6-3.
この日のブロスファイトの興行は、会場となるスタジアムが満席御礼となる賑わいを見せていた。
前年にランカー入りをした実力者をメインイベントに添えており、セミファイナや前座もコアなファンから見ればそれなに見ごたえの有りそうなカードは揃っている。
しかし決勝トーナメント一回戦負けだった、精々上の下に位置する選手のネームバリューだけでこれだけの客入りは説明がつかないだろう。
大半の観客の目当てはメインイベントはその他の公式試合では無い、今話題のセミオート機構を搭載した使役馬がお目当てであるのだ。
「あのナイトブレイドも搭載したセミオート機構、それ専用に作られた機体か…」
「セミオート機構なんて邪道もいいところだ! あんな物を頼ってライセンス試験を通った奴の実力なんて、たかが知れているさ…」「教習所時代からの親友通しの戦い…、いい話じゃ無いか! きっと今日の試合は伝説になるぞ!!」
白馬システムが世に送り出したセミオート機構と言う代物は、良くも悪くも世間も騒がせていた。
有る所ではこれはブロスファイトの革命であると持て囃され、別の所ではこれはブロスファイトの歴史を壊す悪魔であると貶される。
セミオート機構の存在が世に出てから数ヶ月、まだ大衆の間でセミオート機構に対する評価は定まっていなかった。
そんな中で今日のエキシビジョンマッチ、はセミオート機構に興味を持った人間に取っては見逃すことが出来ないイベントであろう。
様々な思惑を秘めたブロスファイトファンたちがスタジアムに集い、会場は激しい熱気に包まれていた。
観客たちか一足先にスタジアム入りをした白馬システムチームの面々は、指定された控室へと試合の時を待っていた。
既に何度か足を踏み入れたことのある、全てが巨人サイズで作られた室内は初めて入る人間には圧巻だろう。
そんな現在の巨人であるブロスユニットと比べれば随分とスケールダウンするが、それでも自分より頭一つ大きい巨人の家族と歩は対面をしていた。
「ほー、此処がスタジアムの控室か。 いやー、凄いものだな…」
「あなたがパイロットの羽広さんさんですか。 何時も娘がお世話になっております…」
「止めてよ、母さん。 ああ、父さんもあんまりウロチョロとしないの」
どうやら我らが監督の身長は親譲りだったらしく、娘と同等のサイズの両親は娘の晴れ舞台を前に応援に駆けつけたらしい。
犬居の母は娘の静止を無視して歩を含むチーム関係者に対して丁寧に頭を下げていき、犬居の父は物珍しそうに控室の中を眺めていた。
身内の存在が余程気恥ずかしいのか、犬居は顔を真っ赤にさせて甲高い声を出しながら両親を控室から追い出そうと奮闘する。
しかし娘の気持ちなど知ったこととばかりに、犬居家の夫婦は何故か歩の元に集まりだしてします。
「煩いわよ、愛衣。 ごめんなさい、この子ったら何時もこうなの。 はぁ、もう少し落ち着きをもって欲しいわ…。
あなたも大変でしょう、こんな子が監督なんかで…」
「いえ、犬居さんには何時もお世話になっています」
「はっはっは、中々の好青年じゃ無いか。 いやー、家の娘は最近家では君のことばかり話題にしてな…。 昔から男っ気が無い子で心配してたから、正直お父さんは安心したよ」
「お父さんっ!! 羽広くんに変なことを言わないのっ!!」
実家住まいである犬居から常日頃、歩の話を聞かされていたらしい両親は実に馴れ馴れしく歩に絡んできた。
思わぬところで発生した家族団欒に巻き込まれないよう、白馬システムチームの他の面々は距離を取りながら生暖かい目で見守っていた。
非公式のエキシビジョンマッチとは言え、今日の試合は観客で埋まったスタジアムでプロのブロス乗りと戦うのだ。
白馬システムチームの初陣ということで、チームのメンバーだけで無くその家族たちも今日の試合に注目を集めているらしい。
「賑やかねー、試合前だっての緊張感が無いというか…」
「実は家も両親がスタジアムに来ているんですよ、チケットを手にれてくれって頼まれちゃって…。 チケットを渡す代わりに、控室には絶対に来るなと釘を指しておいて正解でしたよ」
「いいご両親じゃない。 家の家族はあんまりブロスファイトに興味のないから、そういう事は全然無かったわね」
「いやー、あれを見ると先輩の家族みたいに放置される方が楽ですよ、きっと…」
ブロスファイト関係者の身内が全て、ブロスファイト競技に関心を持つ訳では無い。
娘のために控室まで駆けつけた犬居家と比べれば、娘の仕事に無関心な福屋の家族は冷たいように見えるかも知れない。
しかし両親の相手に四苦八苦する犬居の姿を見れば、あまり両親に構われすぎるのも問題であると思う寺崎であった。
結局、娘の抗議を無視して十分近く雑談を繰り広げてから、ようやく犬居の両親は去っていった。
しかし一難去ってまた一難というやつか、彼らと入れ替わるように白馬システムチームの控室へ新たな来客が現れてしまう。
「激励に来たぞ、我が友よ! 何だ、疲れた顔をして…、そんな様では勝てる試合も勝てないぞ」
「お久しぶりです、羽広さん、福屋さん」
「…ありがとうございます、ロンさん」
「また疲れるのが来た…、もう嫌…」
セミオート機構の存在によって救われた元張り子の龍、自称歩のライバルであるロンは妹と共に颯爽と控室へ姿を見せた。
以前に歩たちはロンの今シーズン初戦の時に応援に訪ねており、今日は先日のお礼も兼ねた激励のために来たらしい。
しかしつい先程まで犬居家の両親の相手に気を使っていた歩は、間を置かずに現れた面倒な客を見て思わず本音が顔に出たようだ。
既に両親の活躍によって試合前から神経を使わされていた監督がポツリと呟いた言葉、まさしく今の歩と同じ感想であった。
「ふっ、教習所時代の友人が相手では本気は出しにくいか? しかし真剣勝負の場において手心を加えることは、相手への侮辱でしか無いぞ」
「…分かっています。 折角試合の機会を作ってくれたあいつのために、全力で叩きのめしてやりますよ!!」
「はっはっは、その意気だ!!」
歩と光崎の本当の関係を知らないロンは、報道の通り二人が友人同士であると思っているらしい。
そんなロンの勘違いから来た激励を訂正することなく、歩は本気で今日の試合に望むことを誓う。
光崎の口から出た友情などと言う戯言のためでは無く、教習所時代に味わった挫折と屈辱を倍返しにするために…。
事実上のセミオートの試金石というべき立ち位置となってしまった、本日のエキシビジョンマッチ。
ブロスファイトの世界におけるファンや末端の関係者だけで無く、その元締めとなる立場の人間も試合の顛末に注目していた。
スタジアムの一角に設けられた特別な観覧席、選べれた人間しか入ることが許されない貴賓室。
その部屋に居るに相応しい肩書を持った人物、ブロスファイト連盟の副理事の姿がそこにあった。
お供に同じに連盟の人間である黒柳を連れて、副理事は険しい表情を浮かべながらスタジアムで繰り広げられている前座試合を睥睨している。
「…いいんですか、此処まで話を大きくしてしまって? やろうと思えばエキシビジョンマッチなど、如何様にも潰せましたが…」
「ブロスファイトが公式化して十数年、我々は公平な立場であらねばならない。 少なくとも大衆には、そのように思わせておかねばならないのだ」
ライセンス試験の時から白馬システムのセミオート機構に強い拒否感を示していた副理事であった、今回のエキシビジョンマッチに関しては何の動きも見せていない。
非公式とは言えブロスファイトに関わる事柄である、連盟が少し動くだけで今回のエキシビジョンマッチの話は無くなっていただろう。
しかし公式にブロスファイトの運営に携わる組織が、現行のルールでは合法にあたるセミオート機構の存在を一方的に排除する訳にはいかないのである。
既に連盟は周囲の批判を無視して半ば強引に、白馬システムチームに対して半年間のライセンス停止を命じているのだ。
此処でまた連盟が介入して今回のエキシビジョンマッチを潰そうものなら、下手をすればブロスファイト連盟の存在意義を問われることになってしまう。
「しかし此処で白馬システムチームが勝利したら、白馬システムのセミオート機構の勢いはますます…」
「新人とは言え、相手は競技用ブロスに選ばれた人間だ。 自分から試合を持ちかけたということは、相応の勝算があるのだろう。
勝てばそれで良し、もし仮にあの半端者に負けるようならば…」
セミオート機構、競技用ブロスに選ばれなかった凡人を神聖なブロスファイトの世界に招き入れる許し難い存在。
その存在に対して嫌悪感を隠そうとしない副理事長は、それを排除するためには何でもするという断固たる決意が滲み出ていた。
仮にエキシビジョンマッチで白馬システムチームが勝利した場合に副理事長がどんな行動に出るか分からない黒柳は、切にストライカーチームの勝利を願うのだった。
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