7-2.


 現代の空を見上げてみれば、機械鳥たちが上空を飛び回っている姿がよく見えるだろう。

 前世紀で検討されていたドローンよる輸送網は今世紀は既に実現しており、機械鳥たちは自動で指定された宛先へと荷物を運ぶのである。

 今日もまた白馬システムのベースへと荷物を運ぶ、一体の機械鳥の姿がそこにあった。

 機械鳥はベース側が定められた規定位置に抱えた荷物を置き、ベース側の管理システムが関係者のデバイスに荷物の到着を告げる。


「おーい、歩。 お前の飯が来たぞ」

「おお、もうそんな時間か…」


 機械鳥が運んで来たのは歩の今日の昼食である、近所の弁当屋で作られた出来たての特製弁当である。

 この弁当車は事前に予約を入れていれば、ドローンによる弁当の輸送をサービスで行ってくれるのだ

 既にドローンによる輸送網が一般化している現代に取って、このような輸送サービスは決して珍しい物では無かった。

 ドローンが運んだ弁当を回収してくれた寺崎を通して、歩はまだ暖かさを感じる今日の昼食を受け取る。


「後輩くん、先に行っているわよ」

「あ、、俺もすぐに行きます。 ありがとうな、弁当を受け取っておいてくれて…」

「お、おう…」


 時は昼休憩時間、少し前であれば寺崎たち整備班は一緒に休憩室に集まって昼食を取っていた物である。

 しかし歩と福屋は休憩室に向かうことは無く、そのまま電算室と呼ばれる部屋へと入っていった。

 電算室とはワークホースのソフトを弄る時に使用する、高性能の電子計算機が置かれている部屋だ。

 ソフトの専門家である福屋は事実上の部屋の主と行ってよく、よく彼女はあの部屋に籠もってワークホースのソフトのアップデートを行っていた。

 寺崎風に言うなら訓練で集めた経験値を使って、ワークホースのレベル上げをしているのだ。

 福屋が昼の休憩時間も自分の城から出て来ない事も時にはあった、しかし最近はどういう訳か彼女は歩と共にその部屋に籠もるようになっていた。






 整備班の仲間である歩と福屋が電算室に行き、上司の重野は元々寺崎たちとは別に昼食を取るのが習慣化している。

 福屋が言うにはこれは、休憩時間まで上司と一緒に居ては気が休まらないだろうと言う重野の気遣いらしい。

 つまり現状は整備班メンバーが寺崎以外誰も居なくなり、必然的に彼は孤立してしまっていた。


「やっぱり出来ちゃったのかなー、福屋先輩と歩の奴? 二人で一緒に食事なんて、熱々だよなー」

「そんな風には見えないけど…」


 そんな寺崎が食事中に絡める人間は、白馬システムチームの監督様である犬居しか居なかった。

 寂しさを紛らわせるように寺崎は犬居に対して話しかける、当然話題はこの場に居ない同僚たちの事だ。

 ある日を堺に男と女が一緒に食事を取るようになった、その行動だけ見ればカップル成立を疑ってもいいかもしれない。

 しかし女性の視点から見れば歩と福屋の間にそのような浮いた空気は感じられず、犬居は寺崎の推測には否定的な立場を取っていた。


「まあ、まだそこまで行ってないかもしれないけど、少なくとも二人でコソコソしているのは確かなんだ。

 あーあ、やっぱり同年代だと話が合うのかなー、俺だけハブりやがって…」

「二年くらいの差なんて誤差でしょう」


 教習所は大学教育に相当する施設であり、各科コースに関わらず基本的に四年制である。

 ストレートで整備士コースを卒業した寺崎と、パイロットコースで二年過ごした後に整備士コースに転科して改めて四年勉強した歩は同期であるが年齢的に二年の差があった。

 一方の福屋は前に重野と同じチームで二年程過ごした後、このチームに入ったらしいので恐らく歩とほぼ同年代なのだろう。

 年も近い同じ職場の男女が同僚以上の関係になる、それは世間から見ればそんなに珍しいことでは無いかもしれない。

 同じ整備班メンバーにも関わらず自分を差し置いて二人で仲良くしている同僚たちに、寺崎は若干僻みを感じているようだ。


「ああ、監督さんも二年就職浪人しているから、あの二人と同世代になるか…」

「浪人した時の話は止めろ」

「…すいません」


 年齢で言えば犬居も教習所の監督コースを卒業後、二年の就職活動を経てこのチームに入っていた。

 その就職浪人時代の事を犬居は結構気にしているらしく、寺崎がその話題を降った途端に低い声で遮る。

 色々な物が込められた風の犬居の圧力に屈した寺崎の口からは、自然と謝罪の言葉が出ていた。

 そこで話が途切れてしまい、無言となった休憩室内で昼食の咀嚼音のみが響いていた。






 無言の空気を誤魔化すように昼食のコンビニ弁当に集中していた寺崎だったが、食事に集中した結果早食いしてしまい弁当は既に空である。

 休憩室に歩たちが戻ってくる気配は全く無く、まだ休憩時間はそれなりに残っていた。

 このまま押し黙っていても仕方ないと意を決した寺崎は、以前から疑問に思っていた話題を犬居に振る。


「…そ、そういえば前に重野さんが呼ばれていたあれ、"パイロット殺し"って何だろうな?」

「それってあの模擬試合の時の…」

「そうそう、福屋先輩が偉い剣幕で怒った奴。 あの様子から見て何かあるんだろうけど、流石に先輩には直接聞けないからなー」


 "パイロット殺し"、模擬試合のために呼ばれたプロのブロス乗りである佑樹が重野に対して言い放った言葉である。

 その直後の重野や福屋の反応を見れば、少なくともあの二人とってその言葉は良からぬ意味を持っているのは察せられた。

 しかしあの時の福屋の反応からその言葉は禁句であることは明確であり、彼女が居る前では決してその話題を出すことは出来ない。

 そのため福屋が居ないこの機会に、寺崎は犬居に対して心当たりが無いか聞いてみたらしい。


「…私も気になって少し調べたの、そしたらこんな話が見つかったわ。

 整備ミスでパイロットを殺しかけた整備士が居るって噂をね…」

「はぁ、整備ミス? 重野さんにそれは無いよ。

 何しろあの人は、俺が生まれる前からブロスユニットに関わっていた人だぞ」


 あの場に居た犬居も"パイロット殺し"が気になったらしく、密かに調べていたらしい。

 しかし犬居の調べたというその話は、重野の下で整備士をしている寺崎には受け入れられない物であった。

 ブロスユニットが誕生してから、ブロスファイトと言う公式競技が成立するまで10年以上の時を要していた

 その舞台が出来るまでブロスユニットを操る酔狂者は、野試合で腕を競い合ったらしい。

 そして重野はその時代からブロスユニットの整備を行っていたらしく、その経験を含めれば実務二十年以上の超ベテランなのだ。

 そんな重野がよりにもよって、パイロットを殺すような整備ミスをする筈は無いと寺崎は断言できた。


「私も信じられないわよ。 けど、あの時の反応からして何かあったのは事実でしょう?」

「整備ミス、重野さんが…」


 犬居自身も自分が調べた話が信じられないようだが、事実として重野には"パイロット殺し"と言われるだけの何かが有るのも確かだ。

 比較的若いメンバーが揃っている白馬システムチームにおいて、ベテランの重野の立場は整備班リーダーの地位に留まらず言うなればチームの要である。

 頼れる整備班リーダーの予想外の過去、その一端を垣間見た寺崎たちの口は再び噤まれてしまった。











 同僚の残して電算室に籠もる歩と福屋であるが、当然のように二人の間に寺崎が勘ぐるような甘い空気は存在しなかった。

 手早く昼食を済ませて電算室内に複数設置されたディスプレイを覗き込む歩たち、そこにはワークホースの稼働データとかつてのナイトブレイドの勇姿が同時に映し出されている。

 ちなみに今世紀では空中に立体投影の映像技術は普通に実現しているが、歩たちが使うそれは世紀のそれと変わらない二次元ディスプレイである。

 立体投影は二次元ディスプレイと比べて電力を大きく消費するため、エコを考慮して二次元ディスプレイを使用する企業は少なくなかった。


「必要な稼働データはこれで集まったわ。 後は私の仕事ね…。 ふっふっふ、来週くらいにはこれをお披露目出来るわよ」

「お披露目はいいんですけど、そもそもこの件を秘密にする意味は無かったんじゃ…。 せめて重野リーダーには報告しておいた方が…」

「いいのよ、こういうのはサプライズに限るのよ。 みんな、驚くわよー」


 歩と福屋がコソコソしている理由、それは少し前に歩が提案したワークホースの強化プランのための活動であった。

 福屋はこの強化プランで皆をあっと言わせたいらしく、わざわざ他のチームメンバーに隠れながら歩たちはこれを進めているのである。

 別に歩としては強化プランの事を秘密にするつもりは無かったので、協力者である福屋の機嫌を損ねる訳にも行かず付き合ざるを得なかった。

 これをお披露目した時の皆の驚きの顔が思い浮かんでいるのか、福屋は楽しそうに笑いながらカタカタとタイピングを行っている。


「あ、このモーションはこっちのと繋げればいいわよね?」

「ちょっと待ってください、ナイトブレイドの動きを見るとこっちの方が…」

「ああ、ナイトブレイドの方は二次元じゃ分かりにくい。 三次元で出すからそっちで…」


 ブロスファイトの公式戦の映像は全て記録されており、然るべき手続きを踏めばライブラリからその映像は呼び出せる。

 初代チャンピオンでありブロスファイトの黎明期の歴史を築き上げたナイトブレイド、その操縦技術は今見ても鳥肌モノだ。

 競技用ブロスは白馬システムがセミオート機構を作り出すまで誰も弄ることが出来ず、その劣悪な操縦性は過去から全く変わっていない。

 映像に映し出されいるかつてのナイトブレイド、二振りの剣を縦横無尽に振るうその技術は完全にパイロットの技量頼みなのである。

 この剣捌きは今の時代でも真似できるものは居らず、ナイトブレイドの代名詞ともいえる大技であった。

 パイロットの高齢化によって歩が教習所に入った頃に廃業を決めたナイトブレイド、もうその卓越した技術は記録映像の中にしか存在しない。

 どうやら歩と福屋は強化プランと言う奴のために、ナイトブレイドの記録映像とワークホースの稼働データから何かを作り出そうとしているらしい。


「あ…。 っ、すいません!?」

「…ん、何がよ?」


 ディスプレイに覗き込む歩と福屋の顔は知らず知らずの内にに近くなっており、傍からそれを見る者が居たら二人の関係を誤解する程に近い距離感であった。

 すぐ近くに先輩の顔があることに今更気づいた歩は、慌てて体ごと横へ移動して福屋から距離を開ける。

 一方の福屋は後輩の行動の意味が解らなかったらしく、訝しげに一瞬だけ歩の方を見た後にディスプレイへと視線を戻した。

 歩たちと同じ作業着を着こなし、整備士としての仕事の邪魔にならないよう髪を三つ編みまとめ、若干目の下に隈を作ったその顔には殆ど化粧っ気が見られない。

 しかし間近で見た福屋の顔は確かに整っており、恐らく少し着飾れば人目を引く美しい女性になるだろう。

 今更ながら美人の先輩と同じ部屋に二人っきりになっている事に気づいた歩は、これまでより若干距離を開けながら恐る恐るディスプレイを覗き込むのだった。


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