6-4.
光崎 刃(みつざき じん)、今シーズンよりストライカーチームの所属となった新人パイロットである。
まだ公式での試合は一度しか行っておらず、僅か数分足らずで終わった短い戦いからしか光崎の情報を得ることが出来ない。
しかし流石に細かな癖や弱点などは分からないが、少なくとも光崎というパイロットの戦い方は把握できた。
オールラウンダー、武器による戦闘、徒手空拳による打撃、そして組み付き。
ブロスファイトで考えられるあらゆる戦い方を使い分ける、悪い言い方をすれば器用貧乏なスタイルと言えよう。
「"いい、作戦通りに動くのよ。 今日は相手に付き合っちゃ駄目、積極的にこちらから仕掛けるの"」
「"自分の土俵に持ち込む、オールラウンダー相手にはこちらの強みをぶつけるのは常套手段ですからね"」
何でもしてくる相手に守勢となれば、その手数の多さに圧倒されるのが落ちである。
オールラウンダーに対抗するには、自分の得意分野をぶつけて押し切るしか道は無い。
今日のスタジアムの興行は概ね予定通りに進行しており、前座として用意した数試合は既に消化された。
今は会場整備を兼ねた休憩時間であり、これが終わればいよいよ歩たちの出番である。
ワークホースに乗り込んだ歩は通信を通して、監督である犬居と最後の打ち合わせを行っていた。
「今日のフィールドは障害物が多いわよ、周囲の状況はこっちでも確認するから私からの指示を絶対に聞き逃さないの。
下手な場所で剣を振り回したら、最悪大事な武器を落とすことになるわよ…」
「一応ベースで訓練はしましたし、大丈夫ですよ・・」
犬居からは先程の家族とやりとりしていた時の慌てふためく姿は鳴りを潜め、冷静沈着な監督して振る舞っている。
しかし少しでもボロが出れば何時ものように、犬居の甲高い声が聞こえてくる未来は容易に想像できた。
歩は内心で今日の犬居は何処まで持つかと、若干失礼なことを考えながら監督との最終確認を続けていた。
控室を出たワークホースはブロスユニット用に作られた巨大な通路を通り抜け、現代の闘技場であるスタジアムのフィールドへと降り立つ。
以前のライセンス試験の時にも通った道であはるが、通路の先に広がる光景は以前とは全く別物になっていた。
そこはまるで山の中にでも迷い込んだかのような、木々が生い茂る緑色の風景が広がっている。
「フィールドに出ました…。 うわぁ、凄い…」
「森林ステージ、か…。 事前に聞いていたけど、今日の興行は豪華ね…」
ブロスファイトの戦いの舞台は戦いに変化を促し、そして観客達の興味を引くための様々な工夫が行われた。
余り予算が無い興行であれば見るからに人工物と分かる障害物を各所に設置した、見るからに低予算と分かる寂しい戦場となる。
しかし逆に予算を掛けることが出来れば、巨人たちの闘技場は全くの別世界に生まれ変わるのだ。
ビルが立ち並ぶ都市ステージ、フィールどの一部に人工の湖を設けた湖畔ステージ、果てにはクレーターだらけの月面ステージ。
スタジアムの観客達は本物さながらの異世界で繰り広げられる、巨大ロボットたちの戦いを楽しむのである。
前座試合までは障害物無しのフィールドだったが、次のエキシビジョンマッチからは模様替えしたこの森林ステージで試合が行わることになっていた。
「…ふん、落ち零れに付き合っている余裕は無い。 手早く終わらせてやる」
「…来たな、光崎。 落ち零れの力を見せてやるよ」
ワークホースがフィールドに出てき時とほぼ同時に、今日の相手であるストライクエッジが森林ステージに現れたようだ。
木々で視界を遮られているため相手の姿を視認できないが、スタジアムのスクリーンにストライクエッジの登場シーンが映っている。
白をベースとした機体色、鋭角的なデザイの装甲、そしてオールラウンダーらしく武器を選ばないのか手には剣を携え、背中には長物らしき装備も背負っている。
歩と光崎は互いに相手を意識しながら、事前に指定された開始位置へと愛機を移動させる。
スタジアムには今日のエキシビジョンマッチが成立するまでの流れや、歩と光崎の簡単なプロフィールを紹介していた。
そして観客達を煽る巧みな演出を終えた後、スタジアム内に試合開始を告げる電子音が響き渡った。
過剰なまでの自尊心を持つ光崎であるが、この男は何の理由も無しに相手を見下すほど馬鹿では無い。
その卓越した頭脳で冷静に彼我の戦力を比較し、その上で相手が自分より劣ると判断したからこその態度である。
世間で騒がれているワークホース、二代目シューティングスターと引き分けた世界初のセミオート機能搭載のブロスユニット。
光崎は歩の使役馬の能力を分析し、その上で自分が勝利することを確信しているのだ。
「犬居さん、相手の位置は?」
「フィールドの中央に陣取った。 木々による障害が無い空間、相手は障害物に頼る気は無いようね」
「最初はこっちから攻めるのが作戦です。 このまま正面からぶつかります!!」
犬居のナビに従って歩はワークホースを動かし、相手が居るフィールドの中央へと向かう。
人工的に作られた木々が生い茂る森林ステージであるが、フィールドの全てが木という障害物に覆われている訳では無い。
フィールドの各所にはブロスユニット同士が戦える障害物が無い空間も何箇所か用意されており、闘技者たちは自由に戦場を選ぶことが出来た。
木々と言う障害物を利用して相手の動きを制限するも良し、障害物に頼らずに空いた空間で正面から相手にぶつかるも良し。
どうやらストライクエッジは後者を選んだらしく、フィールドの中央に設けられた一番大きな広場でワークホースを待ち受けていた。
木々を潜り抜けてストライクエッジが待つ広場へと現れたワークホースは、その勢いのまま剣を構えながら突撃する。
「まずは先手を!!」
「…やはり初手で大技を繰り出す度胸は無いか。 これで俺の勝ちは決まりだ」
今回のエキシビジョンマッチで光崎が最も警戒したのは、ワークホースが使うストームラッシュもどきで有る。
本家と違って機体に対して多大な負荷を強いるなどの欠点はあるが、その絶え間なく降り注ぐ剣撃の嵐の威力は本家と遜色は無い。
あの嵐を限界まで捌き切る自信は有るが、絶対に捌けるかと言われたら万が一の可能性は出てくるだろう。
そのため光崎は自分が今日のエキシビジョンマッチで負けるならば、それは相手が初手ストームラッシュをした時くらいだろうと分析していた。
しかし光崎は相手はほぼ確実に、初手ストームラッシュという賭けをしないという確信があったのだ。
試合が開始してしまえば、相手はルールの範囲であればどんな戦い方をしも問題は無い。
そのため初手ストームラッシュという賭けに出て、秒殺を狙うと戦法も合法ではある。
しかし今日のエキシビジョンマッチは、光崎の善意によって成立した特別な試合である
その試合で恩人である光崎を初手ストームラッシュで嵌めるという暴挙に出た場合、試合後に白馬システムチームの評判はどうなるかは明白である。
セミオート機構の宣伝のために活動しているチームが、自分の首を締めるような真似をする筈は無い。
恩を売れた立場である白馬システムチームが今後もブロスファイトの世界でやっていくには、大衆が納得のいくような試合を行わなければならない。
「…そしてストームラッシュが使えないお前は、ナイトブレイドの猿真似剣術に頼るしか無い。
来ると分かっている攻撃、カウンターを決める絶好の機会だよな!!」
「何っ!?」
光崎の予想は的中し、歩とワークホースのファーストアタックは得意のナイトブレイドを模倣した連撃だった。
伝説のチャンピオンである麻生の芸術的な剣戟を、ワークホースはセミオート機構の力によってほぼ完璧に再現している。
しかし逆を言えばそれはナイトブレイドのコピーでしか無く、その動きに精通した人間であれば対処するのは容易である。
そして相手の動きを完全に読めるのならば、避けると同時に反撃を繰り出すことも決して難しいことでは無い。
ストライクエッジは迫る剣戟に対して最低限の体捌きのみですり抜け、そのまま手に持った剣で相手の関節を狙う。
「…何、浅いだと!?」
「あ、危なかった…」
「"…おい、光崎。 相手の剣の軌道がこちらの想定より僅かにずれている。 そのせいで返しがずれたようだぞ"」
光崎の操るストライクエッジの動きは完璧だった、しかしそれにも関わらずワークホースは装甲を僅かに傷つけただけである。
歩に取って幸運だったのは、以前にワークホースの剣の模倣元であるナイトブレイドと模擬試合をしたことだった。
あの試合でワークホースの剣は全くと行っていいほど当たらず、ナイトブレイドの剣は面白いようにこちらを傷つけた。
ナイトブレイドが見せたパイロットの絶妙な操縦によって、剣戟の軌道を毎回僅かにずらすことで相手を幻惑させる技。
それを試験的に取り入れた動作パターンを研究し、ワークホースに学習させていたのである。
結果的に先程の剣戟は光崎が思い描く軌道より僅かにずれ、それを調整するために半ば無意識で行った動作によってストライクエッジのカウンターは外れてしまった。
「ふん、ライセンス試験の時よりは成長しているという訳か、生意気な…。
まあいい、此処からが本番だ。 お前らは所詮、俺たちの猿真似しか出来上に落ち零れだってことを証明してやるよ」
目論見が外れてしまった光崎であるがその表情にはまだ自信と余裕が消えておらず、コックピットの中で不敵に微笑んでいた。
競技用ブロスに選ばれた光崎、競技用ブロスに選ばれずに落ち零れて鉄の使役馬に拾い上げられた歩。
対照的と言っていい二人の男の、異質な戦いはまだ始まったばかりであった。
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