第2話 鴻毛
翌日、学校でとある噂が立っていた。学生が、うちの高校の女の子が、何者かに殺害されたというのだ。眉唾物と一笑に付す者が大半であったが、中には真偽を確かめもせずに鵜呑みにする輩もいて、噂は肥大化し瞬く間に広まった。
私はというと、一意に介すこともしなかった。犯人がいるかどうかをまことしやかに囁き合ったところで無為な営みだというのは自明だったからだ。
ホームルームで担任教師が噂の確実性を裏付けた。殺されたのは下級生だと言った。警察が犯人の捜索に当たっており、まだ犯人は
殺されたというその下級生が誰なのか、担任教師が明言することはなかった。が、放課後になれば、各々が自身の知り合いに別状ないか、部活動等を通しての確認に躍起になるだろう。そして、知人が殺されたとなれば悲哀の顔を見せ、そうでなければ憐憫の顔を見せる。
しかし、如何に学校内が沈鬱に暮れようと、数日もすればまた何事もなかったかのように日常は回り始める。社会に溶け込む我々は、小さな一片の歯車に過ぎない。どこかが欠けても、また別の場所でその役割を担う代わりが現れて、社会という機関を動かし続けるのだ。だから、斧でばらばらに殺されたその女子生徒がどれだけの権威や影響力を持っていても、その喪失は些末な出来事の一つとして数えられて終わる。
案の定と言うべきか、放課後になると
今日の空は、昨日ほどではないが、なかなかに美しい夕焼けを演出していた。しかし私はそれを一瞥しただけで特に気をかけることはせず、昨日訪れた花屋を横目に帰途を行った。店頭に並んだ水仙の花は絢爛咲き誇っているように見えた。
私が自宅の前まで着き、懐から鍵を取り出そうとした時、
「
背後より声をかける者があった。
振り向くと、同じクラスに在籍する中肉中背の男子が立っていた。
「何かしら」
得体の知れない男に自宅の場所を知られたことを嫌悪しつつ、努めて平静を保つ。
あくまで私見だが、彼の容姿は中の下か下の上、特段目立ちたがり屋という性分でもない。普段私が意識しない所以である。確か名前は、「き」から始まったはずだ、恐らく。
「話があるんだ」
眼前におわす男は神妙な面持ちでそう言った。
「そんな事は分かってるわよ。用件は何?」
若干の苛立ちを覚えて、私は男を軽く睨んだ。しかし男はたじろぐ様子は見せない。私に声をかけるのだ、少しは肝が据わっていないと話にならない。
男は何か言おうと口を開いたが、私の家を前にしている手前、人目を気にしているようで口を噤んだ。
「……上がっていったら? どうせ誰もいないし、遠慮することはないわよ」
解錠した扉を開き、男を招き入れる。男は黙して付いてきた。
二人で中に入り、がちゃん、と装飾過多な扉が重々しく閉まった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます