ブロスファイト

@yamaki_ky

第一部. 整備士と使役馬

0. 夢の始まり



 "Biped walking Robot"、直訳で二足歩行ロボットを意味する言葉である。

 人が巨大二足歩行ロボットと言う存在に憧れを抱いたのは、何時の時代からだろうが。

 小難しい道理や理屈など知ったことだとばかりに、愛と正義とご都合主義で悪を滅ぼすスーパーロボット。

 人間同士の戦争や人外との生存競争において、高級な鉄の棺桶として人々を戦場へ送り出すリアルロボット

 何時の間にかこの世界で市民権を得たロボットたちは、様々な形で急速に進化を遂げていく。

 しかしそれは全て架空のお話であり、非常に残念なことに現実の世界で二足歩行ロボットは存在しなかった。


「少し考えれば分かるだろう? 巨大な二足歩行ロボットなどは、この世界には不要なんだよ…」


 巨大ロボットに憧れる馬鹿に対して、ある知識人はもっともらしくこう述べた。

 現実に巨大ロボットが戦場に出たら格好の的でしか無く、アニメのように既存兵器を相手に無双などは土台不可能だ。

 それでは戦場では無く、工事現場などで使用する作業用機械としてならばどうであろうか。

 残念ながら巨大な人形機械を必要とする場面を探す方が難しいだろう、日常においても巨大ロボットをわざわざ用意する必要性は見出だせない。

 この空虚で詰まらない常識に支配された現実世界において、巨大な二足歩行ロボットなどは無用の長物でしか無いのだ。


「そんな事は知った事か! 理由なんか要らない、俺ははただ二足歩行ロボットに乗りたいんだ!!」


 しかしそんな知識人の小難しい理屈は、馬鹿には通用しなかった。

 幼き頃に巨大ロボットに憧れた者たちは、ただただ純粋に自分が巨大ロボットを操る己の姿を夢見ていた。

 そんな子供の頃の夢を忘れない酔狂な大人たちは、何時の時代にも一定数存在したのだ。






 今から少し先の未来、空想の世界であの青い猫型なロボットが誕生した世紀である。

 残念ながら現実にあの猫型ロボットは誕生しなかったが、今世紀のそれとは比較にならない程に工学技術が発達していた。

 夢に時代が追い付いた事により、少なくともハード面においては、巨大二足歩行ロボットを作り出すハードルは下がった。

 問題はソフト面である、巨大な二足歩行ロボットを制御するためのオペレーティング・システムが存在しなかった。

 巨大なロボットを操縦者の自由自在に動かす、それは言葉にすれば簡単であるが実現には極めて難しい課題であった。

 しかし子供の心を持ち続ける大人たちは諦める事無く、やがて彼らは不可能を可能としてしまった。


「…出来たぞ、俺は巨大ロボットを現実にしたんだぁぁぁっ!!」


 BROS(Biped walking Robot Operating System)、通称ブロスと呼称される画期的な二足歩行ロボット専用のOSが産み出されたのだ

 此処に純粋な子供たちと、子供の心を持ち続けた大人たちの夢が実現した。

 BROSを搭載したニ足歩行ロボット、"ブロスユニット"と呼ばれる壮大な無用の長物が世界に産声を上げたのである。











 青々と茂る緑はこの日のためだけに用意された模造品である筈なのに、本物さながらのその風景から森の香りすら漂いそうである。

 そんな木々が生い茂る広大なフィールド上で、対峙する赤色と青色の20メートル近いの巨大な影はあった。

 青色の巨人は両手で構えた二刀の剣を十字に構え、赤色の巨人は拳を握りしめた両腕をハの字に構える所謂ファイティングポーズを取っている。

 よく見れば赤色の強靭の拳は青色のそれより一回り大きくなっており、恐らく拳を保護する巨人サイズのグローブという奴なのだろう。

 そして一瞬の静止の後、呼吸を合わせたかのように青と赤の巨人が同時に動き出した。


「…さて、どう出るかな?」

「地形を利用して懐に入れば…」


 密林フィールド、障害物が多いこの地形ではブロスユニットの動きは大きく制限される。

 ブロスユニットの出力であれば木々の模造物を薙ぎ払うのは容易であるが、それは相手に少なくない隙を与えることになるだろう。

 しかし常に周囲に気を配って障害物を意識しながら立ち回る二体の動きには淀みは無く、その動き一つで彼らがプロフェッショナルである事が理解できた。

 特にアウトボクシングの如く常に青色の周囲で華麗なステップを踏む赤色の巨人は、あれだけの動きをしながら木と言う障害物に一度もぶつかっていない。

 剣と拳が真っ向からやり合うのは分が悪いのか、赤色の巨人は決して数秒以上は青色の正面へと居座らなかった。

 青の巨人の剣舞をステップでやり過ごし、時には両の拳で的確に弾きながらやり過ごしていく。

 勿論、逃げているだけでは無く、赤色の速度を優先したジャブが青色の巨人の体を何度も揺らす。

 しかし青色の巨人はその程度では全く動じることなく、蝶のように舞う赤色の巨人に目掛けて剣を振るい続ける。


「早いな、流石はシューティングスターと言う所か…」

「障害物が多いこのステージで、長物の武器は振るい難いだろう。 手数は小回りの効くこちらが有利だ、貰うぞ!!」


 これが人間同士の戦いであれば赤色の蜂の一差しは、急所にさえ当たれば有効打になるだろう。

 しかしこの戦いはブロスユニットと呼ばれる、人非ざる機械と機械の争いである。

 残念ながら急所などは存在しないブロスユニットに拳を数度当てた程度で、世界最新の巨人は小揺るぎもしないのだ。

 その事を理解しているのかしていないのか、赤の巨人は足を止めることなく青色に拳を振るい続けていた。

 剣と拳の異種格闘技戦は時間を経る事に激しさを増し、巨人サイズの剣と拳がぶつかり合う衝撃音は周囲に激しく響いていた。











 彼の父がその場所に連れて行ってくれた経緯は忘れてしまったが、その場所で見た光景を彼は今でも鮮明に思い出すことが出来る。

 ブロスファイト、巨大二足歩行ロボットによる競技試合。

 彼が生まれるより少し前に誕生したブロスユニットを使用したブロスファイトは、一部の熱狂的なファンの後押しを受けて瞬く間に世界へ普及していた。

 しかし当時の彼はブロスファイトに余り興味を持っておらず、父親に連れられて仕方なく来ているのが正直な感想だった。

 全長20メートル近い巨大な人形同士の戦いは、バーチャルによって作りだされた架空の世界ではそれは大して珍しい物でも無い。

 究極的に何でもあり仮想世界が身近に存在していた彼には、ブロスファイトなどは陳腐な見世物でしか無かったのだ。


「いけぇぇぇ!!」

「"やれー、チャンプ!!"」

「…凄い」


 しかし所詮バーチャルはバーチャルだった、実際の目で耳で肌で感じる巨人と巨人の戦いは幼い心を激しく揺さぶった。

 ブロスファイトのために建設された専用スタジアム、観客の安全を重視した観客席で彼は目を輝かせながらブロスファイトを観戦していた。

 彼だけでなく観客席にぎっしりと詰まっている観客たちも、中継を通して遠隔地でリアルタイムに試合を観戦している者たちをも魅了している。

 人間さながらの動きで巨人たちは密林の中を駆け回り、赤色と青色の巨人が幾度も無くぶつかり合っていく。

 巨人サイズの攻防、その一挙手一投足だけで彼を含む観客は度肝を抜かれ続けていった。






 彼の胸の中が此処まで熱くなったのは、一体何時ぶりだろうか。

 バーチャル世界が身近になった現在、あらゆる娯楽はバーチャル空間を通して体験することが出来た。

 まだ少年でしか無い彼も既に過剰供給される娯楽と言う毒にどっぷりと浸かっており、何時の間にその娯楽に飽きを感じるようになっていたのだ。

 ただ惰性のままにバーチャル世界に入り浸る彼には、世界は灰色に染まっていた。

 そして最早バーチャル世界では与えてくれない熱を、彼は巨人通しの戦いで久方ぶりに見出していた。


「…ばれ、頑張れぇぇぇぇ!!」


 周囲の熱狂に圧されるように彼は、何時の間にか腹の底から声援を上げていた。

 対戦するどちらかを応戦したのでは無い、強いて言うならば赤色と青色の機体の両方に対するエールだった。

 自分を此処まで熱くさせてくれた恩人たちに大して、彼は心からの感謝の言葉を伝えたかったのだ。

 彼を含めた観客たちの声援に応えるように、赤と青の巨人の戦いが終局を迎えようとしていた。

 そして彼は決意していた、何時か自分もあのロボットに乗り、あのブロスバトルの舞台に立つのだと…。

 こうして此処に巨大ロボットに憧れる、1人の馬鹿が誕生したのである。










 久方ぶりに夢を見ていた。

 確かの小学生の時か、自分が初めてブロスファイトの戦いを間近で見たのは…。

 あれから10年ほどの月日が経ち、少年であった彼は青年と言える程に成長していた。

 手足が伸び切った体は既に父の背を追い越しており、その丸みを帯びた顔立ちは僅かに少年時代の面影を残している。

 元々巻き毛気味の髪は寝癖との相乗効果で歪に盛り上がっており、何となしに頭に手を伸ばしながら手で髪を抑えつけていた。

 あの日あの時にブロスユニットと言う存在に心を奪われた青年、羽広 歩(はびろ あゆむ)は過去の記憶を蘇らせながら淋しげに微笑む。


「ごめんな、ブロスユニットに乗れなくて…」


 過去の自分への謝罪、ブロスユニット乗りになれなかった現在の歩は自らの不甲斐なさを嘆いた。



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