第10話 告白します! 好感度上げるのが正直、辛いです!!

 この度、ヒロインはじめました、な常葉遥だったが。

 彼女がこの世界に来て早二ヶ月、自分の女子力の低さに泣きそうになっていた。というより、女子力なさ過ぎて、もう吐きそうだった。

 社交性なんか求めないでー! 猫かブリッコにも限界がありますからッ!! ってゆーか八方美人とか、ムーリ、ムリ!! と、本末転倒なことを考えるヒロイン。それが常葉遥。

「カンペキ彼女とかって、本気で尊敬するー」

 死んだような目をしているハルカにシルヴィアが真顔で言った。

「演技で人とお付き合いするコツは、嘘半分、適当三分の一、あとは抜け目なさでカバーすること、ですわ」

「……………さすがですー」

 幼い頃から訓練されてきたシルヴィアにとっては容易いことだろうが、あいにくハルカはごく普通の女子高生。

 あっちをたて、こっちにも良い顔をし、あまりに本心でない台詞ばかり言わなくてはいけないときては、表情筋がつりそうだ。

「うぅ〜、正直キッツイ。完全っに、イケメン嫌いになったよぅ」

 これはハルカ自身も想定外だった。

 顔のイイ男にチヤホヤされるのって気分良さそー、などと思っていた頃の自分を殴りたいと、ハルカは本気で思っていた。

 はじめこそ綺麗な顔やカッコイイ仕草にときめいたものの、段々とウザくなり、そしてなにより吐き出される台詞がやたら気持ち悪く聞こえるように。ヒロインという立場に酔えない質だったようだ。

「リアルって容赦ないよね。…………妄想フィルターなしで聞くとこんなにゾッとするんだー、ゲームの台詞ってー。

 あれ? それともこれって私だけ?」

「どうでしょう? 好きな殿方にああしたことを言われたら、やはり嬉しいのではないかしら?」

「……………………………恋愛ってスゴいねー」

 アドレナリンの効果絶大、さすが天然脳内麻薬ー、とか考えてしまうあたり、ハルカは乙女ゲームのヒロインにむいていない。

 虚ろな目でぺったりと頭を机にくっつけてしまったハルカに、シルヴィアが心配そうに声をかける。 

「だ、大丈夫ですか? ハルカ様?」

「……………大丈夫、じゃ、なぁい」

 ぐるんっとシルヴィアの方を向いたハルカは半泣きだった。

「もぅねー、気持ち悪いってより、怖いんだよー。あの皇子ー。

 どう聞いたって私棒読み台詞なのに嬉しそうにするしー。妄想こじらせて迫ってくるしー」

 思い出してもぞわぞわとサブイボがたってくる。狂気じみたイケメンってめちゃ怖い!!

 本気で怯えているハルカにシルヴィアは謝った。

「ごめんなさい、ハルカ様にばかり負担が大きくなってしまって」

 自分達の未来のことなのに、シナリオに積極的に働きかけられるのはハルカだけ、という現状がシルヴィアには歯がゆかった。

 そんなシルヴィアの顔をじっと見つめたハルカは。

「………………シルヴィア様が謝るトコじゃないよー」

 へにゃりとしながらも笑って言って見せた。

「でも…………」

 顔をしかめるシルヴィアにハルカは「うん!」と気合いを入れて頭を上げた。

「頑張る! うん、頑張れる!! こうして美味しいお茶して、のびのび休憩できるし!!」

 ちなみに今はルシウスとのイベント中だったりする。

 確か、根を詰める彼にちょっとしたブレイクタイムを、とかいうイベントだったか。

 しかし現在、紅茶を淹れているのはルシウスで、ハルカの方が椅子に座ってくつろいでいる。立場は完全に逆転していて、ハルカが癒される側なのだ。

 ルシウスの好感度は気にしなくていい、という気楽さもあり、彼のイベントだけがハルカの心休まる時であり、なによりシルヴィアとの大事な作戦会議の時間でもあった。

 うーん、美人姉弟ブラボー。と、ハルカはつくづく堪能していた。

「あまり無理はしないように。もし気分が悪くなったら、手はず通りにしてください」

 お茶とお菓子を給仕しながらルシウスがハルカに言った。

 ハルカはそのお茶を行儀悪くずずーっとすすり、ふはっと息を吐く。

 さすがはルシウスだ。香りも味も、温度さえ完璧。あー甘いものに癒されるー。本当にこの時間がなかったら、ハルカはゲームイベントに耐えられないだろう。

「ありがとー。でもそれやっちゃうと好感度が下がっちゃうかも、でしょ?

 中間の分岐までは絶対に好感度下げるワケにはいかないもん。ギリギリまで頑張るよー」

 頬を幸せ色にしてハルカはガッツポーズした。

 手はずというのは、ハルカが密かに持っているルシウスとの連絡用魔法石こと防犯ブザーで、それを発動させればルシウスがイベントに介入してブチ壊す算段になっているのだ。

 だがそんなことをすれば、当然イベントがオシャカになるわけで。

 もちろん好感度が上がるはずがないだろうし、下手をしたら下がる危険性の方が高い。

 かなり重要な分岐が迫ってきている今、そんなことができるはずがなかった。

「てゆーか! 大丈夫? って聞きたいのは、むしろシルヴィア様の方なんだけど!」

 だいぶ気持ちが回復してきたハルカは、逆にシルヴィアを心配そうに見た。

 現状で、真に心配しなくてはいけないのはハルカではないのだ。この分岐に命がかかっているのはシルヴィアの方。

「中間の分岐はもうすぐだけど、まだ接触してこない?」

「ええ。まだみたいね」

 頷くシルヴィアにハルカは腕を組んだ。

 中間の分岐とは、例のアレだ。シルヴィアがハルカを呪うイベント。

 しかし、このイベントには裏がある。もし今進んでいるのが逆ハールートならば、その裏から手を引いている人物がシルヴィアに接触してきてもいい頃合いなのだが。

 まさか、逆ハールートに進んでいないとか? そんな不安がハルカの頭を過る。

「このまま好感度を維持すれば、逆ハールート確定だと思うんだけど」

 眉間にしわを寄せて唸るハルカに、シルヴィアは「焦りは禁物ですわ」と笑った。

「時間に余裕がないことは事実ですけれど、下手を打つわけにはいきませんもの。ハルカ様はご自身のことに専念してくださいませ」

 できるならば、もう一人くらい仲間に引き込んでおきたいところだったのだが、中間の分岐までの時間を考えるとできなかった。

 ベイゼル・ロバートはあれで曲者だし、ルシウスのように素直に協力関係になってくれるとも限らない。

 リヒャルトにいたっては―影が薄い感があるのはキャラが若干殿下とかぶっているからで、つまり思い込みの激しい人物だったりするので―目を覚まさせるのが難しそうだったからだ。

「念の為、ベイゼル様の箇所は俺が見回ります。ハルカ様はリヒャルト様の所をお願いします」

 ルシウスの指示にハルカは力強く頷いた。

「分かってる。呪いの発動なんて、絶対にさせない!」

 呪いの阻止には、この学園の東西南北に密かに仕掛けられている呪具を無効化させなくてはいけない。つまり攻略者の四人をそこへ誘導しなくてはいけないのだ。

 この呪いに関わりのあるベイゼルは必ず行くだろうが、リヒャルトあたりが怪しい。なんとか『聖女』の効力―麻薬じみた魅力ともいえる聖女の力―で皇子と騎士をそこへむかわせなければいけない。

「ルースはともかく、ハルカ様は無茶をしてはいけませんよ?」

 シルヴィアがそう言えば、ハルカは複雑そうな顔をした。

「言っとくけど、一番危ないのはシルヴィア様なんだからね?

 逆ハーのシナリオじゃ、呪いは発動前に阻止されることになってるけど、危険には変わりないんだよ? 分かってるよね?」

 賢いくせに自分の事になると妙につめが甘いシルヴィアに、ハルカは釘を刺すように繰り返す。

 それにシルヴィアはにっこりと微笑んだ。

「分かっていますわ。返り討ちにすればよろしいんですわよね」

「「違います!!」」

 ハルカの声とルシウスのそれが見事にハモった。

 仲良くなったのねぇ、などと、のほほんとしているシルヴィアに二人はとても恐い顔で口々に言う。

「姉上、危険なことは絶対に止めてください」

「相手を煽るのもダメ!」

 おとなしくしているように! とまくしたてる二人に―その息の合い具合を可笑しく思いながら―シルヴィアは頷いた。

「大丈夫ですわ。危険なことはいたしません」

 もちろん、シルヴィアは安易に命をかけるようなことをするつもりはない。まあ、あわよくば何か情報を引き出せたら、とは思っているが。

 疑いの眼差しをしれっとかわしつつ、そんなことを目論んでいるシルヴィアは、やはり悪役向きといえるかもしれなかった。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る