ずっと忘れないから。
宇部 松清
◆章灯の回想1
俺の実家には『グー太』という名前のパグ犬がいる。
俺も姉ももう随分前に実家を出てしまっているから、両親はそのグー太を我が子のように可愛がっている。といっても、グー太が家にやって来たのは俺が16歳の頃だったから、いまはもう結構な年のじいちゃんなんだけどさ。
でも、そのグー太の前にも、実はもう1匹犬を飼っていた。
その犬もパグだ。
パグが特別好きというわけじゃない。
たまたま両親が最初に出会ったのがパグで、次に出会ったのもパグだった、というだけだ。
その犬の名前は『ゲンさん』。
ゲンさんは俺が産まれる前、いや、2つ上の姉が産まれる前から家にいた。だから、ゲンさんは俺達の『兄』のようなものだった。
ゲンさんの本当の名前は『
俺が物心ついた時には既に結構良い年だったらしい。
らしいというのは、両親もよくわからないからだそうだ。捨てられているのを拾ったのだという。何歳かはわからないが、とりあえず、子犬、と呼べるような大きさではなく、成犬だろうと思われた。
捨て犬自体もいまの時代まぁ珍しいが、ペットショップで買うような犬種が捨てられているのを見て、両親達は我が目を疑った。もしや質の悪いいたずらではないかと思ったらしい。飼い主のいたずら、というよりは、例えばいじめなどの可能性が浮かんだのだとか。その当時、どこかの中学校で、そういう、本人ではなくてペットに危害を加えるような、かなり陰湿ないじめがあったのだという。
だから、保護をする目的で、そのパグ――後のゲンさんを家に連れて帰った。もしかしたら飼い主さんが戻って来たり、探しに来たりするかもしれないと思い、父は後から、その電柱に店の電話番号を書いた紙を貼りに行ったのだという。ウチは小さな釣具店をやっているから、店の前にもポスターを貼ったし、お客さんにも心当たりはないか聞きまくった。
繋がれていたとはいっても、それは散歩用のリードなんかじゃなかった。ホームセンターで買えるような、真っ白いロープで、先端は切りっぱなし。それを首に巻いて。ゲンさんは電柱の下で、諦めたようにうずくまっていた。
いつかきっと飼い主から連絡が来る。
両親はそう思いながらゲンさんを世話した。動物病院にも連れて行ったし、散歩にも毎日行った。そのコースはその電柱の近くをぐるっと回るようにした。飼い主の目に留まると思ったからだ。
けれど、1年経った時点で諦めた。
きっと、飼い主は亡くなったのだ。
そう思うことにした。
飽きただとか、引っ越すからだとか、そんなのは人間の都合だ。
でも、亡くなってしまったのなら、仕方がない。その人はきっと、自分達にこの子を託して旅立ったのだと、無理やりそう思うことにしたのだという。
ゲンさんが山海家にやって来たその日、9月7日が彼の誕生日ということになった。
それから数年経って姉が産まれ、その2年後に俺が産まれた。
こうして山海家は5人家族になったのだ。
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