第二話 ~L○N Video アー党の決斗!~2/3

「わたしなら、もっとじょーずな絵が描けるもん!」


「――ほう」

 そのあっけらかんとした言葉に禅のエブリパ仮面の声のトーンが一段落ち、紙袋の奥の瞳に剣呑な気配が宿る。

「聞き捨てなりませんな、その言葉。悠久の時をこの白き箱に捧げた果てに誕生した拙僧の御本尊を上回る物を、今日初めてこの箱を知った貴方が生み出せると?」

「うん!」

 胸を張って答えたエブリ子がどあちゃんの使っていたコントローラーを持ち、画面に映し出された『観』の字を消して新たな線を描き始める。

「良いでしょう、ならば見せて頂きましょうか! 小学四年生の少女が描く『はじめてのL○N Video Art』を!!」

「いやエブリパーティしようよ!?」

 つよくんのもっとも過ぎる叫びは黙殺され、劣悪な操作性にも負けず楽しげに遊ぶエブリ子の声を聞くこと10分、それは完成した。

「できたー!」

 エブリ子が万歳し満足げに振り返るが、禅のエブリパ仮面は画面を一瞥して鼻を鳴らす。

「ふん、話になりませんな。これならばそこの胸部厚き少女が描いた『観』の方がよほど美しかったというものですぞ」

「でもおじさんのラ○ちゃんも、名前を聞かないと分かんなかったでしょ?」

「……」

 十歳の少女の言葉に押し黙らされる禅のエブリパ仮面。

「だから、わたしのも名前を聞いたらいっぱつだよ!」

「そこまで言うのならお答え頂きますぞ。この線がなにを顕わしたものなのかを!」

「うん!」

「まずいよえりちゃん! 禅のエブリパーティ仮面は実態はともあれ自分のラ○ちゃんに絶対の自信を持っている! もし彼がきみの絵を自分と同等以上だと思わなかったら、きみは……!」

 つよくんの焦燥の声を最後まで聞かず、エブリ子が己の絵の正体を高らかに宣言する。


「おときちくん!」


 空間にしばしの静寂が漂った後、つよくんがおそるおそる口を開く。

「……誰?」

「ええっ! つよくん『ドラッ○ーのくさやきう』知らないの!?」

「えー……いや知ってるけど……えー……?」

 ネタ元は理解した。なぜここでド○ッキーのくさやきうなのか。なぜそこでおときちくんなのかはさておき、これは無理である。流石にこれは無理である。

 エブリ子の絵を一言で表すなら二歳児に持たせたクレヨン。この線では生物の輪郭であると認識することさえ困難と言わざるを得ない。良くてじゃがいも、悪くて西部劇やアラモゴードの地面を転がるアレが関の山だ。

 これでは既に勝負あったようなもの――そうつよくんが思い、禅のエブリパ仮面を見る。

「……………………」

 しかし禅のエブリパ仮面はいつまでも口を開かない。

 それはまるでド○クエをやっていない少年がクラスメイトが語るド○クエ談義を指を咥えて見ているような、疎外感すら伝わってくるような沈黙だった。

 そして、つよくんがその反応から考えつく可能性に思い至る。


「もしかして、禅のエブリパーティ仮面はおときちくんを知らない……?」

「…………!」

 座禅を組む禅のエブリパ仮面の足先に震えが走る。その沈黙を受けエブリ子がナチュラルに容赦ない追撃をかます。

「ええっ!? おじさんおときちくん知らないの!? 『ドラッ○ーの草やきう』の『ア○エリスおときちくんとなかまたち』のキャプテンおときちくんを!? チームのとくちょーに『つかえないこともない』って書かれちゃったおときちくんを!? バッターボックスに逆向きに入っちゃったことに気付いてちゃんと振り返るんだけど結局バットをさかさまに持ったまましょーぶしちゃうおときちくんを!? ホームインする時一瞬あさっての方向に行こうとするおときちくんを!?」

「ぐっ……!?」

 相手は自分のネタを知っているのに自分は相手のネタが分からない。これはその筋の求道者マニアにとって最大の失態であり恥辱である。その非常にデリケートな感覚を全く理解していない少女があまりにも的確に会心の一撃を放つ。

「そんなぁ……こんなへんなお絵かきゲームは知ってておときちくん知らないなんて、そんなのありえないよ!」

「うぐぅっ!?」

 今にもたい焼きを欲しがりそうな呻き声が漏れると同時、今まで1ミリの傾きも見せなかった禅のエブリパ仮面の座禅が傾いた。

「チャンスだよえりちゃん! 禅のエブリパーティ仮面はきみの描いた絵の元ネタを知らない! だからその絵がどんなに微妙でも、自分の書いたラ○ちゃんより似ていないとは断言できないんだ!」

 だがその時、再び善のエブリパ仮面の姿勢が斜め30度傾いたところでぴたりと制止する。


「………………いえ、もちろん拙僧もおときちくんの事は存じてますよ、ええ」

「ええぇ……」

 虚勢だった。それはまさにバト○えんぴつで得た知識だけでド○クエ旋風巻き起こるクラスで会話に参加するかの如き絶望的な虚勢だった。

 つよくんには秒で見破られたその虚勢は、しかし純真極まる魔法エブリパ少女の目をごまかすには十分だった。

「おじさん知ってるんだ、おときちくんのこと! いいよねおときちくん!」

「ええ、ええ。拙僧が沈黙を保っていたのは貴女がこの『L○N Video Art』で絵を描くに辺りおときちくんを選んだその慧眼に驚嘆したからに他なりません。素晴らしい選択ですぞ、少女よ」

 再び上から目線ポジを取り直し立場の違いを明確にしようというポジショントーク。劣勢に立たされたその筋の求道者マニアが行う典型的なムーブである。

「チームの特徴に『つかえないこともない』と書かれ、バットを逆さまに構えてなお奮戦するその姿こそまさに横浜もとい野球の素晴らしさ、人間の持つ可能性を示唆するが如き輝きと言えるでしょう。輝きと言えば――」

「ふぇ?」

 相手の言った作品の特徴をそっくりオウム返しして知ってるアピールした後すぐさま話題を逸らす。それはその筋の求道者マニアなら誰もが身に付けている自分の知らない話題を振られた際に生き残るためのテクニックである。

 だがこの瞬間、禅のエブリパ仮面は致命的な間違いを犯した。

「おじさん、ほんとにおときちくんのこと知ってるの?」

「がはぁっ!?」

 一気に60度倒れ、空中で真横に座禅しながら必死に状態を維持する禅のエブリパ仮面。もはや到底平静とは言いがたい震え声で、それでもなおエブリ子の言葉に反駁はんばくする。

「な……なにを馬鹿な事を……一体どのような根拠で拙僧をエアプ野郎と糾弾しようというのですか……!?」

「えっ、だって……」

 そして、トドメの一撃が下される。


「おときちくんオットセイだし」

「げはあああああぁぁぁぁぁぁ!?」

「うにゃあっ!?」

 完全にエアプを論破され、遂に堪えていた分を返済するかの如く禅のエブリパ仮面の身体が空中で高速回転し始める。

 そのあまりにも惨い醜態を目の当たりにしたつよくんが憐れみを込めて呟く。

「禅のエブリパーティ仮面……きみの敗因はプニキより15年早く動物たちが鬼畜野球に興じるゲームの存在を知らなかったことだ……あるいはさっさとエブリパーティしなかったことだ……」

「つ、つよくん……だいじょーぶかな、おじさん……」

 親友を傷つけられ絶対許さないと豪語していた少女でさえ心配するレベルの奇行。だがそれも次第に落ち着きを見せる。


「く、くっくっく……」

 何百周という回転の果て、再び正しい角度を取り戻し笑う禅のエブリパ仮面。

 だがその姿は論破される前の微塵も揺らぎのない完璧なものからはほど遠い、足の痺れを隠せない俗人のように揺れ動くものだった。

「認めましょう。魔法エブリパ少女よ。貴女の描いたおときちくんはわたしのラ○ちゃんよりほんの僅かに下の位階……言い方によってはほぼ互角の質にあるということを」

「うわあ……」

 これだけの恥を晒しながら決して自分の方が上であるという立場を崩そうとしない禅のエブリパ仮面の恐るべき厚顔さに、つよくんが感嘆混じりの呆れを漏らした。それを無視して禅のエブリパ仮面がエブリ子を指指す。

「ですがこれだけは言っておきましょう! それだけでは拙僧の高みには未だ遠く! 故に拙僧の『エブリL○N解脱法』を破る事もまた不可能であると!」

 言って禅のエブリパ仮面が瞬きの内に中空からXbox360ワイヤレスコントローラを取り出した。

「さあ、真なる決着と行きましょうぞ、魔法エブリパ少女よ!」

「気を引き締めてえりちゃん! 禅のエブリパーティ仮面はあんな見た目だけどエブリ涅槃に到るために『L○N Video Art』で般若心経を641回全文写経したほどの修羅のエブリパリストだ!」

「よく分かんないけど分かった!」

「その輝ける神力を浄土へと導き、我が『L○N Video アー党』政界進出の礎としてくれましょうぞ! 神力子町ゲートオープン!」

 禅のエブリパ仮面が指を鳴らすと、背後のT○KIOの晩餐(真作)を引き裂いて360インチ巨大スクリーンが出現し、同時に山○メンバー仏像(真作)が爆発四散し中から出現したXbox360コアシステムが起動する。

「1マッチ2CPU&ゴールファースト、【スーパーへGO】レディー!」

「1マッチ2CPU&ゴールファースト、【スーパーへGO】レディー!」

 禅のエブリパ仮面のルールに則った宣言をエブリ子に代わりウサギが復唱する。

 一本先取。不足分の遊び手2人をCPUで代行し、状態如何に関わらず最初にゴールした者の勝ち。一対一のガチエブリパに於いてもっともポピュラーなルールだ。

 そしてマップは――。

「あ、このマップ好き! はじめて遊んだ場所なんだよ!」

【スーパーへGO】。それはストーリーモードの最初の戦いの場でもあるエブリパーティを代表するマップだ。

ちょうど良い大きさのマス数と区画ごとに求められるダイス運が変化するバラエティの豊かさ、そしてゴール前に待ち受ける強烈な分岐という盛りだくさんの内容はこのゲームの楽しさを象徴するかのようであり、まさにエブリパーティで最も運と実力が問われるマップと言えるだろう。

「それでは、エブリパスタートですぞ!」




しかし禅のエブリパ仮面にとってエブリパーティ以上にその身を捧げてきた『L○N Video Art』での実質的敗北のショックはあまりにも大きく、ぼろぼろのルーレットで最下位をひた走った末にCPUがチェックポイントからさくっと【らっきー7】であがりを踏み、勝率%からエブリ子が勝利して終わった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る