10-1. ライセンス試験 -vs ナックルローズ-
ライセンス試験の会場はブロスファイト専用のスタジアム、受験者たちはプロのブロス乗りたちと同じ舞台で己の腕を示すのだ。
公式のブロスファイトは少し前に今年度のシーズンチャンピオンが確定し、暫くは公式の試合が組まれないオフシーズンとなっている。
オフシーズンの時季に丁度空いたスタジアムを使用して行われるライセンス試験、これに受かれば来シーズンから大手を振ってブロスファイトに殴り込みという寸法だ。
ライセンス試験は公開試験でありスタジアムの観客席は開放されているが、流石に公式のブロスファイト戦のような賑わいは無い。
居るのはオフシーズンの時季でネタに困っているブロスファイト関係の記者たち、後は受験者の関係者が応援に来るのが精々であろう。
「へー、此処がスタジアムか…。 実際に見ると大きいなー」
「ねぇ、お母さん、ロボットさんは何処にいるの?」
「はい、白馬システムチームの応援席はこちらになりまーす」
そんなスタジアムの観客席の一角にはユウキオーガとの模擬試合の試合を見物に来ていた、白馬システムの拠点近くの町の住人の姿がちらほら見える。
どうやら地域好感度を上げるための策として、白馬システムの広報担当が町の住人たちにライセンス試験の見学ツアーを企画したようだ。
ラフな格好な目立つ住民たちの中にスーツ姿の男たちが数人見える、白馬システムの人間が慣れた感じで住人たちを指定の席に誘導しているらしい。
初めてスタジアムに訪れる人も居るのか住人たちは興味深そうに周囲を見渡し、和気藹々とした雰囲気を見せていた。
「いい、せーので声を出すからね!」
「里奈ちゃん、そんなに真剣にならなくても…。 これはあくまでただの試験で…」
「駄目よ。 私達の力で少しでも歩さんを後押ししてあげないと・・」
観客席には重野の娘である重野 佳代(しげの かよ)と、その友人である七森 里奈(ななもり りな)の姿があった。
歩が毎日の昼食としている特製弁当は、街の弁当屋ヘルシーセブンで作られている物である。
その弁当屋の一人娘である里奈は、何やら気合が入った様子で歩を応援しようとしていた。
彼女の予想以上の熱意に佳代は若干引いた様子を見せるがそんな友人の反応に気付く事無くなく、里奈は手製のハチマキまで用意して準備万端と言う感じである。
「里奈ちゃん、私のお父さんの機体に乗っているパイロットと知り合いなの?」
「当然よ、何しろ歩さんは私の家の常連さんなんだから! この前なんか店に来た時に私に挨拶してくれたのよ、何時も美味しい弁当ありがとうって、きゃぁぁぁっ!!」
「そ、そう…」
元々実家の弁当を愛食している歩への好感度は高かった里奈であるが、そこであのユウキオーガとの一戦を間近に観戦した事が彼女のハートに火を付けたらしい。
この年頃の子供は熱しやすい物であり、まだライセンスの無いプロ未満の白馬システムチームのファン一号が何時の間にか誕生していたようだ。
佳代としても父の所属するチームを応援するのは構わないが、友人ほど熱狂は出来ないのかその表情は若干困惑気味であった。
「くっくっく、普段のライセンス試験と比べて明らかにマスコミの数が多い。 二代目シューティングスターが試験に出ることも関係しているだろうが、家のワークホースにも興味津々のようだな。
よく見れば業界の人間の姿もちらほら見えるし、これはいい宣伝になるぞ」
街の住民たちのスペースから少し離れた場所に座っている男、白馬システムの営業職である伊沢はさり気なくスタジアムの観客席を見渡しながら内心でほくそ笑んでいた。
閑散しているように見えるスタジアムであるが、彼から見れば今日の客入りはライセンス試験として十分に賑わっていると言えるらしい。
普段のライセンス試験と異なっている理由の一つは二代目シューティングスターの存在であり、一つは我らがワークホースの存在にあった
この手の興行ではスターの存在が非常に重要であり、その候補とも言うべきかつてのヒーローの娘は注目すべき存在である。
そしてワークホースが搭載しているセミオート機構の存在は噂レベルで業界に広まっており、その真実を見定めるためにやってきた者が居るようだ。
営業としてはセミオート機構をアピールする絶好の機会であるライセンス試験に注目が集まるのは喜ばしい事であり、彼は宣伝的な意味では既に勝利を確信していた。
スタジアムの奥にあるチーム控室、試合直前のブロスユニットの最終調整なども行う必要がある関係でそこは予想以上に広い。
ブロスユニットの出入りを前提としているため通路や扉なども巨人サイズであり、此処がブロスファイトのために作られたスタジアムであることが実感できる。
一観客としては絶対に足を踏み入れられないスペースに、ブロスファイトファンなら此処に入れるだけでも垂涎モノだろう。
歩も最初は素直に幾多のプロが使った控室を使える事に感動を覚え、寺先や犬居なども同じように浮かれているようだった。
別のチームで働いていた事のある重野と福屋のサポートで表面上は平静を取り戻したが、内心では憧れのブロスファイトの世界に足を踏み入れた事に対して浮ついたような感覚を覚えていた。
しかしそんな歩たちの浮かれ気分は、彼らのオーナーであるエディ・白馬の爆弾発言によって既に吹き飛んでしまう。
「私達のチームは他より厳しい立場にありマス、恐らく明確な結果を、勝利を得られなければ我々にライセンスが与えられる事は無いでショウ」
「ど、どうしてですか!? ライセンス試験の基準は勝敗では無く…」
「ブロスファイト連盟の中には、所謂ワーカーもどきと言われている輩を排除しようという動きがあるのです」
ブロスファイト連盟から圧力を掛けられている事について、白馬は彼のチームに伝えるかどうかを寸前まで迷っていた。
真実が良い影響を与えるとは限らない、よりにもよってブロスファイト連盟から敵視されている真実など知っても余計なプレッシャーにしかならないだろう。
しかし真実を知らなければ彼らに取って今回の戦いは、最悪負けても構わないただのライセンス試験になってしまう。
勿論、歩たちは初めから負ける気は毛頭無いであろうが、負けても良い試合と勝つ以外に道が無い試合では自ずとその戦い振りは大きく変わって来る筈だ。
結局、白馬はチームのメンバーに真実を告げる事を決めたようだ。
「そんな、俺が勝たないとブロスファイトに出られないなんて…。 俺があの葵に…」
「歩…」
「後輩くん…」
白馬の話に一番衝撃を受けたのは、白馬システムチームの整備士兼パイロットである歩のようだ。
未だに己の在り方を定められない歩に取って、負けもいいライセンス試験は密かな拠り所であった。
例え今日、葵・リクターに勝てなくともそれなりの実力を見せればワークホースはブロスファイトの舞台へ上がれる。
そしてユウキオーガとやり合った手応えも有り、歩とワークホースは十分に合格ラインに達していると思われた。
兎に角、今日は葵に勝てなくてもライセンスを取れればいい、そのような後ろ向きな考えを持っていた歩に取って白馬オーナーの話は衝撃的であったようだ。
見るからに動揺した様子を見せる歩に、チームのメンバーは心配そうに彼らのパイロットの姿を見やる。
「…勝てばいいのよ、勝てば! 羽広くん、あなたは負ける積りで此処に来たの?」
「犬居さん…?」
「私はどっちにしろ負ける積りは無かったわよ、私の指揮するブロスユニットであの憎き猿野をギャフンと言わせるのよ!!」
「…そうだ、俺は勝つために今日まで頑張ったんだ。 やりましょう、俺たちで!!」
この状況で歩を元気づける役目になる人間と言えば、本命はチームの大黒柱である重野、対抗は頼れる先輩枠の福屋であろう。
しかし今日この場で歩に発破を掛けたのは、よりにもよって大穴と言っていい監督の犬居であった。
予想外の事態に弱く感情的になりやすい犬居である、普通であれば歩以上に動揺して甲高い声で悲鳴を上げそうな物であるが今日は一味違った。
どうやら教習所時代の因縁の相手である猿野への敵愾心が動揺を抑え込んだらしく、あの女に勝ちたいと言う極めて個人的な理由が彼女を発奮させていた。
そんな犬居の意外な激を受けた歩の脳裏に、この監督と共に積んできた対拳闘スタイルの訓練の日々が蘇る。
自分は内心に不安を覚えながらも葵に勝つために努力してきた、今日はその成果を見せて勝つだけでは無いか。
犬居によって正気を取り戻した歩はその勢いのまま犬居の手を握り、監督とパイロットは共に勝利を誓うのであった。
スタジアムの控室には二つの扉を備えている、一つは外から控室に入るための扉、一つは控室からスタジアムの中心へ向かうための通路である。
少し薄暗いブロスユニットサイズをゆっくりと歩いていく、一体の茶色の巨人ワークホース。
この控室から闘技場へを繋ぐ通路は、これまで幾多のプロのブロス乗りが通ってきた道である。
スタジアムが出来てから何十・何百もの巨人が通った通路の地面をよく見れば、薄っすらと巨人の足跡が残っていた。
この中にはブロスファイトの世界で伝説を残した名機の足跡もあるに違いなく、それにワークホースの足跡が新たに刻まれているのだ。
その事実に静かな高揚を覚えながら歩は通路を潜り抜けて、戦いの舞台であるスタジアムの中心へと辿り着く。
「今度は逃げなかったわね…、羽広 歩」
「今日はトコトン付き合ってやるよ、葵・リクター」
今日のスタジアムの構成は障害物が設置されないフィールドであり、歩と同じタイミングで舞台へと上がってきた赤い機体の存在にすぐ気付くことが出来た。
ナックルローズ、資料で何度も目に通した葵・リクターが駆る薔薇の機体である。
歩の知るかつての葵は薔薇のような如何にもな花は余り好まなそうだったのだが、あの機体を見る限り彼女の趣味は変わったのかもしれない。
教習所で葵・リクターと道を分ってから四年、人の趣味が変わるのには十分な時間であろう。
目の前に居るのはワーカー同士で一緒に訓練をしていた同輩の少女では無く、競技用ブロスを勝ち取った歩の遥か上を行く存在である。
互いに通信を繋げておらず相手の声は聞こえない筈なのに、彼らは相手が何を言っているかを何となく察することが出来た。
歩と葵、乗機をブロスワーカーからブロスユニットへ変えながら、彼らは四年振りに戦いの舞台へと立った。
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