少女が二人
執行明
第1話
真夜中。
少年は、深い深い溜め息をついた。
ネットゲームを終え、パソコンの電源を落とした直後のことである。
彼を憂鬱にさせたものは、黒い画面に映った自分の顔だった。
なんて醜い顔をしているんだろう。
しかも彼のやや古いデスクトップパソコンの画面は凸面であったために、実際よりも太って、野暮ったい顔に見えていた。
彼はたしかに女の子にもてなかったし、美男子でもなかった。
とはいえ客観的に見て、他人に嫌悪の情を催させるほど醜い風貌をしていたわけでもない。地味な少年ではあったが、べつに嫌われ者でもなかった。
彼が女の子との関係をうまく作れない本当の理由は、彼女たちを楽しませる会話や雰囲気づくりについての経験が不足しており、そして少々あがり症であることだった。そしてそれは今後、多少の練習を積めば、いくらでも克服できる程度のものでしかなかったのである。
だが少年自身は、自分に彼女ができないことを、自分の醜さのせいだと思っていた。
もっと美男子なら……
彼はベッドに寝転がり、クラスの女子たちがきゃあきゃあ騒ぎながら広げていた雑誌に載っていた、男性アイドルの顔写真を思い出した。
何百万もの人々に愛されているアイドルがいる一方で、誰にも好かれることなく、部屋の中で孤独な時間を過ごしている自分がいる。ある程度まともに話せるのは、醜い素顔を見られることのないネットゲームの中だけだ。いや、自分の存在など、彼と比べてみることさえ不遜なのだろう。
もっと卑近な……クラスで女子に人気の同級生を思い出し、少年はさらに憂鬱になった。
確かに彼は顔がよくて女の子にもてる。が、さっき考えたアイドルの足元にも及ばないだろう。そして、自分はその同級生にすら、遠く及ばないのだ。
ましてやアイドルのような「選ばれた者」から見れば、ウジ虫以下の存在――それが自分なのだ。
そういえばあの同級生は、今日も彼が憧れていたあの女の子と、楽しげに話していた。
彼が一目見て「僕には話しかける資格が無い」と悟ったあの少女。綺麗で、社交的で、誰にでも人気のある少女と。
「あらあら、おいしそうねえ」
まったく聞き覚えのない声に起き上がると、女がいた。見たこともない女が。
女は美人だが、異様な青い肌をしていた。青白いというのではない。完全に青いのだ。
「だ、誰?」
「分かりやすく言えば、悪魔よ」
「悪魔?」
「そう、よくあるでしょ。悪魔が現れて、あんたの願いを叶えてくれる物語」
「悪魔……」
怯えた目で見つめ返す少年に、悪魔の女は言った。
「まあ、そう名乗るとたいがい、そんな目つきされるんだけどね。あたしらの食い物はね、人間の不平不満や憂鬱のエネルギーなのよ。願い事でそれを解消してあげると、その分があたしらの力になる。だからそれ以上の代償なんて要らないわよ。あんたらにとっちゃすっごい有難い話なんだけどなー。でも、人間はあたしらを悪魔と名付けた。勝手にね」
青い女悪魔はケラケラ笑う。
「あんたらも心の底で分かってるんでしょうね。自分たちの欲望が、神様だの天使だのってイメージのいい存在のお気に召すような、お上品なもんじゃないってこと」
「……」
「で、あんた何が不満なの」
話の早い悪魔だ。
「不満って」
「誤魔化さない。すっごく美味しそうな不満と憂鬱の匂いがしてたわよ。だから来たんじゃないの。ほら言いなさい。別に言いふらしたりしないからさ」
「僕は……もっといい男になりたい」
「イイオトコ?」
「こんな醜い顔じゃなくって、女の子にも好かれるような……」
「ああ。自分の見た目が気に入らないのね。お安い御用よ。こんな姿になってみたらどう?」
悪魔は変身してみせた。でっぷり太った色白で中年の男に。
「帰ってくれ」
「ちょっとちょっと」
悪魔は慌てた。
「わかったわよ。人間の美的感覚って目まぐるしく変わりすぎるのよね。ほんの200年ばかり前に呼び出されたときには、脂肪をたっぷり蓄えた富裕者タイプが人気だったのになあ。今じゃ、いつ餓死してもおかしくなさそうな奴らばかり女連れで街を歩いてるのよ」
悪魔は溜め息をついて言った。
「まあいいわ。こんなんじゃお前をどんな姿に変えてやっても、流行が変わればムダになっちゃいそうね。サービスよ。お前の好きなものに変身できるようにしてあげる。あなたがなりたいもの、完璧にそのままになれるのよ。原子一つ分のズレもなく、ね。
なりたいものを想いうかべながら、こう唱えなさい……」
変身の呪文を教えて、悪魔は消えていった。
残された少年は思った。
試してみよう。男性アイドルのような外見に、一度なってみたい。そう思って少年は呪文を唱え始めた。
が、唱えているそのとき、少年の心に奇妙な考えが浮かんだ。
あの女の子になってみたい。
妬み、憎む気持ちの方が強い男たちの姿より、自分がいちばん好きな人の姿になってみたいと。
次の瞬間、少年は、いや少女はキョロキョロと部屋を見回した。
「あれ、ここ、どこ?」
少女は部屋を出てみた。廊下にも、間取りにも、まったく見覚えがない。
戸惑いながら玄関まで辿りつき、外に出てみる。そこが自分の通学路の途中であることに気付き、彼女は少し安心した。
少女は玄関を振り返り表札を読む。
確かクラスメートに、同じ苗字の男子がいたはずだ。
そこは彼の家なのかもしれない。でも、来た記憶はまったくないし、どう考えても自分が今日、彼の家にいるべき事情にも思い至らない。そもそも彼とは話したこともないのだ。
ひとまず少女は、家に帰ることにした。
帰り道で彼女は、
「あたし、彼と何かしちゃったのかなあ……」
その男子の顔を思い浮かべ、まんざらでもなさそうに顔を赤らめた。
少女が二人 執行明 @shigyouakira
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