7-3.


 正式にパイロットに任命された歩であるが、彼の本職が整備士である事は変わっていない。

 ライセンス試験に向けた訓練に励み、自分が酷使した機体の整備を自分で行うパイロットと整備士の二重生活。

 人間やり続ければ体も慣れてくるもので、歩はこのハードワークを無難にこなせる程度には今の生活に慣れていた。

 今も裏庭で訓練に励んでいるワークホースの動きには最初の頃のようなぎこちなさは見れず、それは歩の今日までの成長を示している。

 訓練中のワークホースは目の前に設置されたブロスサイズの人形、訓練用のターゲットに向けて手に持った剣を振るう。

 刃を潰したとは言えブロスサイズの巨大な質量を持つ剣戟に耐えうる特殊素材のターゲットは、鈍い音を立てながらその剣戟を受け止めていた。


「…これでラスト!!」

「"よし、これで今日の訓練メニューは終わりよ。 さっさと引き上げて訓練レポートを…"」


 本日の訓練メニューを全て消化した歩とワークホースに対して、訓練を監督していた犬井は機体をベース内のハンガーに戻すように命じた。

 何時もの流れであれば整備班がハンガーに戻された機体の整備に取り掛かり、歩はパイロット業務の一つであるレポート作成の作業に入る事になっていた。

 その後、レポートを急いで書き上げてから、他の整備班と合流して自らが動かしていた機体の整備作業に途中合流するのである。

 しかしどういう訳か今日の歩は機体をベースに戻そうとはせず、訓練用の剣を構えたままターゲットの前を離れない。


「すいません、最後に一つ試したいころがあるのですが…」

「…えっ?」


 あの模擬試合の時以来、歩の頭の中から白馬社長の言葉が離れることは無かった。

 全ての人間を受け入れる平凡な馬、ワークホース。

 それはブロスファイトに焦がれながらも、マニュアル免許という壁に阻まれた者にとっては夢のような存在である。

 歩はこのワークホースを、自分の夢を叶えてくれた相棒を少しでもブロスファイトの世界で活躍させてやりたかった。

 そのために歩は密かに福屋に協力を取り付け、セミオート機構と言うワークホースの特色を最大限に活用する強化プランを進めていた。

 そして今日初めは単なる思いつきでしか無かった歩の強化プランを、白馬システムチームのメンバーにお披露目する時がやってきたのだ。






 それは時間にすれば一分程度の事だったろう、しかしそれを見ていた者たちにはその何十倍もの時間を感じたと思われる。

 裏庭の訓練場には手からすっぽ抜けて地面に転がる二振りの模擬刀と、膝を付いて崩れ落ちている茶色の機体の姿。

 そしてワークホースの前には、あらゆる方向から抉られて原型を留めていないターゲットの姿が見えた。

 ブロス用に作られたターゲットは頑丈であり、一撃二撃程度ではこのような惨状には決してならない。

 一体どれだけの剣戟を加えれば、こうもターゲットは無残な姿にとなるのだろうか。

 訓練を見ていた犬井監督、見物をしていた整備班のメンバーは皆等しく呆気にとられた表情でワークホースの姿を眺めていた。


「"…今のは一体?”」

「"考えたんです、ワークホースの一番の武器はセミオート機構だ。 こいつを利用すれば、このくらいの無茶もできるんじゃ無いかと…"」

「"あのナイトブレイドのストームラッシュをセミオート機構で再現したの…"」


 かつてブロスファイトを制した伝説のチャンピオン、ナイトブレイドの代名詞と言うべき連続剣。

 まるで嵐の如き剣閃を潜り抜けられる物は誰も居らず、その連続剣はブロスファイトファンの間で"ストームラッシュ"と畏怖されていた。

 ブロスファイトに関わりを持つ人間であれが誰もが見たことが有るであろう伝説的な大技、それはこの茶色の鉄馬は今この場で模倣してみせた。

 当然であるがオートマ免許しか持っていない歩だけでは、天地がひっくり返ってもこのような芸当は不可能だろう。

 それどころかマニュアル免許を勝ち取った正規のプロでさえ、この技を再現できた者は伝説の初代チャンピオン以外に存在しないのだ。

 しかしワークホースの力が、本来であれば不可能である芸当を可能にすることが出来た。

 全て操縦者任せの既存の競技用ブロスとは違い、ワークホースが搭載するセミオート機構は経験を積むことで動作を効率化することが出来る。

 歩の操縦をサポートしより最適化した動作を学習していくワークホースに、歩は密かにあの連続技の一動作のみを記憶させていったのだ。

 一動作だけであれば今の歩とワークホースであれば再現は可能であり、歩はこつこつと連続技に必要なモーションデータを積み上げていった。


「ふふふ、ようやくお披露目ね。 ねぇ、秘密にしていた方が受けがいいでしょう、後輩くん」


 そしてワークホースが蓄積したデータをつなぎ合わせて、ナイトブレイドの大技を再現するには歩一人の力では不可能であった。

 ソフトウェアの技術に精通し、ワークホースのデータを触ることが出来る人間の協力が必要だったのだ。

 何だかんだでこういう悪巧みが大好きだった協力者の先輩は、皆の驚き顔を横目に一人悦に入っていた。


「"凄いぞ、これがあればどんな相手でも楽勝だ!"」

「"こら、勝手に通信に入ってくるな! まあその技の有用性は認めるわ。 これさえあれば試験は余裕で…"」


 伝説のチャンピオンの大技、それを再現してみせた歩に対してチームメイトの反応は好意的であった。

 寺崎は通信に割り込みながら歩を褒め称え、犬居も自分の指揮する機体が手に入れた新たな武器の存在に喜びを見せていた。

 この技があればライセンス試験も行ける、ブロスファイトの世界でもやっていける。

 しかし彼らの喜びに水を差すように、白馬システムチームの要とも言える整備班リーダーが通信を入れてきた。


「"馬鹿野郎!! てめー、何勝手なことをやっているんだ!!"」

「"重野リーダー!? これは…"」

「"言い訳をする前に、テメーの目で機体の状況を見てみろ"」


 突然の重野からの怒声に身を竦ませる歩、やはり無断でこのような事をしてまずかったのかと思いすぐに謝罪の言葉を口にしようとする。

 しかし歩の謝罪を遮り重野は今まで見たことのない程怒りながら、歩に機体の状態を見るように指示してきた。

 重野の指示に疑問を抱きながら、歩は素直に操縦席の端末を操作して自身が乗っているワークホースの情報を開示した。


「"…あっ!!"」

「"おいおい、特に関節部が殆どイカれているじゃねぇか!"」

「"わかったか、お前がやったのはナイトブレイドの連続技じゃない。 その猿真似でしか無いんだよ!!"」


 歩は操縦席内に投影された機体状況、全身が真っ赤に染まったワークホースの哀れな姿を目の当たりにする。

 機体のダメージ状況を視覚的に表す機能が、ワークホースの全身に多大な負荷がかかり修理が必要であることを知らせていた。

 これはある程度は機体に負担が掛かる技ではあると思っていたが、この悲惨な被害状況は歩に取って完全に予想外である。

 確かにナイトブレイドのストームラッシュは負担が大きく、かつてのナイトブレイドも試合は一度でしか使えない切り札としていた。

 しかし試合でこれを出した後でもナイトブレイドの機体は十分に戦闘に耐えられており、少なくとも今のワークホースのような大ダメージは負っていなかった筈だ。


「あの技は傍から見れば単に剣を振り回しているだけだが、その実機体のダメージを最小限に抑えるために都度調整を行いながらやっている技だ。

 それに対してお前のそれは単に力回せに振り回しているだけ、機体の状況に差が出るのは当然だろう」

「あっ…」


 驚くべきことにかつてのナイトブレイドは機体の現在の状況を確認し、それに合わせて調整をしながらあの技を繰り出していたのだ。

 歩と違い全てが操縦者任せのブロスユニットで、ナイトブレイドは己の経験と勘だけで機体の負荷を最小限に抑えながらあれを繰り出していた。

 それに対して歩のそれはワークホースに覚えさせた動作は単に繰り返すだけの代物であり、ワークホースがどんな状況であろうとも変わることは無い。

 記録映像を見るだけでは読み取る事が出来ない曲芸的と言うべき繊細な操縦、これがストームラッシュと呼ばれている技を実戦で行うための肝なのである。


「確かに機体の負荷が大きのは確かです。 しかしこの技は使えます、最後の切り札として…」

「ブロスユニットが試合中に受ける負荷は、こんな訓練とは比べ物にならない程に大きい。 訓練程度の負荷しか掛かっていない万全に近い今のワークホースでこの有様なんだ。

 試合で消耗した状態で同じことをやったら、下手すれば機体がバラバラになるぞ!!」


 実はナイトブレイドのストームラッシュを再現するだけなら、腕利きのブロス乗りであれば不可能では無かった。

 しかしそれは歩と同じ機体状況を無視してただ同じ動作を再現させる物であり、機体にかかる負荷も大きい。

 ブロスファイトに参入した直後の若手なら兎も角、ある程度の経験を積んだ者であればこの負荷がブロスユニットにとって致命的な物であると認識するだろう。

 そのため実戦でこの技を使うものはナイトブレイド以降存在しなくなり、これが幻の技となったのである。


「"お前はパイロットの前に整備士だ! 機体を痛めつけるだけの技をやって喜んでいるじゃねぇ!!"

 "罰として今日の機体の整備はお前一人でやれ!!"」

「"はい…"」


 22世紀の技術によって大半が自動化されているとは言え、巨大なブロスユニットの整備を一人でやるのは難しい。

 この機体の状態だと大半の部品は交換になることは明らかであり、徹夜をしても作業が終わるかは分からないだろう。

 しかし整備に携わる人間でありながら、機体の負荷のことを完全に見逃していた自分が悪いのだと歩は力ない声で重野の指示にうなずいた。


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