現代忍者バトル小説・シノビガリ「嫉妬の蛇」

ホムラショウイチ

#01「人体消失事件の調査」

正宗は裏柳生新陰流の忍者である。

人の世の影に潜む"闇"を狩ることが使命の忍者である。

そんな彼に、ある任務が命ぜられた――


●●●


「任務です、正宗。これを見てください」


裏柳生新陰流・情報部の忍者、あやとり。

シブヤの大衆喫茶店の、ごく普通の一席にて。

学生服を着た彼女は、鞄から何枚かの写真を取り出す。


「これは……?」


その内の一枚を見た正宗が、疑問の声を上げる。

写真には、右腕が切り取られたように無くなった、上半身裸の男性が写っていた。

切断面に当たる肩口には、血管、筋肉、骨――人体組織が生々しく覗いてる。

一滴の血も流れていない。まるで、肩から右腕が透明になったかのように。

通常ではありえない、奇怪な現象だった。


「"右腕"を奪われた人です。他にも左腕、両脚――耳や鼻、眼球等など。人体の一部だけを、綺麗に奪い取っている――人間ではありえない事態です」


「妖魔の仕業、ですか」


「"上"はそう判断しました。私達で情報を収集、しかる後に対処せよ、とのことです」


言って、あやとりは写真を鞄にしまい、代わりにメモ帳を取り出す。何かが書かれた紙片を破き、正宗へと差し出した。


「被害者の連絡先です。貴方は、被害者への事情聴取を。私も"網"を張って情報を収集します。連絡方法はいの十五番で」


「了解」


「では、お願いします」


「――お客様、ご注文をお伺いしてもよろしいでしょうか?」


「ええと、それじゃあ――」


喫茶店の店員が注文を取りに来た時には、あやとりの姿は消えていた。文字通り、跡形も無く。

一般人と紙一重の、しかし絶対に気づかれない"裏"の世界に、正宗やあやとり――忍者は潜んでいるのだった。


「――アイスコーヒーを」


「かしこまりました」


注文を済ませた正宗は、静かに目を閉じる。

思い浮かべるのは、人体消失事件の被害者達の情報・連絡先だ。わずかな間見ただけですでに正宗は記憶している。

メモは既に処分済みだ。何も残さないのが忍者の基本なのだから。


――被害者は野球選手に陸上選手、それに香水ソムリエに美術鑑定士。派手というか、目立つ職業だ。

――だが共通点はその程度。ジャンルはバラバラ、性別も年齢もバラけている。

――あえて似通った点を言うなら、被害者達は皆それぞれのジャンルにおいてトップにいるというよりも、これからトップに上り詰める――というような、若きホープとでも言うべき立ち位置にいることぐらいか。


正宗は被害者達についてしばらく思考したが――結局、何も思い浮かばなかった。


――とりあえず会ってみよう。襲われた時の状況、犯人の目撃例――聞くべきことは山ほどある。


「おまたせしました。アイスコーヒーでございます」


「ありがとうございます」


店員が運んできたアイスコーヒーに、正宗は礼を言う。

店員が去るのを見届けてから、彼はテーブルに置かれたガムシロップを五、六個取った。

それらを素早くアイスコーヒーに投入し――さらにミルクをたっぷりと入れる。

アイスコーヒーはもはや茶色のまだら模様を浮かべる飲み物と化した。甘味だけでコーヒーの味も香りも吹き飛んでいそうなその飲み物を、正宗はグイ、と一息に飲み干し、そのまま会計へと向かった。


――まずは野球選手から行こう。彼は――右手を奪われたのか。


カランコロン、とベルを鳴らしながら店外へ出る正宗。

彼はこうして、人体消失事件へと、足を踏み入れたのだった。

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