第21話 寂しがり屋のフレデリッサという名の短剣と言う物体の王女様。

 成す術もなく倒された俺だが、まだ意識も体もしっかりしている。 俺とてこのままやられっぱなしでいる訳にはいかない。 もう一度反撃のチャンスを見極めなければ!


「あらー、もう駄目なのー? もうちょっと頑張ってくれないと面白くないじゃなーい。 ほらー、頑張ってー。」


「いや、もう無理デス。 立ちたいので、ちょっと手を貸してください。」


「しかたないわねー。」


 フレーレの手が差し出される。 今この手を掴んで立ち上がるのは容易い。 しかし、しかしだ! これでは俺が叩きのめされただけで、全く良い思いをできていないじゃないか! フレーレからお礼もされてはいない!


 だから俺は差し出された手をスル―して、その奥にあるたわわに実った果実へと手を伸ばした。 ムニュッとした少し固めの感覚。 これはとても良いものだ!


「ひゃん。」


 完全に不意を突いた俺の行動に、小さな喘ぎ声が聞こえて来る。 しかしそれと同時に俺の頭に激しい衝撃がぁぁぁぁ・・・・・。


「ブゲッ!」


 だが俺は死んではいなかった。 最後の力を振り絞り、掴んだ手でもうひと揉み。


「バールのッ、エッチ―!」


 だがそれが俺が出来た最後の行動だった。 頭上に降り注いだ連撃の雨は、俺の意識を刈り取るのに十分なものだった。


「やっぱりバールってエッチなのねー。 次やったら、もう容赦しないわよ!」


 そんな俺が再び目を覚ました時には、フレーレの姿は見当たらなかった。 たぶん一人で先に進んで行ったのだろう。  どれだけ気を失ってたのか分からないが、隊長達もまだ来ていないらしい。 もし来ていたら俺に声を掛けるはずだし。


 しかしあれだ、さっきの打撃は普通の人だったら死んでたぞ。 あ、まだクラクラする、もうちょっと寝ておこう。


「ああ、床が冷たくて気持ちいい。」


 十分に床を堪能した所で、そろそろフレーレを追い掛けるとしようか。


「いよっと。」


 床から跳び起きた俺だが、この部屋の奥に通路が見えた。 あの巨体の蛙の所為で気付かなかったが、もしかしたらフレーレは彼方の道に行ったのかもしれない。


 どうしよう、此処に来て初めての分かれ道だ。 よし、少しだけ進んで迷いそうなら また戻って来るとしよう。


 その道は迷うまでもなく、直ぐに行き止まりにたどり着いた。 そこには今までより立派な扉が閉じられていた。 大きな鎖で封印されているのだが、劣化によりもうボロボロに錆び付いている。 誰か入った形跡は見られない、フレーレはこっちには来ていないらしい。


「・・・・・ていッ!」


 槍を振り下ろしてみると、その鎖は簡単に崩れ落ちた。 俺がその扉に入ると、そこにはとんでもない量の財宝の山を発見した。 これだけあれば国でも買えそうなレベルだった。


 俺は後を振り返り、この状況を確認した。 大丈夫、隊長達の気配はしない! もう今なら取り放題だよ! だが俺も馬鹿じゃない、財宝なんて抱えて持って居たら、あの教授に確実にバレる。 最悪全部取り上げられる。


 この中から選び出すんだ、持ち歩いてもバレなくて、かなり値段がしそうな物を!


 俺はこの部屋の中を駆け巡った。 一気に全てを物色し、丁度よく隠せそうな一つの短剣を発見した。 鞘は宝石で散りばめられ、鍔等が黄金で出来ている。 剣に錆も見当たらず、このまま使ったとしても十分使えると思う。 これを隠して身に付けていれば、きっと誰にも見つからない筈だ! これにしようと手に取った時、その鞘に何か書かれているのを見つけてしまった。


 ん?・・・・・この短剣を持つ者、試練の間へと導かん。 己の力を尽くし、勝ち取るがいい?


 ・・・・・やっぱり止めよう、変な事に巻き込まれたら困るし。 俺は試練の場なんて行きたくない。 この短剣は諦めて手頃な金貨で我慢しよう。 俺はその短剣をポイっと投げ捨て、金貨を袋に詰め込んだ。


「おい貴様!」っと、そんな女性の声が聞こえた気がした。 その方向を見ても投げ捨てた短剣ぐらいしか見当たらない。 うん、気のせいだろう。


 金貨を詰め込み終えた俺はその部屋を出ようとしていた。 だが再びその声が聞こえて来る。


「聞こえているんだろ! こっちを向け、馬鹿男!」


 短剣が喋る訳も無いし、もし本当に喋っても、そんなものに関わり合いに成りたいと思わない。 女性の声だからちょっとだけ気になるが、流石に短剣を口説く趣味は無い。 もう聞かなかった事にしよう。


「金貨だけ持って行くなこの泥棒! こらまてー! 私を置いて行くんじゃない! ちょっと、ほんとに待って、ちょっと待って! 話だけでも聞いて行ってええええええ! 私の体を好きにして良いからああああああああああ!」


 短剣をどう好きにしろと?  如何にも五月蠅すぎるので、俺はほんの少しだけ話しを聞いてみる事にした。


「良く聞け下民、この私こそ第六代ブリガンテ王の娘、フレデリッサなり! さあ頭を下げよ、ひれ伏せ、そして私をこの場から連れ出すのだ! さあ下民、私を連れ出せる事を光栄に思うが良い!」


「・・・・・。」


 六代って相当前な気がするんだが? 俺はこの国の歴史をあんまり詳しくないからよく知らない。 この短剣に幽霊か何かが取り付いているのか? 何方にしろ俺には関係のない話だ。 やっぱり聞かなかった事にした方が良いのかもしれない。


「どうした、早くしないか! コラ、返事をしないか!」

 

「あ、はい、そうですかフレデリッサ様。 あ、俺下民なんで、触るのも失礼でしたね。 じゃあ俺用事が有るので帰りますね。 じゃあさよならー。」


「ま、待ってえええええええ! これ以上私を一人にしないでえええええ! 謝る、謝るからあああ! だから私を連れて行ってください! ごめんなさい、下民って言ってごめんなさい!  く、靴、靴を舐めさせてください! ペロペロって舐めます、舐めますからああああああああああ!」


「えぇぇぇぇ・・・・・。」


 俺が逃げようとすると激しく動揺している。 短剣がどうやって舐めるって言うんだろう? フレデリッサのあまりの懇願っぷりに、喋らないという条件で、この短剣? を持って行く事にした。


 彼女は昔王国から送られた魔法の短剣を、勝手に持ち出して勝手に遊んでいたら、この短剣の中に閉じ込められたらしい。 そのまま誰にも見つからず何十年も放置され続け、盗賊の手に渡ったり取り返されたりして、この国に戻って来たらしい。 その頃には代も替わっていて、誰も彼女の事は覚えていなかったとか。


 そして死ぬことも出来ず、ただ金貨の数を数え続けて、妄想にふける毎日だとか。


 ・・・・・何というか、自業自得の人生を送っている。


 俺は彼女? を連れて蛙の居た場所へと戻って行った。 蛙の部屋には隊長達が丁度到着している。 倒された蛙と、俺を発見すると、あの教授が怒鳴り駆け寄ってきている。


「貴様、これは如何いう事だ! 何故私の前に進んでいるんだ! 先ほども言ったが、この遺跡は私が何年もかけて発見した私の遺跡だ! お前達が勝手に進む事は許さん!」


「いやいや、ワザとじゃなくて、ちょっと道に迷ってしまっただけですから。 ごめんなさーい。」


「それで許されると思っているのか! この私がどれだけ・・・・・。」


「おいエル、ちょっと話が進まないから黙らせてくれ。」


「・・・・・ん。」


「フガッ、フグア、モガ!」


 教授がエルに口を押えられ、モガモガとまだ何か言いたそうにしている。 もう相当時間が経っているし、そろそろエルの力は戻っている頃だ。 教授が頑張っても、そう簡単には振りほどけないと思う。


「んで、お前はフレーレと一緒だと思ったんだが? 何で一人なんだよ。」


「い、いや、ベツニナンデモナインデスヨ。 ただちょっと逸れてしまっただけですから。 それより隊長、俺この先に宝物庫を発見しましたよ! もう凄い財宝の山で、きっと皆ビックリするんじゃないですかね?」


 俺の言葉に反応して、教授が激しく暴れ出している。 これは絶対自分の物だとか言うんだろう。


「ほう、そいつはスゲェ。 んで、お前は何を盗って来たんだ?」


「いえ~、何も取っていませんよ~。」


「スゲェ怪しいが、まあ良いだろう。 じゃあノアさん、その財宝が有ったとして、俺達に分け前は貰えるんだろうな? 此処まで手伝ったんだから当然王国にも分け前が貰えるよなぁ?」


「え~っと確か・・・・・。 自国の領内で出た物に関しては、全部ブリガンテ国の物です。 勝手に持ち出したりしたら処刑ですね。 問答無用で死罪です。 財宝の交渉はマリーヌ様としてもらうとして、バールさんは、本当に持ち出してないですよね?」


「はい、持ち出してないです!」


 俺はノアさんの問いに対し、キッパリと返事をした。 そして教授も何だか大人しくなっている。 もしかして知らなかったんじゃないのか?


「この下民は嘘をついている! この私、第六代ブリガンテ王の娘、フレデリッサが証言してやろう!」




 そう言いだしたのは、フレデリッサという名の短剣だった。 やはりこんな物を持ち出すべきじゃなかった。 捨てて来るべきだった。 そう後悔したところで、もう手遅れだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る