第4話 嫌悪


 寝覚めは悪かった。最悪と言ってもいい。言うまでもなく、昨日何首烏かしゅうが押しかけて来たのが原因だった。頭はがんがんと痛み、気持ちの悪い汗が寝巻きをじっとりと濡らしていた。内心で悪態をつき、私はベッドから起き上がって身支度を始めた。

 悪かったのは、寝覚めだけではなかった。学校での居心地である。席替えはつい先日行われ、昨日までは可もなく不可もない位置だと思っていたのだが。私の席から斜め後ろ、ぎりぎり視界に入るか入らないかの位置に、何首烏の席があった。授業中、彼は私の方を向く。目線だけなら気にもならないのだが、顔ごと向けてきた何首烏の表情は、粘土細工のようにのっぺりと冷たいものだった。きっちり十分に一度、およそ十秒の間私は何首烏に晒された。たちまちに、私の席は可のない負荷となった。

 私を苛む何首烏の脅威は、休み時間にまで及んだ。昼休み、此嘉このかとつつく昼餉ひるげの間も、何首烏は十分ごとにこちらを見る。目障りったらなかった。

 何首烏の定期的な凝視は当然のように午後の授業の間も続く。このままでは精神が疲弊する、何が狙いかは分からないがそれは良くない兆候だ、私はそう感じた。


 放課後、彼の視線がこちらに向いている時に、私は睨み返した。何首烏は特段これといった表情の変化は見せず、今朝からそうしているのと同じようにこちらを見続ける。私はつかつかと何首烏の元に歩いて行き、帰り支度の手を止めてまで私を凝視する何首烏を見下ろした。

「どういうつもりかしら」

「何がだい」

「ふふっ、とぼけるのが上手ね。じろじろと下品に私を見るのをやめろと言っているの。気が散って仕方がないわ」

 同級生の連中は、十津川とつかわ冬華とうかと何首烏秀司しゅうじという組み合わせが珍しいのか、そこここから奇異の視線を向けてくる。数十人はいれど、何首烏一人のそれよりは幾分かましなのは不思議な話だ。私の彼への嫌忌の度合が窺える。

 しかし当の何首烏はというと、眉一つ動かさない鉄面皮だった。

「十津川さんともあろう人間が、それくらいのことで集中を乱すなんて。嘆かわしい限りだよ」

「世辞なんかやめてよ、気持ち悪い。いい? 今後は金輪際、今日みたいなことはやめてよね」

 私はそう言い放つと、踵を返して物憂げにこちらを窺う此嘉に笑顔を作って見せる。此嘉は安心したように顔を綻ばせ、私と帰途を共にした。何首烏の気味悪さから目を背けた私とは違い、この子は気丈だ。

 帰路を行く中途、私の苛立ちを察してか此嘉の口数は少なかった。その事に対して少なからず申し訳なさを感じつつも、私は彼女の気遣いに甘えることにした。岐路で別れてからも、私の苛立ちがやむことはなかった。さもありなん。

「私は貴方が嫌いだわ。何の用なのよ」

 振り向いて辟易とした気分でそう言うと、此嘉と別れた角から何首烏が現れた。

「やぁ十津川さん。丁度良かった、ちょっと付き合ってくれないか」

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