第三話 ~Love―Every―Destiny~1/3

 日本マ○クロソフト得分利オフィス。そこはエブリパーティのこうみんかんネットワーク管理を専門とする特別部署である。

 国内だけでも休日には同時接続一千万人を超える負荷に対応すべく平時から24時間体制で業務が行われる得分利区きっての不夜城だ。

 現在この場所では二つの大きな問題が発生していた。

 一つが、数週間前から発生している謎のサーバー不良。

 回線が繋がりにくい。何故か部屋が見つからない。ゲームが始まってもラグがある。いきなりフリーズする等の苦情が日本中のエブリパリストから寄せられ、この数週間の調査でも原因が判明せず、サーバーを交換しても症状が改善しないオカルトめいた不具合に全社員が休日返上で対応する事態となっていた。

 そしてもう一つの問題は――。



 日本○イクロソフト得分利オフィスのエントランス。

 ガラス張りの壁面と吹き抜けを利用し広々と演出された空間には来客を出迎えるように360インチサイズの超巨大エブリパーティイラストボードやT○KIO各メンバーのサイン入り等身大パネルやをはじめとするオフィス開設記念に寄贈された貴重な品々が飾られている。

 昼間は外からの光と相まってまばゆいばかりの明るさを誇るこの場所も、深夜3時となると逆にだだっ広い環境にいくつかの非常灯の明りが付いただけのいかにも何か出そうな妖しい空間へと変貌する。

 そんな暗くおどろおどろしい雰囲気を醸し出す不夜城の入り口をふらふらと歩く男がいた。

 彼はこのオフィスに勤める社員の一人。デスマーチの現場に追われ徹夜で泊まり込み、翌日の深夜3時を回りようやっと一端帰宅するめどが付いたのだ。

 久しぶりにまともな寝床で寝られるという喜びだけを頼りに意識を保つ男。しかしそんな彼のすぐ後ろから、何者かの問いかけが響いた。

「ちょっと……よろしいでしょうか……?」

 言葉に反射的に振り返る男。その動作と平行するように、この場に自分以外の人物が居るはずないという思考が頭をよぎる。

 だが彼の向いた先には、確かに人影がたたずんでいた。

 目元を完全に覆うほど長い前髪に隠れまったく表情が見えない男。その手には酒瓶のような物が握られていた。

「白雪いいところしりとり……しましょう……」

 その瞬間、半分寝ていた社員の意識が完全に覚醒した。


 今この日本○イクロソフト得分利オフィスでは二つの問題が発生していた。

 一つが原因不明のサーバー不良。そしてもう一つが、謎の連続昏睡事件である。

 この数週間で5人を超える社員が深夜に昏睡状態で発見される事件が発生していた。

 現場に遭遇した者の証言では、『暗闇で突然顔が見えない男に同僚が問いかけられ、それからすぐに同僚が意識を失い、男は姿を消した』という。

 ちょうど、いまこの瞬間のように――。



「つよくぅ~ん……ねむいよぉ~……」

「頑張ってえりちゃん! 怪しい神力の出所はここで間違いないから――」

 同時刻のエントランス入り口。そこにエブリパーティのキャラクター達の刺繍が入ったパジャマを着て何度も目元をこする少女が黒くて丸い生物に引っ張られるようにして立っていた。

 言うまでもなく魔法エブリパ少女、里見エブリ子である。

 そして今にも寝落ちしそうな少女が建物のなかに入ると、その先から物が倒れるような音が響き渡った。

 暗闇に目をこらすと、前方に前髪で顔の隠れた男と、その足下に倒れた人影が目に入る。

「ダメ……ダメです……貴方には『にいさま』の資格はない……」

 何事かを呟く顔の見えない男の姿を認め、つよくんが言葉を失う。

「……まさかそんな、この世界にきみが居るはずが……!?」

「つよく……Zzz」

「えりちゃん! 変身するんだ! 早く!」

「あにゅっ!?」

 寝落ちしたエブリ子の側頭部に体当たりし無理矢理目を覚まさせるつよくん。そのまま少女に身に付けさせていたポーチからXbox360専用メモリーユニット(64MB)を取り出しその手に握らせる。



「クロス――ハイデフィニション!」

 言葉と共にXbox360専用メモリーユニット(64MB)を握る手を掲げたエブリ子の身体をCMの最後にXbox360ロゴが表示される時に似た渦巻くように広がる幾本もの緑色の光が包み、その光のなかに着ていた衣服が溶けていく。

 そしてT○KIOの『D○!Do!Do!』――2007年夏からXbox360のCMソングで使用された宇宙で最も有名な歌のテンポに乗せて宙に浮いた少女の小さくも柔らかいマイクロソフトなボディに新たな衣装がキュリン☆キュリン☆とSE付きで実体化していき、大きくボリュームを増した後ろ髪がXbox360専用メモリーユニット(64MB)を髪留めにまとめられる。

 シルバーホワイトの衣装にライトグリーンのボニーテールが揺れるXbox360のイメージカラー通りのシルエットの完成と同時、少女のポーチから飛び出したXbox360ワイヤレスコントローラーが分解され少女の背と同じ長さのメカニカルな杖の形に再構成される。その先端にXboxガイドシイタケボタンを元にした輝く宝玉がXbox360のCMの最初に流れるエックス!の機械音声と共にはめ込まれた。

 そして杖を手にした少女が、新たなる己の誕生を告げる。


「白き箱の名のもと、ゼノンの英知をここに! 魔法エブリパ少女里見エブリ子、ジャンプイン!」



「えりちゃん、目は覚めた?」

「う、うん! なんとか……」

 目をしょぼしょぼさせつつも変身したおかげかある程度意識が回復した風情を見せるエブリ子が、眠気覚ましに杖をぎゅっと握りしめる。

「もしかしてこの人も、都市伝説の……」

 曰く、『暗闇で突然顔が見えない男に話しかけられ、その問いに答えられなかったら魂を抜かれる』。その噂話の元凶と思しき前髪に顔が隠れた男が、突如現れた鮮やかな装いの少女に声を掛ける。

「その姿……まさか……まさか、白雪ですか……?」

「ふぇ?」

 困惑するエブリ子をよそに、男はその手にぶら下げた『サ○ラ大戦 さくら咲く』焼酎を呷り、酷く興奮した様子でまくし立てる。

「白雪……! ああ、白雪……!! やっと、やっと僕の元に戻ってきてくれたんですね……! 僕はもう、顔を見せられないほど醜く汚れてしまったのに、君は変わらずこんなにも愛らしく、美しい……例えどれほどの歳月が流れようとも……歳月が……?」

 目の前の少女ではなく、そこに重ね合わせた誰かに対して語り続ける男。その言葉が唐突に途切れる。

「ああ……そうだ……白雪はもう、少女ではない……あのほんの少し背伸びしたおませな振る舞いも……ぼくが守らなければならなかった花のような微笑みは……もう、どこにも……」

「つよくんぅぅぅ……なんなのこのおじさんぅぅぅ……」

 包帯おじさんも紙袋おじさんも相当だったが、それらを軽く上回る話の通じなさに半泣きになるエブリ子。その様子を見てつよくんが硬い声で語りかける。


「彼は兄のエブリパーティ仮面……今まできみが倒してきたおじさん達と同じエブリパーティ仮面の一人で……そして……」

「そして?」

 ぶつ切れるように途中で押し黙るつよくん。少しの空白の後に意を決するように再び口を開こうとしたところに、兄のエブリパーティ仮面と呼ばれた男が突然怒気を滾らせる。

「どうして僕は君を見つけてしまったんだ……どうして、『スナックしらゆき』という文字が目に入ってしまったんだ……どうして君は、そこに居たんだ……どうして……どうして……!!」

「ひゃうぅ!?」

 大きく前に踏み出す兄のエブリパーティ仮面。その動作に怯える少女をかばうようにつよくんが前に出て、エブリ子に声を掛ける。

「えりちゃん! 早く杖をコントローラー形態に!」

「ううぅ……怖いよぉぉぉ……帰りたいよぉぉぉ……」

 エブリ子が杖のへこみを押し込むとその周囲にいくつものボタンとスティックが現れ、瞬く間にXbox360互換コントローラー形態へと形が変化する。無論エルゴノミクスデザインである。

「兄のエブリパーティ仮面! きみもエブリパーティ仮面であるならば、彼女が持つ物の意味が分かるだろう!」

 男の気を引くようにつよくんが声を張り上げる。

 エブリパリストがエブリパリストに対しXbox360コントローラーを構える。その行為が意味するところはただ一つ。

「……ああ。そうだ……エブリパーティ……僕は、それをするために……」

 僅かに正気を取り戻したように声のトーンを下げた兄のエブリパ仮面がゆらりと○クラ大戦焼酎を持たぬ手を上げると、周囲の闇が結合するようにその手のなかにXbox360ワイヤレスコントローラーが現れ出でる。

「気を引き締めてえりちゃん! 兄のエブリパーティ仮面は全てのエブリパリストにその苦しみを知らせる為にμ's全メンバーの名前のスナックを調べ上げたほどの修羅のエブリパリストだ!」

「よく分かんないけど分かった!」

「白雪……僕は……神力子町ゲート……オープン……」

 兄のエブリパーティ仮面が囁くと、絹を裂くような悲鳴と共に360インチサイズ超巨大エブリパーティイラストボードが発光して砂嵐スノーノイズを映しだし、同時にガラス窓を割って飛んできたXbox360コアシステムが山○メンバー等身大パネルに突き刺さり起動する。

「1マッチ2CPU&ゴールファースト、【火力発電所へGO】……レディー」

「1マッチ2CPU&ゴールファースト、【火力発電所へGO】レディー!」

 兄のエブリパ仮面のルールに則った宣言をエブリ子に代わりウサギが復唱する。

 一本先取。不足分の遊び手2人をCPUで代行し、状態如何に関わらず最初にゴールした者の勝ち。一対一のガチエブリパに於いてもっともポピュラーなルールだ。

 そしてマップは――。

「あ、このマップ好き! みんなぐるぐるってするんだよ!」

 【火力発電所へGO】。それは遍くエブリパリストがその名を聞いただけで震え上がる恐怖のマップだ。

 全マップ中最短クラスのマス数。しかしその目と鼻の先の【あがり】へと続く道には条件を満たさなければ入ることが出来ない。

 その条件は、入り口に当たる抜け道マスをぴったり踏む事――言わば2連続で【あがり】を踏むことが勝利の条件となるのだ。

 もし分岐点を踏むことが出来なければ永遠に虚無を彷徨い続けることとなる魔性の路。まさにエブリパーティで最も運と実力が問われるマップと言えるだろう。

 順番を決めるルーレットが停まり、無言のままにゲームが始まる。


 そして、試合はあまりにも奇妙な経過を辿った。

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