全て世はこともなし

青山天音

第1話 それは穏やかな朝のことだった

西暦21××年。

人類の科学の進歩はすさまじく、実に生活の隅々に及んでいた。

人々は労働や日々の瑣末時から解放され、豊かで快適な生活を送っていた…。


その日もいつもと通りダイニングキッチンにある東側の大きな窓から朝日がさんさんと降り注いでいた。

家主である老婦人マダム・ガミーヌはこの朝日を浴びながらホットミルクとポーチドエッグ、そしてトースト2分の1枚を食べることを毎朝の習慣としている。


朝食の後は天気が良ければ軽い散歩をする。

目的地は大抵図書館だ。

わざわざ図書館まで行ってその日の電子配信をわざわざ紙にプリントアウトし、自動ピント調節装置のついた拡大鏡越しに目をぎょろぎょろさせながら読むのがささやかな楽しみだった。

もう何年も会っていない娘のコレリックには、なんて時代錯誤なの、とさんざん笑われたものだが…


しかし。


ドサリ。


その日の朝の風景はこの鈍い音とともに唐突に一変した。


あっと思う間もなく、マダム・ガミーヌの体はダイニングの床に倒れていた。


倒れた時に、キッチンテーブルの脇にあったゴミ箱に派手にぶつかったものだから、ゴミ箱の中身が盛大に朝の台所にぶちまけられてしまった。


「う。うう。」


生ゴミにまみれて、マダム・ガミーヌはうめき声をあげた。

どうやら持病の発作が出てしまったらしい。


「コ、コレリック…助けて」


娘のミズ・コレリックに連絡を、という間もなく、マダム・ガミーヌの意識は漆黒の闇に落ちていった。


……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る