(四)原点
早見雪乃がゲームにのめりこんだのは、
それまでは、ゲームには特に興味もなく、彼女の人生とゲームが重なる事はなかった。両親も兄もゲームはやらなかったし、小学校でも中学校でも高校でもゲームで遊ぶ友人はいなかった。ところが、大学で新たな友人が出来た時、そのうちの一人が重度のいわゆるゲームオタクで、彼女の家に遊びに行った際に彼女がやりかけのRPGを進行する様を見せてもらって驚愕したのである。グラフィックも綺麗なら、敵との戦闘にもきちんと考えどころがある。そして何よりも、ゲームの物語の中で、自分が主人公になった様にストーリーを進めていけるゲームのインタラクティブ性に強く惹かれた。元々、小説や漫画、アニメ、映画は元より、舞台も観に行くほど物語性のある媒体は大好きだったのだが、ゲームには特に縁が無かったのだった。
友人は、画面を見てしきりに感心する雪乃を見て、それならと携帯ゲーム機『プレイステーション・ポータブル』とお勧めというRPGのソフト、『ダブル・ブレード』を貸してくれた。
この『ダブル・ブレード』というゲームソフトが雪乃のゲーム遍歴の始まりであり、彼女がゲームへ傾倒するきっかけとなった。いや、周囲から見れば、「雪乃がゲームオタクになってしまった」という形容の方が似つかわしいほど彼女はドが付くハマり方をした。『ダブル・ブレード』をクリアするまでは大学の講義中もゲームの続きが気になり、部活の硬式テニス部の活動中や通学時間こそ我慢していたが、帰宅後は即プレイステーション・ポータブルとにらめっこする日々が続いた。
雪乃は世間の分類で言えば、間違い無く美人の部類に入る。街を歩けばモデルやタレントとしてスカウトされることなど珍しくないほど容貌に恵まれていた。目鼻立ちは整っていて少し切れ長の目がクール系の美人と評される。美しく長い黒髪。胸こそ小ぶりだがそれが却って品のある美しさを際立たせ、くびれたウエストにスラリと伸びた長い脚で学内を歩く様は、他の学生、特に男子の目を惹かずにはおかない。そんな彼女が、ついに学内でも暇さえあれば携帯ゲーム機とにらめっこするようになった様を見て、友人たちはため息をついたものだった。
結局、雪乃は『ダブル・ブレード』をクリアすると、書店でのアルバイト代を費やして、プレイステーション・ポータブルと『ダブル・ブレード』を自分で購入した。それくらい、『ダブル・ブレード』は面白く、また、そのエンディングは雪乃を感動させたのだった。自分で買ってから、再度ゲームをクリアしたほどだった。
素晴らしい、と雪乃は思った。
ストーリーに惹かれる。
敵とのバトルもアクション要素に加えて試行錯誤する要素があって楽しい。
何よりも、自分が物語に入りこんで楽しめる点に強く惹かれた。
こんな世界があったのかと、ゲームオタクの友人にお勧めのゲームソフトを尋ねると、『ダンジョンズ&デーモンズ』という別のRPGを勧められ、これも購入してプレイし、やはり夢中になった。こうして、雪乃はインターネットでゲーム関係の情報を収集するようになり、ゲーム雑誌も買うようになった。そして、人を夢中にさせるこれら素晴らしいゲームを作っているのは、『ゲームクリエイター』と呼ばれる作り手たちであることを知ったのだった。雑誌に登場するクリエイターたちの中で彼女が惹かれたのは、やはり自分が気に入ったゲームの作り手たちで、『ダブル・ブレード』の
「僕は触って気持ち良く、攻略を考えて楽しく、ストーリーを味わって感動できるゲームを作る事を心がけています」
「こだわりは、強いですよ。クリエイターとして、自分で納得のいくゲームにしたいですからね」
「現場の仕事は泥臭いことばかりですが、試行錯誤が楽しいです。どうユーザーの感情を動かすか、毎回苦労ばかりですが形にできてユーザーさんに楽しんでもらえた時の満足感が嬉しくて」
それらクリエイターの言動を目にしていくうちに、また、他のゲームをプレイしていうちに、雪乃は自分も作り手として参加したいと考えるようになった。漠然とした願望は、就職活動が始まる三回生に具体的な目標となり、彼女は本気でゲーム業界への道を志して動き始めた。企画書の作成、他業種も含めての業界研究。志望動機を掘り下げるため、自己分析も積極的に行った。
「雪乃、あんた本当にゲーム業界なんかに進むのお?」
友人たちは、皆そう
雪乃自身は法学部法律学科に在籍していたが、それは将来法曹への道を進みたいと思ったからではなく、将来何になりたという明確な目的を持てず、それならば、リーガルマインド(法的なモノの見方)を身につけた方が、就職の選択肢が広がるのではないかと考えたからだった。
だが、雪乃は結局ゲーム業界を志した。希望職種はゲームプランナー。現場では単純にプランナーと呼ばれることが多い。
絵は描けないし、今からプログラムを勉強するのは手遅れの様にも感じたし、何よりも、自分の考えたゲームで遊び手を感動させたいという思いが強く、そこに近いポジションがゲームプランナーではないかと考えたからだった。
『プレイステーション』や『セガサターン』といった、一九九四年前後の『最初の次世代機』が登場したころは、特にプランナー職種での新卒採用などあまり考えられない時代で、会社によってはプログラマーがプランナーを兼ねる事も珍しくなく、プランナーなんて要らない、という会社すらあったほどである。また、当時はゲームプランナー=ゲームデザインを考える人、というイメージそのままの職種であった時代だった。
そのため、ゲーム会社にプランナーとして入るには、大手のゲームメーカーに才能を見込まれて入社するか、プランナー、またはデバッガーのアルバイトとして入社し、働きやセンスを認められて正社員に昇格するというケースが一般的だった。それ以外では、プログラマーやデザイナーがスライドしてプランナーに就くというのが多くのケースで、それだけプランナーというポジションに対するハードルが高かった時代だった。そのころであれば、大卒新人の雪乃がゲームプランナーとして採用されるなど、極めて難しかったであろう。
だが、家庭用ゲーム機の各メーカーがその性能を競い合った結果、一九九六年に『ニンテンドウ64』、一九九八年に『ドリームキャスト』、二〇〇〇年に『プレイステーション2』、二〇〇一年に『ニンテンドー ゲームキューブ』、二〇〇二年に『Xbox』という具合に次々と新ハードの発売ラッシュが続き、3D技術がゲームソフトの技術として主流になってくる風潮に拍車がかかった。ゲームを構成する容量、ボリュームはみるみる増大して、それに伴って開発現場で管理しなければならないデータ、情報、仕様も莫大な量になっていき、プランナーはゲームデザイン作業とは別に、それらを管理する独自のポジションとして必要な職種となっていった。
その傾向は二〇〇四年に『ニンテンドーDS』が発売され、2Dに再びスポットライトが当たる様になっても変わることなく、またゲームのボリュームの肥大化は留まるところを知らなかった。こうして、職種ごとに分業化はますます進んで開発に関わる人数も急速に増大していった結果、プランナーというポジションは、完全にその職域としての地位を確立するに至った。
仕事の内容は、会社の規模やプロジェクトの時期によって大きく
全体のゲームデザインを手がける人間はディレクターであったりリードプランナーであったり外部のゲームクリエイターであったりと、開発するタイトルのチーム構成、いわゆる『座組み』で異なるが、そのゲームデザインに基づいて細部の仕様書を作成管理し、実装に向けて動いていくのが開発中のプランナーの主要な仕事と言える。
こうして、雪乃が就職を志した二〇〇八年ごろには、大手はもとより、中小の開発会社でも新卒のプランナーを採用することがもう普通になっていたのである。
結局、雪乃はやはりゲーム開発への道を志して、大手を含めて複数の会社を受け、結果二社からプランナーとして内定をもらうことができた。一社は、業界でも古株の大手で上場もしている株式会社スキールニル。もう一社が、ゲームクリエイターとして名高い紺塔生雄の所属する開発会社オストマルクで、雪乃は悩んだ末にオストマルクを選んだのだった。紺塔の手がけた『ダンジョンズ&デーモンズ』が好きで、またゲーム雑誌で見る紺塔のインタビューを読んで、漠然とではあるが、会社そのものにも憧れを抱いたからだった。
会社としてのオストマルクは、元々あるゲーム会社の開発スタッフの何名かが、独立して共同で起こした会社である。受託開発の仕事を受けながら少しずつ成長していったが、ある年、ゲーム業界でも名前の知られたゲームクリエイターである紺塔生雄を開発部部長、企画課課長兼任という肩書きで迎え入れ、そこから急成長が始まった。
紺塔生雄はあるゲーム会社でプランナーとして働いてた際に、ヒット作を何本も手がけて業界でも注目されるクリエイターとなり、やがてそこの社長になったが、結局その会社を倒産させてしまい、しばらくフリーで活動していたのだが、その間は一本もゲームを世に出していない。その後、業界の知り合いのツテでオストマルクに迎え入れられたのである。これまでの人脈をフルに活かして彼は次々と開発案件を引っ張ってきては会社の売り上げに貢献した。
雪乃が入社するころには、正社員の総数が百二十名を数え、一開発会社としては大きな規模に分類されるほどに成長していたが、それに伴って離職率は急激に高まり、人の出入りが極めて激しい会社として業界でも有名になっていた。
雪乃は二〇一〇年四月に、株式会社オストマルクの開発部企画課スタッフとして正式に入社した。
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