New mail

@nekonohige_37

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 先日私が見つけたそれは一枚の手紙でした。

 サイズはA4程、真っ白に漂白された紙に癖の強い文字が羅列したそれは、ミミズが這いまわったみたいなその文字列とは異なり、几帳面な程丁寧に4つ折りにされ、茶色がかったクラフト紙の封筒に収められていました。

 真っ白な紙と几帳面な折り目、そして汚い文字と飾り気のない茶封筒、その地点でちぐはぐな手紙は、宛先も差し出し人も不在なまま私の家の玄関に置かれていました……いいえ、それは置かれていたと呼ぶよりも、寧ろ放置されていたと表現する方が正しいのかもしれません。

 何故なら、その手紙は私の家の郵便受けでは無く、ましてや玄関を形成する飾り気のないモルタルの上でも無く、そのわきにちょこんと置かれた石膏製の蛙の置物の口の中に、無理矢理に押し込まれいたのです。

 それを見た時は私はとても驚きました。

 傘を片手に大きく欠伸をするその置き物と同じく、私は飾り気のない蝙蝠傘を片手に大きく口を開けて、変な声を出してしまったのを鮮明に覚えています。

 とはいえ、驚いてばかりにはいきません、いえ……正直なところ余命宣告を受けた訳でも空から力士を積んだバスタブが落下してきた訳でも無いので、私が冷静さを欠いたのはごくごく一瞬、恐らく時間で言えば0.001秒未満の出来事でしょう。

 兎に角、唖然としていた私は左手に握られていた買い物袋を保持する任を右腕に押し付け、傘の保持と安っぽいビニール袋を保持する過剰労働を強いらせた私は、空になった左手で折れ曲がったその茶封筒を掴み、家の中へと上がりました。

 郵便局員のちょっとした悪戯かそれとも嫌がらせか、あるいはその両方かもしくは日頃の過剰労働の末に精神面に何かしらの障害が発生し、その結果引き起こされた行動か。

 正直この時の私には何一つ検討が付きませんでした、家の中に入り飾り気のない封筒をまじまじと眺めた時、私はそれが郵便局員の手を介した物ではなく、それらとは全く異なる人物の手によって等官された物だと判りました。

 なぜなら、その封筒には捺印の類も一切施されていなかったのですから。

 「さてこれは誰が持って来たものだろうか……」

 この時私はこんな声をあげました。

 とても間の抜けた声で、そんな私の声をあざ笑うみたいに、畳の上に置かれたレジ袋はビルの倒壊現場みたいに倒れ、中に入っていた炭酸水のボトルをひっくり返しました。

 狭い6畳間の片隅では冷蔵庫が鈍いモーター音で伴奏を奏で、薄い壁越しに隣人の話声が不明瞭なメロディを連ねます。

 そしてそんな形の無い譜面に答えるみたく、私の手の中では封筒がぴりぴりと開かれ、茶色に包まれた真っ白な中身の一部を覗かせました。

 こういうとき普通の人はどんな事を思うのか……いえ、私自身普通の人間であると思っていたのですが、どうにもこの時お私は普通の人のそれとは違う事に意識が向きました。

 それは匂いです。

 手紙を開いた時、その中身が乱雑な文字で繋がれたものである事や、相も変わらず差し出し人不明だった事など、それらの感情よりも先に、封を切った刹那鼻孔を擽る匂いに気付いたのです。

 おおよその人が知っている通り、手紙の香りにはそれほど多くのバリエーションはありません。

 インクの匂いか、あるいは真新しい紙のパルプ臭か、もしくは古本屋みたいな甘くてほこり臭い古びた臭いか。

 ですが、その手紙の匂いはこれら三つのテンプレートとは異なり、焦がしバターとカラメルを合わせた様は非常に甘ったるい臭いがしたのです。

 何故手紙なのにこの様な香りがするのか。

 そんな事を考えていた時、ふと私は気が付きました。

 物を構成する情報、それらは実際に存在する情報と、個人それぞれが勝手に想像する二種類の物があり、大抵の場合その比重は後者が担っていると言う事です。

 例えばフルーツ味の飴やかき氷のシロップなどが有名です。

 オレンジ、イチゴそれにメロンなど、その手の商品の味のレパートリーは豊富で、ステンドグラスの様に色鮮やかなそれらは、色と同じく個性豊かな味覚を発揮します。

 ですが、それらの商品は皆味という点に関しては全て同じで、香りと色以外は全て皆同じ物なのです。

 では何故人はそれらを別の味として認識するか?

 それは単純です、人はこれが『○○味だ』という思い込みの末、記憶の片隅から情報を引きずり出しそれらの味を勝手に補完するからです。

 結果、人は口に入れたそれらの味が皆同じなのに関わらず、無個性なそれらから勝手に個性を生みだし、全く別の物として認識します。

 これらの現象は味覚に限った話ではありません。

 何て事の無い顔写真も、『犯罪者』のルビが振られるだけで極悪に見え。

 物ごころすら無い赤子が描いたインクの染みも『現代アート』一文で壮大なテーマを纏います。

 何処にでもいる社会人が描いた乱雑な文章も、『手紙』というテーマを纏う事により小説という作品へと昇華します。


 ところで。

 0と1によって構成されたこの文章をモニター越しに閲覧する貴方にとって、この単語の羅列は、小説でしょうか? それとも手紙でしょうか?

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