第8話 殿下をはじめ男共の頭が残念すぎる件について
はれて弟の誤解を解くことに成功したシルヴィアは、ルシウスに全てを打ち明けることにした。
同意してくれたハルカと一緒に、彼に今までの経緯を説明する。
ルシウスはそれを聞きおわると思案顔をし、それからシルヴィアに質問してきた。
「それで、そのゲームとやらのシナリオはいったいどこまで進んでいるんです?」
「序盤、といったところかしら」
「………………でしょうね。ハルカ様が学園に編入されてまだ間もない。今後、何が起きうるかできるだけ情報をください、姉上」
冷静に情報を分析しだした弟にシルヴィアは満足した。さすが、我を取り戻したルシウスは優秀だ。
あまりに冷静過ぎる、そのあっさりした受け入れ具合にハルカのツッコミも遅れた。
「って、信じるんだ!? 前世!!」
信じられないでしょう、普通!! と、ありありと顔に出ているハルカに、ルシウスが引きつりながらも言った。
「いえ、半分は疑っていますよ。ただ俺も、現状が異常だと認識できるほどの判断力は回復してきていますので」
まだ鉄拳のショックから立ち直っていないのだろう、ハルカの素の態度にルシウスは挙動不審だ。
シルヴィアも彼女の本性を知った時には驚いたが、今ではむしろ素直に自分をさらけだしているハルカのほうが好ましいと思っている。きっとルシウスもそのうち理解するだろう。
時間が解決してくれる、というより慣れの問題だから弟はこの際、放っておくとして。
目下、考えなくてはいけないことは別にある。
「異常…………ルース、貴方から見ても殿下は変調をきたしていると思う?」
シルヴィアやハルカはなまじゲームの『君といた刹那』を知ってしまっている。が故に、先入観がないとも言えない。やはりこうして第三者の意見を聞けるというのは貴重だ。
姉の質問にルシウスは顔を歪めて答えた。
「身体は健康そのものですが。やはり精神的には異常といえますね。
周りが見えなくなるほど一つのことに傾倒なさるなど、次期国王の教育を受けてきたあの方にはあるまじきことです」
確かに、とシルヴィアは眉をひそめた。
本来ならば、そうはならない異常な行動。そうなってしまうのは何故なのか。
「ちょっと前までのルシウス様だって、そうだったんですよー」
痛いところを突かれたのだろう、ハルカのそれにルシウスは言葉が出ない、というより息すら止めていそうな、苦渋に満ちた顔をした。
そんな弟にシルヴィアは微笑む。
「ルース、あのことについて、私は貴方を責めるつもりはないわ。どころか、こんな話をこうやって聞いてくれていることに感謝してるの」
「………………姉上」
もちろん責めたりしないわ、貴重な情報源ですもの。と、にっこりと笑うシルヴィアに若干、ルシウスの顔色が悪くなった。
「だから、詳しく教えてほしいの。どうして貴方があんな状態に陥ったのか。通常であったらできる冷静な判断が、何故できなくなってしまったのか」
きりきり白状しろ、ともとれる姉の笑顔にルシウスが逆らえるはずがない。
「自分でも、本当に分からないんです。
ハルカ様と出会って話をするうちに、ハルカ様だけの事を考えるようになって。逆に周囲には悪感情を抱くようになって、姉上への嫉妬心や猜疑心はどうしても拭えなくて。
どんどんと疲弊していくんです」
つい先日までの己を振り返り、ルシウスはそう説明した。
それだけ聞けば、まごうかたなき『恋の病』というヤツだ。けれど語るルシウスは、恋に溺れていたというより悪い夢でも見ていたかのようだ。
「うわぁ、中毒者レベルだよね、ソレ」
自分がその元凶だと自覚した上での、ハルカのげっそりとした呟きに、シルヴィアは不意に思い当たった。
そう、恋の『病』。病とは蝕むものだ。
「その状態は病、いえ、麻薬と置き換えることはできないかしら? ハルカ様を中心として蔓延していく、そんなもの」
判断力を低下させ、悪感情を暴走させる、そんな状態は似てはいないだろうか?
「私、麻薬扱い? ダメ、ゼッタイ、な存在なの?」
ハルカが絶望的な顔をする。
自分の存在がそこまでヒドイものだったのか、とか思っていそうなそれに、シルヴィアは慌てて言い添えた。
「ええと、ハルカ様が原因という話ではなく、これは根本的な問題の話ですわ」
確かにハルカは攻略者の好感度を上げる為、傍でアレコレと耳心地の良いことを言っている。が、状況はそんなものを飛び越して、はるかに異常なのだ。
恋の病だけでこんな状況になるのなら、世界は狂人であふれかえってしまう。
「つまり、異界からきた『聖女』という存在そのものが、我々の精神に何らかの影響をおよぼしている、と?」
ルシウスはシルヴィアの言いたいことを間違えずに理解してくれたようだ。
しかしハルカには伝わっていないようだ。
「意味、変わってないよ? 私が激ヤバブツだって、言っちゃってるよ?」
すっかり落ち込んでしまったハルカにシルヴィアは優しく言った。
「ハルカ様の言動や、ハルカ様自身の所為ではなく、召喚された『聖女』という存在が問題ではないか、と言いたいんですわ」
するとハルカがぱっと顔を明るくした。
「あ、成程。つまり、私が召喚されたことで、こんなことになってるんじゃーないかって話?
ん? でもやっぱりそれって、シナリオが発生したからってことにならない?」
「……………そう、ですわね」
またも話はもどってしまった。
やはり、この世界はシナリオ通りになるよう設定されている、ということか。
けれどルシウスは険しい顔を崩さなかった。
「しかし、そのシナリオの話には矛盾があるでしょう」
「矛盾…………あるかしら?」
シナリオ補正で説明がついてしまうようにも思えるが。首を傾げたシルヴィアにルシウスははっきりと頷いた。
「ええ。もしこの世界に、仮にシナリオなるものが存在しているとして、どうして姉上やハルカ様はそれから外れた行動ができるんです?
前世の知識があるというのがそもそも疑わしいですが、それを持っているから例外というのなら、俺はどうなります?
それとも、俺のこの行動も、シナリオ通りなんですか?」
…………それは確かにそうだ、と、シルヴィアは考えた。
「私が知っているシナリオでは、貴方は最後まで私への疑いは解かないわ」
疑いを解かないも何も、ゲームではシルヴィアが犯人なのだから、当然なのだけれど。
しかし冤罪の現状で、エドワード殿下はシナリオ通りの行動を、しかしルシウスはシナリオとは違う行動をとった。
「でもそれは、私とシルヴィア様がルシウス様に事実を突き付けたからなんじゃないの?」
シナリオ通りの行動をしないシルヴィアとハルカの働きかけで、ルシウスも違う行動をとっている可能性もある。
シルヴィアはしばらく考えて、ルシウスを見つめながら言った。
「ルース、前にも言った通り、貴方は貴方の考えで動いてちょうだい。それが私を疑うことでも、私は貴方を信じるわ。貴方は、きっと真実にたどり着く」
弟の瞳に、あの暗さはない。
そんなルシウスがはっきりと頷いた。
「俺は、俺にできる限りをします」
そして小さな声で早口に付け足した。
「でもこれだけは。
俺は貴女達を守ります。お二人とも、です。……………では、失礼します」
言うなり踵を返してルシウスは部屋を出ていってしまったが、姉のシルヴィアには分かった。彼が照れたことが。
守るだなんて、女性に言ったの初めてですものね。なんてシルヴィアが微笑ましく思っていたら。それはハルカも同じだったようで。
「何アレ………反則ッ!」
と、悶えていた。
「可愛いでしょう?」
「ええ! もう、本当に!!」
激しく同意してくれるハルカにちらっと、親友っていたらこんな感じかしら? とシルヴィアは思った。
何気ないやりとりが心地良い。不思議な温かさをシルヴィアは感じていた。
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