば穢れって祓えるの?」
「たぶん、ハルカの精神的なものだと思うのだけど。
ハルカ、私が呪詛で倒れているのを見た時、どんな感じだった?」
シルヴィアの問いかけにハルカは顔を歪めた。
「すごい心配したよっ! 死んじゃうかもって思ったし!!」
今でさえ心配だというようなハルカの様子に、シルヴィアの胸がじんわりと温かくなる。
というより、これはもしや、浄化している?
シルヴィアの胸の刻印が熱を発していた。
「ハルカ、今の気持ち! それをそのままエリーナ様に向けてみて!!」
「えっ!? えと、心配って気持ち、かなっ?」
両手を組み合わせてハルカが祈るようにした。と同時に、エリーナに変化があった。
「あ……………え? 聖女、様? どうし、て? どうして、貴女がベイゼルと?」
ベイゼルしか見えていなかった彼女の瞳にようやく自分達が映ってくれたようだ。
だが彼女の狂気は薄まる気配がない。
「貴女がきてからベイゼルは変わってしまった。
ううん、知っていたけど。私も彼の研究の一部だって、知っていたのに。貴女は、何で」
あの仄暗い光がよどんだ瞳に宿っている。
これ以上どうしたら? と、考えるハルカとシルヴィアに、ベイゼルがしれっととんでもない物を出してきた。
「ハルカ様、これを使ってください」
それは硝子にも似た、透明な拳ほどの結晶。シルヴィアは一目でその正体に気付いた。
「貴方、こんな物まで持っていたの!?」
それは神官が儀式に用いる光魔法用のクリスタルだ。
透明なクリスタルは光魔法を増幅させる。これほどの大きさの物ともなると、王宮や神殿にあってもおかしくない。
だが今はこの出所を問い詰めている暇はない。
「ハルカ、それを使えば光魔法の力をより引き出せるわ!」
「分かった!!」
受け取ったハルカがクリスタルに祈りを込める。するとクリスタルは光りを放ちはじめた。
ハルカはその光を意識して、エリーナを照らすように調節していく。エリーナは眩しそうに目を瞑ったが、闇は徐々に祓われているようだった。
「どうして私はこんなことを? ベイゼルを好きだったから? 利用されていると、分かっているのに? 私、私は」
しかし、涙を流しはじめたエリーナにシルヴィアの胸は痛んだ。
エリーナは自分を責めだしている。自我を取り戻してきているが故に。
けれどそれでは駄目だ。それではまた違う狂気に陥るだけ。何か、何か彼女を救うものがあれば!
彼女が彼女たる強さを取り戻せるものがあればいいのに。
そう願ったシルヴィアの脳裏に、あることが思い出された。
そう! 彼女が本当に大切にしているものを、シルヴィアは知っていた!!
シルヴィアは牢に走り寄ってエリーナに叫んだ!!
「エリーナ様! 私、貴女の論文を読みましたわ!!」
「…………………え? 私の、論文?」
「そう! 『水魔法における、水質分析及び水質の向上分析』です!!
あれは素晴らしい論文でした!!」
エリーナはベイゼルなどいなくても立派な研究者だった。なのに学園のロクでもない男性教授共は彼女を認めなかったのだ。
女だというだけで!
「貴女は素晴らしい研究者です!! 自信をお持ちになって。
誰に認められずとも、貴女自身はそれをお認めにならなくてはいけませんわ!!
だってそれは―――――――真実ですもの!!」
エリーナの目が大きく見開かれた。その目にハルカの光が注がれる!!
「私の、研究。私は―――――――研究者」
シルヴィアは強く頷いた。
「そうです! 貴女の研究は、この国を豊かにする為のものでしたでしょう!?」
ふ、っと、エリーナがシルヴィアの瞳を覗き込んだ。それは澄んだ研究者の目だった。
「本当、ですか? 私の論文を……………。だって、あれは全然評価されなくて」
「頭の堅い老人共の言う事など気にすることはありません。貴女のような方こそ現場には必要なのです。
父もあの論文には目を通していましたから、私が推薦状を書けばすぐにしかるべき機関が貴女を雇い入れることでしょう。
でもそれにはまず、ご自身の体調を万全に戻してから、ですけれどね?」
そこでようやく自分がどういう状態なのか気付いたのだろう、エリーナははっと自分の手を、それから身体を見た。そして今一度、シルヴィアとハルカに目を向ける。
「あ、あの、私………………」
何かを言おうとして、しかし続けられないエリーナにシルヴィアは微笑んだ。
「何も言わなくていいのです。貴女が貴女であってさえくだされば。
でも――――――――もう大丈夫ですわよね?」
シルヴィアの問いに微かに頷くエリーナに、ベイゼルが声をかける。
「良かった、正気にもどってくれて」
「ベイゼル…………」
見つめあう二人には、まだどことなく恋人の甘い雰囲気があったが、
「って、誰の所為でこんなことになったと思ってんだーーーーーーーーーーッ!!」
ハルカの絶叫がそれをブチ壊した。
そうだ、こんな関係は壊すべきだ、と、シルヴィアも参戦する。
「ええ。エリーナ様、この男に礼も謝罪も必要ありませんわよ」
「だいたい何でこんな腹黒男に騙されるのっ!? ダメだよ、こんなのに人生かけちゃ!!」
口々にベイゼルを罵る二人にエリーナはぽかんとした。
が、しばらくそうした後でエリーナがぽつりと言った。
「…………………ですよ、ね」
これにはベイゼルが唖然とする番だった。
「あれっ? 私一人が悪者? まさか、エリーナまでそっち側??」
「自業自得ですね」
ルシウスがベイゼルから牢屋の鍵を奪うと、開錠してエリーナを外へと出す。
「貴女はある意味において被害者だ。しかし過ちがないわけではない。
そしてその原因を、貴女はもうお分かりですね?」
厳しいルシウスの言葉にエリーナははっきりと頷いた。
「分かっているつもりです」
そんな彼女の手をとりシルヴィアは言った。
「一旦、ご実家へ帰省されることを提案いたしますわ。信頼できる護衛をお付けします。
先ほども言いましたように、今は体調を万全にもどすことを考えましょう?」
そして茶目っ気を含めて言い添えた。
「もちろん、私の言葉をお忘れにならないでくださいまし? 私は公爵令嬢として、全力で貴女を応援する所存ですの。
最低クズ野郎の事など忘れるくらい、研究に没頭できるようにしてさしあげますわ」
エリーナの顔に笑みが浮かんだ。
「はい。ありがとうございます」
どこか吹っ切れたようなエリーナのそれに、闇の気配はもう微塵も感じられなかった。
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