第13話 女性を利用するクズには優しいくらいだ!!
まだ確証がないことだらけだ。だとするなら、一つ一つを検証していくしかない。
それはシルヴィアとハルカ、そしてルシウスの一致した意見だった。
さしあたってまず、シルヴィアに埋め込まれた呪詛を解析することにした。それをするにあたり、ある人物の協力が必要不可欠になるのだが。
でもまぁ、頃合いではあるわね、と、シルヴィアは思っていた。
もともとハルカとシルヴィアは計画してはいたのだ。この食えない性格をした、眼鏡の先輩を引き込む計画は。
「おや? 珍しいですね。貴女がここへいらっしゃるなんて」
研究塔へと足を運んだシルヴィアに声をかけてきたのは、この学園でも―下手をしたら教授より―かなり魔法に詳しいベイゼル・ロバートだった。
「ええ。調べたいことがありまして。ベイゼル様のお力を貸していただきたいのです」
「私の?」
目を丸くするベイゼルにシルヴィアは首を傾げて聞いた。
「駄目でしょうか?」
「………………貴女の頼みを断る勇気のある生徒は、殿下くらいなものだと思いますが」
「あら、お忙しいのでしたら断ってくださってかまいませんのよ?」
ベイゼルは苦笑いを浮かべた。
「どんなに忙しくても私には断れませんよ。ああ、今はそれなりに手が空いていますのでお気遣いなく。
ですが『様』づけは止めてもらえませんか? 私は庶子の出でして、貴女にそう呼ばれるには抵抗がありますから」
シルヴィアは少し考えてから頷いた。
「ではベイゼル先輩と呼ばせていただきます。
そのかわりといってはなんですけれど、私への口調を改めてはいただけませんか?」
シルヴィアのそれにベイゼルはかなり驚いたようだ。
「また、ずいぶんとおかしなことを言いますね」
「おかしなことでもありませんわよ? 貴方はこの学園の首席学生。私の方が敬ってしかるべきでしょう」
真面目に言うシルヴィアにベイゼルは弱ったように頬をかいた。
「しかし、この口調は癖のようなものですしねぇ」
だがそう言うベイゼルの声からはずいぶんと力が抜けていた。
「そういう事でしたら、そのままでけっこうですわ」
「…………………やれやれ、まさか、こんな方だったとは」
「この機会に知っていただけると光栄です」
微笑むシルヴィアにベイゼルもにこやかな笑顔を浮かべる。
「で、力を借りたい事とは?」
しかしお互いの目は笑っていない。どちらも相手の些細な動作も見逃さないよう、用心深く観察を続けている。
「腹の探り合いをしていても仕方がありませんものね?
単刀直入に申します。先日、貴方が無効化した呪具と、私のこの身に宿している魔法、この二つの属性を割り出していただきたいのです」
ベイゼルの顔から笑いが消えた。
「もしその二つが同属性だった場合、何を意味するか分かっておられますよね?」
「ええ。『聖女様』を呪い殺そうとした犯人に限りなく近い、と、疑われることになったとしてもかまいません」
ベイゼルは眼鏡の奥の瞳をすっと細めた。
「認めるのですか? 貴女が犯人だと」
「いいえ。私はハルカ様を殺そうとしたりしておりません。
しかし、二つの属性を割り出すことは重要な手がかりになることには違いありません」
二人はじっと見つめあう。どちらも相手の手の内を探りあって。
しかしそんな静寂は、
「ちょぉぉおぉぉぉっと待ったーーーーーーーー!!」
一人の少女によって壊された。
まあ、こうなる予感はしてました。ハルカが黙っていられるはずがないものね、と、シルヴィアは一人心地る。
ばぁぁぁん! っと、扉を勢い良く開け、盗み聞きしていたハルカが怒り心頭で突進してくる。
「ハルカ、外で待っていてって、あれだけ言ったのに」
やんわりと止めようとするシルヴィアだったが、ハルカにキッと睨まれた。
「シルヴィアがあんなこと言われたら黙ってらんないよ!
ってゆーか、もうバラしちゃった方が早いって!! だいたい、こいつだって裏じゃとんでもないことしてんじゃん!!」
あ、もうそこ言っちゃいますか、とシルヴィアは内心で苦笑いする。
シルヴィアとしては、もうちょっと泳がせて反応を見たかったのだけれど、ハルカが出てきてしまってはここで決着をつけるしかあるまい。
「ハルカ様? これはどういう事です?」
訝しげにはしているが内心では別のことを考えていそうなベイゼルに、シルヴィアは慎重に切り出した。
「ベイゼル先輩、先ほども言ったように私がハルカ様を殺そうとした事実はありませんし、ハルカ様もそれをご存知です。
けれど、私とあの呪具は無関係ではない。そして――――――貴方もまた」
「………………一つは私が無効化しましたからね」
けれどシルヴィアはそれに首を振った。
「貴方は自分が無効化した呪具だけでなく、四方に置かれた呪具の全てを知っておられたはずですわ。
だってあの呪具は、貴方が開発した物ですものね?」
シルヴィアはじっとベイゼルの瞳を見つめた。あの仄暗い光は、ない。
「つまり貴女は、私がハルカ様を呪い殺そうとした真犯人だと、そうおっしゃりたいのですか?」
「いいえ。それも違います。
貴方は開発をしただけ。だから、呪いの発動を止めようとした」
しかしそれは、逆にこうも言える。
「けれど貴方は犯人と何らかの繋がりがある。
だから、私のこの胸に宿っている魔法と呪具の関係性についても割り出すことができる。違っていますかしら?」
正直、確証はなかった。証拠などない、みえみえのカマかけだったのだ。
すっとぼけられることもシルヴィアは予想していたが、それは外れた。
「はははははっ、これはまた、ずいぶん面白い!
シルヴィア様、貴女はハルカ様より面白い存在かもしれません!!」
肯定ともとれるベイゼルの台詞にハルカが怒鳴った。
「笑いごとじゃないっ!! だいたい原因は貴方でしょーがっ!?」
するとベイゼルは心外そうに肩をすくめる。
「シルヴィア様が仰っていた通り、私は開発に手を貸しただけにすぎませんよ。勝手にあれを持ち出されたのは誤算でしたが、きちんと阻止したでしょうに」
ベイゼルに嘘を吐いている気配はない。そう、彼には嘘も、悪意もないのだ。
シルヴィアは冷たく言った。
「そうでしょうね。貴方の目的はただ一つ、魔法の開発だけ。
その為なら、女性の一人や二人、犠牲にしてもかまわないと思うほど純粋に、それだけを願っている」
「何を仰りたいのです?」
「………………エリーナ女史とは、そうした間柄だったのでしょう?」
とある女性の名前にベイゼルは黙った。
「そして彼女と同様に、ハルカ様にも研究の一環で近づいた。違うとは言わせませんわ」
ハルカが現れるまでベイゼルの傍にいたのは、共同研究者であり恋人だった、エリーナ・シュトルフという女性だった。
彼女はゲーム上でヒロインに告げる。「彼は何より研究が大事なの。だからしょせん貴女も、私も、研究の二の次なのよ」と。
「貴方にとって大事だったのはエリーナ様という女性ではなく、彼女のもつ光属性の魔法だったのでしょうね。シュトルフ家は神官の家系でしたもの。
ああ、そういえば、貴方は彼女を使って神殿の内情まで調べてましたわよね? 私の優秀な弟が教えてくれましたのよ。もちろん、貴方が何を知ったのか、何を知ろうとしていたのか、を含めてですわ」
シルヴィアはそこで言葉を止めた。そして低い声で問い掛ける。
「エリーナ女史は、無事なのでしょうね?」
しばらくの沈黙の後。ため息と共にベイゼルが頷いた。
「ええ、まだ無事です。私だって彼女に危害は加えたくありません。彼女は―――――よく働いてくれましたから」
聞いた瞬間、ハルカが動くのがシルヴィアに分かった。そして彼女が何をする気なのかも察したが、止めなかった。
ハルカはベイゼルの前に立つと、
「顔がイイからって、何しても許されるとか思うなよッ!?」
右手を大きく振りかぶった!
一泊後、ばっちぃぃぃんっ!! という派手な音と共に、強烈な平手打ちが炸裂した。
まともにそれを受けたベイゼルに、しかしシルヴィアは冷たく言う。
「避けなかったのは、罪悪感はある、というアピールかしら?」
ベイゼルは赤くなってきた頬を押さえて苦笑いした。
「手厳しいですね。ですが、まあ、ハルカ様には頼みたいことがあるので」
「…………………聞くだけ聞こうじゃない!!」
殊勝ともとれるベイゼルの態度にハルカはふんっ! と鼻を鳴らした。
「エリーナの穢れを祓ってほしいのです。私では、どうにもできなかったものですから」
シルヴィアは目を細めた。
「やはり、貴方は穢れを祓う術を知っていたのですね?」
つまりこの男は、自分の穢れは祓っておきながら周りが狂気に陥っていく様を観察していた、というわけだ。
「認めましょう。私は闇と光の魔法の研究を願ってきました。
まさかエリーナが呑まれるとは思っていませんでしたが。いや、それも相手にしてみたら計算のうちだったかもしれませんがね」
どうだか。その計算さえ見抜いた上で開発をしていたんじゃないか? とシルヴィアは疑いたくなってしまう。
が、今はそこを言及しはしない。今は、だけれど。
「貴方に闇と光の魔法の開発を依頼した人物。それがハルカ様を呪い殺そうとした、真犯人」
そしてそれは、シルヴィアに呪詛を打ち込んだ者でもある。
「けれど本当のところ、貴方はその正体を知らない。だから神殿の内部情報を調べていた。でしょう?」
「やれやれ、公爵家に本気になられたら全部お見通し、というわけですね」
そこでシルヴィアは恐ろしいほど冷酷な笑みを浮かべた。
横で見ていたハルカの顔が引きつったが、シルヴィアはその顔を崩す気はない。
「先輩、取り引きをいたしましょう。
私の当初の目的を、まさかお忘れではありませんよね?」
「…………………もちろん、忘れていませんよ。
成る程、こうして考えれば、確かに貴女の依頼は双方に有益ではありますね。ですが、いいんですか? 私は先ほど『聖女様』に平手打ちをくらったような男ですが?」
「かまいませんわ」
シルヴィアの声は刺すように。
「貴方がどれほど女の敵でド最低な変態であろうとも、優秀なことには変わりありませんもの」
目に鋭利な光を宿して。
「優秀な貴方が馬鹿な真似などなさるはずがない、でしょう?」
ベイゼルを脅した。
訳すると『妙な真似してみろ、私達が無事じゃすまさん』だ。
「……………………ですねぇ。まったく、貴女達に逆らえる者なんか、この世に存在しないんじゃないですかね」
弱った口調とは裏腹に、どこか楽しげな顔をするベイゼル。そんな彼にまるで変態でも―いや、実際のとこは間違いなく変態なんだろうけど―見たかのように、ハルカが吐きそうな顔をした。
あとでルースを愛でて気分を治しましょうねハルカ、と、シルヴィアは彼女に視線を送る。
「では、そういうことでよろしくて?」
「もちろん、喜んでご協力させていただきますよ」
こうして悪役令嬢とヒロインは気分が悪くなるような交渉の果てに、腹黒魔道師を協力関係に引きずり込むことに成功したのだった。
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