Narcissism in a girl

水ようかん

第1話 萌芽


「アザレアって言うんだって」

「ふうん」

 興味ないよ、そんなの。

 口には出さなかったが、態度には出たらしく、傍らの女の子は不安げに顔を曇らせた。

「ごめんね、冬華とうかちゃん。高校生にもなってお花屋さんとか、つまんないよね」

 面倒臭い、この子のこういうとこ、ほんと面倒臭いなぁ、と。

「ううん、そんなことないよ。ほら、あっちの花を見てただけ」

 適当に言い繕って、適当な方向を指差して、適当に微笑んだ。

 すると女の子は指さされた方を見て、ぱあっと顔を明るくした。私が指したらしい花に駆け寄って眺め、それから私に手招きする。

 渋々ながらも応じると、彼女は何やら白い花を見ていた。

「水仙だって。綺麗だね」

「……うん」

 花に興味はなかったが、その花は他の花よりも凛として美しく感じた。そして、私が見た時、水仙もまた私を見返しているような気がした。

「ところで此嘉このか。おばあちゃんへのお見舞いはいいの?」

「あぁ! 忘れてた! どうしよ、何の花がいいだろ」

 途端に慌てふためき、友人の木葉このは此嘉は右往左往し始めた。その姿に私は密か眉根を寄せる。もう少し歳相応の振る舞いができないものか。

 悪い癖だと自覚しつつも、無意識下で行われるその思考を私は止めることができない。ある程度進んでようやく、またか、と自らを嫌悪するのだ。人の欠点を粗探し、嫌う理由をこじつけて、そして自分もまた嫌う。その手法で嫌いな人を嫌い、なんでもない人を嫌い、遂には好きな人をも嫌った。そんな自分がまた嫌いになった。それでも、好きなままで、嫌いにならず、そんな自分が好きになれる、ということが例外としてないわけではないのだが。

 心を無に、空っぽにすることだ。私がそう悟ったのはついこの間のことだ。そうすれば、何も思わなくなれば、何も嫌わずに済むのだから。

 十津川とつかわ冬華、自らの名に華、即ち花の字が使われているのに、花に対して関心を抱かないのは、その空っぽの心のせいなのかもしれなかった。

「冬華ちゃん冬華ちゃん! この花なんてどうかな? 名前分かんないけど!」

「植木鉢の花は、根があるから『寝つく』を連想させるし、あと赤はイメージが悪いよ。やめときな」

「なんと! 赤への謂れなき風評被害! 昨今の情勢はまこと複雑怪奇でござるな!」

「赤といえば血だからだよ」

 此嘉は屈託なく私に笑いかけてくれる。裏表のないこの性格は周りを和ませてくれるが、その無邪気に周りが振り回されることもあるのを彼女はきっと自覚していない。

 私はあちらこちらに目を向けて花を選ぶ此嘉を後ろから眺め、終わるのを待った。

 結局彼女自身では決め切れず、私が選ぶことになった。私は無難に適当な花を指差し、此嘉は嬉々としてそれを購入した。

 花屋を出る際にもう一度水仙を一瞥し、それからそこで彼女と別れた。病院にまで私が付き合うのは野暮であろう。私は特に用事もないので、まっすぐ家に帰った。夕焼けが空を茜色に染め、街全体もその色に彩られていた。

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