10-2.


 スタジアムの中で対峙する二体の巨人。

 一方の女性的なシルエットを持つ赤い巨人は、グローブ型の装備で保護された両手をハの字に構えるファイティングポーズを取っている。

 一方の特徴と言える物が見当たらない地味な茶色の巨人は、両手に競技用の刃を潰した剣を構えている。

 そしてスタジアム内に響き渡る試験開始を告げる音声を戦いのゴングとし、巨人たちの戦いが開始した。


「…まずは先手を取る!!」

「その動き…、やっぱりただのワーカーもどきじゃ無いわね」


 使役馬の名に恥じぬ脚力を持つワークホースが、戦いの先手を取ろうと一直線にナックルローズへ向かっていく。

 相手は拳闘スタイルの使い手、アウトボクサーを思わせる変幻自在のステップと手数の多さに翻弄されていては勝負にならない。

 まずは相手の土俵に乗らずに自分のペースを掴むため、歩と犬居が選んだ作戦は試合開始の直後に速攻を掛ける事であった。

 それに対するナックルローズの初動は一手遅れた、葵たちに取ってはワークホースは戦闘スタイルなどの情報が一切不明の謎の相手である。

 最初は様子見と言う算段だったようで待ちの姿勢になっていた葵に、図らずも歩の速攻が噛み合ってしまったようだ。

 迫りくるワークホースの動きは明らかにブロスユニットのそれであり、相手が思う存分遊べる同格の相手である事を理解した葵は機体の中で獰猛な笑みを浮かべる。


「この距離なら…」

「甘い!!」


 ストームラッシュ、伝説のチャンピオンの技を模倣する歩の試みは最終的には失敗した。

 しかしその過程で身に付けたチャンピオンの動きを模した剣閃のモーションは、確かにワークホースの血肉となっている。

 セミオート機構に学習させた動作はライセンス試験の舞台でも完全に再現されており、その鋭い太刀筋はユウキオーガ戦のそれより洗練されていた。

 ナックルローズが動き出す前に上手いこと剣の射程まで近寄れた歩は、まずは己の剣で先手を取れた事を確信する。


「なっ…」

「繋ぎが甘い、その程度では私は捕まえられない」


 片方の剣を水平に薙ぐことで左右への回避に対応し、もう片方の剣を縦に振り下ろすことで下方への回避に対応する。

 此処で相手が後ろに下がれがすかず追い詰めて、体勢が崩れている所に突きを放てばいい。

 ナイトブレイドの動き真似て学習させた剣閃のモーション、ほぼ間断なく振るわれる二振りの剣閃はお手本のような連撃であろう。

 しかし逆を言えばこの連撃は完全に同期している訳では無く、一振り目と二振り目との連携に僅かな綻びが有ることを意味していた。

 加えてこのモーションはナイトブレイドの動き模した物であり、伝説のチャンピオンを真似る者がこれまで幾人と居ただろうか。

 拳闘スタイルを使う葵に取ってもそれは見慣れた連撃であり、それに対する回避動作を既に身に付けていた。

 上半身を後ろに仰け反るスウェーバックで横薙ぎを回避し、すぐに状態を戻して数歩横にステップを踏むことで縦斬りを回避する。

 ナイトブレイドを参考にしたお手本のような歩の連撃に対して、葵もまたお手本のようにその連撃に対する一般的な回避パターンを披露して見せた。


「お返しよ、喰らいなさい!!」

「くっ…」

「"大丈夫、撫でられた程度よ! ダメージは殆ど無いわ!!"」


 そして剣を振り切って硬直した状態のワークホースに対して、すかさずナックルローズはその拳を叩きつける。

 威力より手数を重視した拳はワークホースを揺さぶり、相手のバランスを崩して転倒を狙ってきた。

 しかしそこはセミオート機構、その程度の揺さぶりでバランスを崩すことなく自動で機体の姿勢を安定させる。

 崩れた重心を立て直す脚さばきと片方の剣を杖代わりにした動作によって、ワークホースは難なく体勢をと整えることに成功した。

 それと同時にもう片方の剣で反撃に打って出ようとするが、その時には既にナックルローズはこちらの射程範囲内に逃げいた。

 あくまで相手の転倒を狙うだけの逃げ腰の軽い拳、監督である犬居の元に送られた機体状況にはワークホースの損傷は皆無である事を示していた。


「"くそっ、早すぎる。 どうします、映像で見るのと直でやり合うのでは全然感覚が違いますよ"」

「"まずは相手の動きに慣れなさい。 あんな手打ちの攻撃なんて幾ら受けても損害は殆ど出ないわ、セミオート機構ならあんたがどんなにヘボでも倒されることは無いわ"」

「"ヘボって…"」


 今日までに初代シューティングスターを筆頭とした拳闘スタイルの試合を何度も見て、拳闘スタイルの使い手と戦う際のシミュレーションをやってきた。

 しかし実際に対峙する二代目シューティングスターの動きは予想以上に早く、その変幻自在のステップに付いていけそうにない。

 歩の泣き言に対して監督の犬居は非常にも兎に角慣れろと無茶を要求してくる、確かに無茶だろうが何だろうがそうしなければ勝機は無いだろう。


「"どう、期待通りでしょう?"」

「"…私としては期待外れの方が良かったなー。

 とりあえず相手はまだお嬢様の動きに付いてこれていないから、慣れる前にさっさと片付けるのが一番かな"」

「"了解! さぁ、どんどん行くわよ!!"」


 一方、華麗に相手の攻撃をいなしてファーストヒットを与えた葵は、愛機の中で嬉しそうに笑みを浮かべていた。

 どんな手品を使ったか分からないが、競技用ブロスを持たない歩が乗るワーカーもどきは自分と同格の相手と言えた。

 久方ぶりに歩と歯応えのある戦いが出来ることに、葵は素直に喜びを顕にしていた。

 監督の猿野としては相手が弱いに越した事は無いので、葵とは対象的な憂鬱そうな表情を浮かべている。

 互いに相手の実力を察した最初の一合が終わったが、まだまだ歩と葵の両者の戦いは始まったばかりであった。











 先制攻撃を仕掛けようとしたワークホースの攻撃を見事に捌き、拳闘スタイルらしくカウンターでダウンを狙ってきたナックルローズ。

 しかしワークホースは崩れかけたバランスを見事に立て直し、フィールドでは互いに武器を構えながら相手の動きを伺う試合開始前と同じ状態に戻っていた。

 少々ワークホースが圧されているようであるが、ほぼ互角と言うべき巨人たちの戦いの始まりは掴みとしては十分であろう。


「ああ、何やっているのよ、そこまで行ったなら決めなさいよ!!」

「歩さーん、頑張れーーー!!」

「諦めるなー、まだやれるぞー」

「前みたいに相手を上手いこと倒せばいいんだ、こうやって…」


 試合開始前の宣言通り歩の応援係となった里奈は、己の声を振り絞って声援を送っている。

 その隣で佳代もまた手に汗を握りながら、父の面倒を見ていた機体の試合振りに夢中になっているようだ。

 試合に夢中になっているのは彼女たちだけでなく、街の住人たちも自分たちの街の代表と言うべきワークホースの事を応援していた。


「あの華麗なステップ、シューティングスターを思わせる動きだ。 二代目シューティングスター、名前負けしていないな」

「上手いこと捌かれたが、あの茶色の機体の剣捌きも中々だぞ。 これは目が離せないぞ…」

「ワークホース、あれが本当にワーカーもどきっていうなら、白馬システムはとんでもない代物を作ったようだな」


 ワークホースとナックローズの戦い振りは、スタジアムを訪れていたマスコミたちの注目を集めていた。

 二代目シューティングスターの名に相応しい葵・リクターとナックローズ、それを相手に曲りなりに戦えている歩のワークホース。

 ワークホースのセミオート機構の存在を広めたい白馬システムに取っては、望んだ通りの展開となっていた。






 ライセンス試験は公式ブロスファイトを運営するブロスファイト連盟が、受験者がブロスファイトの舞台に上がる資格があるか判定するための場である。

 そのため連盟に所属する連盟員たちがこの場に居るは当然であり、スタジアム内の貴賓席には今回のライセンス試験の結果を判定する者たちの姿があった。

 彼らの中には白馬システムに圧力を掛けていた黒柳も居り、他の連盟の人間と共にライセンス試験の模様を観戦していた。


「なっ…、今の動きは? あれは本当にワーカーもどきなのか?」

「噂は本当だったのか、白馬システムが競技用ブロスの解析に成功したのは…」

「否、あんな動きがワーカーもどきに出来る筈は無い。 あれは競技用ブロスに違いない…」


 彼らは事前情報としてワークホース、受験者である白馬システムチームが出した機体が公的にはブロスワーカーに属する機体である事を知らされていた。

 過去にもブロスユニットに作業用ブロスを搭載したワーカーもどきと言うべき機体がライセンス試験を受けた事があったため、また同じような馬鹿が現れた言うのが殆どの者たちの認識だったろう。

 しかしライセンス試験を開始して数分、連盟員たちの眼前で繰り広げられたワークホースとナックルローズの戦いはいい意味で彼らの度肝を抜いた。

 ワーカーもどきである筈のワークホースが、どういう訳か全うな競技用ブロスを登載しているナックルローズと同等の動きを見せたのだ。

 それは作業用ブロスを載せたワーカーもどきは、鈍重な動きしか出来ないと言う彼らの常識を覆す光景であり、誰もが唖然とした表情でワークホースの姿を見ていた。


「副理事長、これは…」

「…エディめ、やりおったな」


 常識外の存在と言うべきワークホースの存在に驚きを隠せない連盟員たちの中で、黒柳は見るからに狼狽した様子で貴賓室の奥に座る年配の男へと視線を向けた。

 副理事長、つまりはブロスファイト連盟の頂点に立つ代表理事に次ぐナンバー2のポジションの人物である。

 ナンバー2の地位に相応しい高級スーツを身に纏う男は、その白い物が目立つ髪や皺が見える姿から恐らく60歳程の年齢であろう。

 その役職や立ち位置から明らかにこの場で一番地位が高いと思われる男は、黒柳の戸惑いの声を無視しながら忌々しげにセミオート機構を開発した男の名前を口にしていた。

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