#05「決戦」

レストラン・スペシャリテ。深夜のキッチンに、一人の人影があった。

コックコートにコック帽といういで立ちのその人は、大鍋で似たスープをおたまで味見したり、何かしらメモを取ったりと作業をしている。

――キッチンの水道管に、背を向けて。


――ズルリ。


音もなく、水道管から金色のナニカ・・・が這い出てくる。

それは、細く、とてつもなく長い――蛇だった。

蛇は水道管からキッチンシンク、床下へと降り――とぐろを巻く。

グルグルととぐろを巻いた蛇はいつの間にか人間大の大きさになり――音もなく、金髪の女の姿となった。


「…………」


蛇から転じた女は、未だ気づかずに作業を続けるコックへと手を伸ばし――


「忍法――"空蝉"」


瞬間、コックの姿が消え――女の背後に現れた黒装束の忍者が、手にしたナイフで斬り付けていた。


「――ッ!」


後頭部に斬撃を加えられた金髪女はよろめきながらも距離を取り、忍者と相対する。


「お前は……!」


「自分は正宗。裏柳生新陰流の忍者。妖魔を狩る降魔忍だ」


「あの子は……あの素晴らしい舌を持つあの料理人はどこへやったの!?」


「矢切えりかさんは避難してもらっている。追わせないぞ。お前は、俺が――ここで倒す」


正宗の宣言に、金髪女は狂ったように笑い声をあげる。


「アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!

 言うじゃないの降魔忍! ならば私も名乗りましょう――」

 

ぴたり、と口を閉じた女は、静かに両手を合わせ、礼をする。


「私はエンヴィー。嫉妬の罪を背負う七罪衆が一人。

 私は何もかもが妬ましい。妬ましい。妬ましい。

 素晴らしいピッチングをする腕が。素晴らしい走りを見せる脚が。あらゆる匂いをかぎ分ける鼻が。数多の美術の価値を見抜く目が。心躍る物語を描き出す腕が。そして――あらゆる味を見極める、料理人の舌が。

 妬ましくて、羨ましくて、だから――

 私は奪ったわ。そしてこれからも奪い続ける。何もかもが妬ましいのだから!」

 

「そうはさせない。お前の悪行もここまでだ!」


叫び、正宗が両手で手裏剣を投げつける。手裏剣はエンヴィーと名乗った妖魔の頭と胸へと襲い掛かる!

しかし。


「シャアッ!!」


エンヴィーの姿が、ズルリと溶け――次の瞬間には巨大な蛇となっていた。

正宗の手裏剣は、蛇となったエンヴィーの鱗に弾かれてしまう。


「次はこちらの番! シャアァアァアァアァッッッ!!!」


蛇エンヴィーの頭が、アギトを開いて弾丸のような速度で突進してくる!


――避けられない!ならば!


正宗は咄嗟に両手をクロスし、ガードの体勢を取る。

両腕にはブレーサーの装甲があるため、エンヴィーの鋭い牙も防御可能!


――ニヤリ


蛇エンヴィーの瞳が、いやに人間らしく笑みを浮かべた。


――マズイ!


瞬間、正宗はガードの体勢のまま、無理やり身体を横っ飛びさせる。

蛇エンヴィーの突撃の衝撃を受け流すように、エンヴィーの頭をクロスした両手で受け――正宗は距離を取った。


「あらあら。勘がいいのねぇ」


鎌首をもたげながら、蛇エンヴィーがニタニタと笑う。その口に忍者装束・・・・まれた・・・両手・・を咥えて。


「――な」


とっさに両手を確認する正宗。あるべき場所に彼の両手は――無かった。消失していた。


「痛みも無かったでしょう? これが私の妖魔術――"換骨奪胎"。痛みも無く、他者のパーツを奪い取る奥義」


ふふふ、と笑いながら、蛇エンヴィーが正宗の両手をバクリと飲み込んでいく。


「これであなたの両手は私のお腹の中。取り返したければ私の腹を裂くしか無いけど――腕が無い貴方には出来ない相談よね?

 まさに詰みって状態よね、これ!」

 

クフフフフ、とこらえきれぬ、といった様子で笑うエンヴィー。


「さぁ……精々足掻いてちょうだいな、人間!!」


「言われるまでも無い!」


叫び、正宗が飛び出す。長いエンヴィーの蛇の身体に向けて飛び蹴りを放つ!


「痛いのは嫌なのよねぇ」


エンヴィーは蛇の身体をくねくねと動かし、正宗の飛び蹴りを避ける。


「まだまだァッ!」


跳び蹴りを避けられた正宗はしかし、その勢いのまま壁に着地。壁を蹴ってさらなる跳び蹴りを放った!

エンヴィーは蛇の身体をスライド移動!回避!

正宗は壁に着地!さらに跳び蹴り!

スライド移動!回避!

壁に着地!跳び蹴り!

スライド移動!回避!

壁に着地!跳び蹴り!

スライド移動!回避!

壁に着地!跳び蹴り!


 …………

 

「ちょこまかとうっとおしいわね……!」


エンヴィーは苦々し気に正宗を見やった。

正宗は部屋中の壁を蹴り、まるでピンボールの様に空中を移動しながら時折跳び蹴りを放ってくる。

跳び蹴りそのものは避けられる。

しかし、部屋を縦横無尽に移動する正宗を、エンヴィーもまた捕らえあぐねていた。


「なら――こうね」


ける・・

一撃は喰らうが、しかし――受けると同時に、相手の身体を締め上げる。

全身を拘束してやればもう手も足も出ないだろう。すでに正宗の手は奪っているのだし。

後は頭から飲み込んでやれば良い。

忍者を食うのは久しぶりだ。アレはアレで中々の美味なのだ。ゆっくりと味わい、その後、料理人を探しに行こう――


「――ハァッ!!」


正宗が何十度目かの跳び蹴りを放つ。


「――フンッ!!」


エンヴィーはその蹴りを蛇の身体で受け止め――正宗の身体を、脚から胴へと締め上げていく!


「これで終わりよ! 頑張ったけど――無駄だったわね」


グルグルギリギリと正宗を締め上げながら、蛇の頭を正宗の頭に近づけるエンヴィー。


――その瞬間を、待っていた。


「ゴ、ガ、グ……ゲ……ゴォェッ!!」


不意に苦悶の表情を浮かべた正宗は、苦し気にうめきながらガクガクと身体を震わせ――


「忍法――"内腑刃"」


ゲェ、とからナイフの・・・・・・を射出した。


「な――!?」


驚愕の表情を浮かべるエンヴィーの顔の中心に、内腑刃はグサリと突き刺さる!


「――忍者を、舐めるな」


「馬鹿な、そんな、この私が……嫉妬のエンヴィーが、こんな――

 サ・ヨ・ナ・ラ!」

 

断末魔の叫びと共に。妖魔・エンヴィーは爆発四散した。

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