#陰鬱短歌 2018/1/30から

久利須カイ

第1話 2018/1/30~2018/9/14

戯れに「バルス」と唱えて目をつむる 午前零時に膝を抱えて

月を食む陰を心に飼う者は空を見上げずナイフを握る

積もらずに降っては融ける淡雪は空疎なだけの来し方に似て

冬の夜を痛みを抱いて過ごす人を 朝陽よ早くぬくもりで包め

右の手がダメになったら左手の骨が折れるまでぶん殴ってやる

今までに縁を重ねた人々に 己の意味を問いただす無意味

遺伝子を残す権利と引き換えに 手に入れたのは野垂れ死ぬ自由 

吹く風も私の洞(うろ)を抜けるだけ 寒さ感じる心すら無く

亡骸は鳥に喰わせよ 魂を空の向こうに解き放つため

飲み込んで胸に沈めた言の葉は我が身を苛む毒となり得る

右の背の奥が脈うち疼くのは心の熾き火がそこを灼くから

いまもなお滲む血が止まらないのなら名前をつけよその古傷に

人知れず哀しみ抱えて生きる人の背中は不穏に張りつめており

幾年も前に断線した指の神経に送るもどかしいパルス 

ざりざりと音を立てては削り行け瞬きの間に時よ命を

過ぎた日の多生の縁は縺れあう血の色の糸 唇を噛む

はて幾度、命をくりかえした先で辿りつくのか六道の外

我をして穏やかと評する人よ 胸裂き覗け荒れる雪原

虚無に満ち暁になお暗い淵 朽ちた音符のよどむ水底

過ぎる時かぞえるだけの毎日の価値を尋ねる行き交う人に

ファウストが魂をかけて止めるほど美しい時を我はまだ見ぬ

群れつどう電車の中にひとり立つ優しい人になりたいと思う

過ぎ行きの記憶の一部がないのです。書いた覚えのない曲を聴く。

雪よ降れすべてを白く塗りこめよ我が痕跡もあとかたもなく

かなしみに訳はいらない。青白い月であなたが唄うブルース

三日月は月の光が弱いから光合成もできないでいる

奥歯だけ磨り減り方が異常だと福音のように歯医者が告げる

墨色の空の底にて冬眠す ヒグマになった夢をみました

ありとあらゆることがどうでもよくなる そんな日があるそれが今日です

世界から消滅したらわたくしの不在に誰か気づくだろうか

成熟の機会を避けて我はまだ拳をきつく握り締めており

半分が優しさでできているのなら残り半分はせつなさですか。

不確かな世界を踏んで生きている彼も彼女も君も私も

人知れず世界の隅で枯れゆくだけの生活をせめて認めよ

幾度も重ねた if の裏側で暮らす分身よ幸せであれ

現実では言葉にできぬ弱さこそ歌に詠みおり奥歯噛みしめ

ビルの間に呑まれる夕陽を見るたびに世界が終わる夢を見ている

薄皮をざらりざらりと剥ぐように欲を失くして白に近づく

期せずして猫に掻かれた手の甲に命の色見ゆ磔刑の夜

失えば悔やむだろうかプライドと中途半端なインテリジェンス

欲しいのは祈りにも似た野生だけゴッホのような賢治のような

換金が効かぬ程度の創造性 二進法では持てあましている

袖口のほつれに自分で気づくこと一人で生きることの現実

かなしみも悲しみも哀しみもすべて怒りに置き換えていた。

8度5分 世界がわずかに輝いて美しいもの見てる心地す

また今日も生存記録を更新す 帰属の意味を失う国で

人のためと誰かにかざした優しさはまことの無私から出でしものかは

二十路(ふたそじ)ですべて融かしたわたくしは十二小節のブルースを弾く

幼い日みずから掛けたまじないが未だに解けず戒めとなる

握る手はきっとどこかで離すだろう何度時間を巻き戻しても

いつ終えど未練の一つもない生を君は不憫と哀しむだろうか

心など疾うに失くしたからっぽの胸が病むのは幻肢痛に似て

落とし物を懐かしみつつ振り向いた 拾いに戻ることもせず、ただ

街並みが白に埋もれる雪の日は少年の無為を思い起こせり

自らの子供の時を救うごと慈愛を他者に分け与う人

わずかでも寄せられた愛にわたくしは等価の愛で応えたろうか

今生は雨宿りだと思いおり行き交う人に黙礼をしつ

百年後一人も残らぬ酔客を弔うように桜ほころぶ

花霞浴びる心はなお寒し融けぬ氷をへだて見上げる

ゴルゴダの丘の桜は赤からむ彼の示した葡萄酒のごと

喧騒を遠くに聞きつ春の月ひとり見上げて唇をかむ 

わたくしが生きているのは偶然がただ重なっただけでしかなく

ひとりだけ世界の外にいる思い幼いころから拭えずにいる

閉じられた円の中で暮らす我に手をのべる人よ幸いであれ

夕闇をはばたく烏の濡羽色 桜も空にも馴れ合わずにおり

満月の光の波に洗われて今夜わたしは野晒しとなる

飲みこんでいくつも沈めた感情が青を重ねた断層となる

日々かさねた嘘が自我まで塗りつぶし道化となりぬ笑顔の面の

ニューロンに電気の飛ばぬ脳かかえ途方にくれる四月一日

魂を熔かす炎も遠くなり燻る煙は西へ流れる

行き場なくおびえる幼い魂を光へみちびけ黒い翼で 

軽やかな衣あふれる街で一人コートの中の冬と遊びぬ

北の街はすでに見知らぬ場所となりふるさとのない我はデラシネ

ゆく君を生まれ変わるたび見おくろう春を弔う八重の桜と

泣きたくも涙ながせぬ人々の代わりに空が哭く午前二時

身の内を寒の戻りの風がぬけ骨がからから鳴る音がする

体内にめぐる血すべて浄めては福音の声待ち呆けている

人らしい希望の欠片さがしてはさまよい歩く流氷の海

春が待つ場所へと急ぐ鳥の影をさいはての海でひとり見上げる

荒波に打ち砕かれて海となり希望となりぬ月うつしたる

溺れる人の我に伸ばせし腕だけが己の価値の指標となりぬ

しずしずと大気の沼に沈みたりボーイングの裂く雲と聴覚

多数派に常にその身を置く人よ幸せに生き幸せに死ね 

いつからか世の中と合わぬ歯車の軋みたる音やまず聞こえおり

日々嘘を重ねてたどり着きし今日 自画像の顔黒く潰しつ

目覚めたらそこは墨絵の国でした。痛む目の奥、デパスで宥めつ。

幾重にも閉ざした扉の向こうから心の震える音きこえたる

幼い日おもい描いた生活をいまは遠くに夢み生きたり 

触れただけでそれとわかる傷痕を目をつぶりつつ指でたどりぬ

正論を気負うことなく吐く人の健やかな心うらやんでいる

閉じていく感情をただ傍観す影だけうつすガラスの目玉で

悲しみを哀れむなかれ悲しみは誰でもなくただ我の悲しみ 

三日月と彼岸へ続く石畳 鳥居の下の君の名を呼ぶ

享楽に罪悪感は伴いぬ何処かから来る流れ矢を待つ 

幾たびも重ねて起こる偶然に負の法則を見て怯えたり 

重なりし些細な不運に囚われて強迫という檻に住みおり

愛という想いは無力 隣人を幸せにすることもできない

愛情は無限であると信じたりセピアの人よ幸せであれ

低くなる空を眺めつ育ちゆく頭痛の種子を意識している

体内を走る血潮を加速する煌々と照る月の引力

自らを珍獣であると自覚せり憐れむなかれ絶滅危惧種を

時だけが遠くになりぬいたずらに記憶は未だ生々しくあり

周りとは異なることが才能の証拠ではない健やかであれ

サヨナラをならいとしたる生き方に人を巻き込むことのこわさよ

モノクロの森の深くに閉じ込めし記憶の胞子が肺を染めたる

満ちていく思いは希望 引いていくことも同時に我は知りおり 

雲を裂く光の束に背負いたる翼を灼かれ墜ちるイカロス

穏やかに我は生きたし甲斐もなく前世に殺めし人を数える

夕焼けを犯す夜を眺めたる数多の窓の灯り憎みつ

生活に向かぬ命と自覚せり白い境界線を歩みぬ 

関わりしあまねくすべての人々を不幸にせしむ眼差しを伏せる

降る雨を避けることなく打たれたり罪の意識をそそげとばかりに 

出荷時のミスで本来オプションの気圧計埋め込まれたる我

一筋の光のために今日もまた血を流しつつ筆置かぬ君

心臓を凍らせしめる冷血の巡る体を抱くことなかれ

五線紙に絡めとられる因果あり畏怖を込めつつ音を奏でる

耳のうち響く和音をたぐり寄せ刻むがごとく書きとどめたる

在りし日の自分に捧ぐレクイエムを今日も詠むなり春を見送る

魂にあいた穴から零れ落つ血潮で染めよ足元の画布 

腹の底の酸化しかけたガソリンが再び燃ゆる青い炎で

幼子の頃に愛したものひとつ思い出せない後ろめたさよ

波に洗われ風に磨かれ月を映す石になりたい最涯ての地で

青白く電気がかおる晩春の夜なお更けて絃をつま弾く

くちびるも裂けよとばかり高らかに我は歌えり反魂の歌

哀しみも痛みも傷も苦しみもガソリンとなれ世界を燃やせ

明けぬ夜はないと言いきる人たちは長さ知るまじ絶望の夜の

一生を支えるにしては脆すぎる体つらぬく細き背骨よ

一日の死を眺めつつ口ずさむランボオの紙とペンの「永遠」

精神の樹海に溺れる人びとの命よ巡れ安らぎの地へ

夏の日に虹をなくした清らかな魂の住むモノクロの街

やすらぎの夜などはない毎晩が朝へとつなぐ綱渡りの時

毎日に意味を求める価値観はそれだけで罪、悔い改めよ

神さまは確かにおわす人間を創りたもうたことは忘れて

生命に意味など問うな人はみなただ生まれたから生きているのだ

鏡には疲れた顔がひとつあり私はそれを他人と思う

他の星に輝度は劣れど迷う人の北辰の星になりたいと願う

いつの日か刃物のような言の葉で腹を斬るから介錯を頼む 

春が死にあまい腐臭をまき散らす火球は落ちて街の西を焼く

どこかから空気の漏れる音がする頬の内側の肉を齧りつ

悲しみを掬うばかりの生き方を選ぶ命に花を贈らむ

知らぬ間に背から刺された心臓が血を撒きちらし貧血である。

ただ時をやり過ごすだけの日々でなお違和が苛む ただ血を恨む

静脈に流れる青い諦めの結晶を吐けばブルースになる

「一日を今日も死なずに生きました」呟く苦さはチョコに似ており

ここにいる意味を忘れてもう長い空に問えどもただ雨の降る

太陽と月を想像してほしい それが世界と俺の距離感 

恥を知る知るからこそに自責するあなたにおくる夏のボサノバ

投げつけた刃のついた言の葉は己が舌をもふかく切り裂き

ただ日々を送るだけでも訳もなく罪悪感にくれる水無月 

紫外線をとらえる鴉の瞳には風は何色にみえるだろうか

不出来なる息子をもった生活は幸せだったか父に問いたい

「父もまた太宰を愛する人でした」虚無の血筋を一つ滅ぼす

わたくしと世界の間の歯車の微妙に狂った径とギア比と 

行き来する気圧の波に呑まれては大地の上で我は溺れり

降る雨を恵みの雨というのなら芯をむさぼる火を消してみよ

ゆらゆらと揺れる光は狐火か落とした心が燃えているのか

幾つかの岐路を誤ることなくば正しい大人になれただろうか 

今生は贖罪のターン。前世で殺めた数だけ額づき生きる。

悲しきは共に居りたる人にさえ信を得られぬ我が不誠実 

生きづらい種を残さない判断がおそらく人生唯一の正解 

魂を運べや運べ身体から無益な生を剥がせ烏よ

言い訳をひとつひとつと探しては苦痛のない穴から目をそらす

繰り返す命の意味はどこにあるいずれ終わると理解しながら

愛を知ることなく終える生だろう不実な優しさで人を殴る

その場所を動かずぐるぐる回っては地球が回ると信じたる人

人間の言葉を解さぬものらしか愛せぬ日々の暮らし侘しき

最果てへいつか行きたい誰一人わたしのことを知らない土地へ 

目の玉も骨も心の消し炭も蒸発せしめる神の火を待つ

人をだまし自分をだましいたずらにだましだましつ日々生き延びる 

微苦笑と黒い犬とを友とせむ人の感傷を嘲るなかれ 

一日の終わりに今日の失敗の数を指折り数えたる癖 

羽をぬらしはばたく烏はなお黒い墨絵の空に溶けこみもせず

目の前に半透明の膜がある揺れは現実それとも夢か

いくつもの歴史の上にいるはずがカリスマ不在の時を歩みぬ

はるか西しずむ夕日を眺めたり無限の明日にため息をつく

群青の空に月がかかるころようやく息が楽になるのだ 

魂に触れんと胸を手で突けど何も触れざり背に抜ける指

果たせない約束だけが増えていく彼に彼女に過去の自分に 

人々の視線のピンに止められて作り笑顔の標本になる

諦めを常の倣いとする人は永遠の名を唱えつつ寝る 

藍色の沼に囚われ沈みゆく肺の奥まで青く染まりぬ

他の人を鏡にせねば自らの価値を量れぬ哀れなる人

空に向け指を伸ばして「バン」と言う 墜ちよ太陽、燃やせ世界を

地の上に楽園はない熱風は溶かした人の寿命が匂う 

靴ずれを確かめるのに止まる間に時は流れて化石となりぬ

人々の背すじ醜し苛立ちはつのり無敵の人うまれたり 

燃ゆる陽を全速力で駆け抜けよとろける季節追いこせば秋

無為の時の終わりをじっと夢見てはメビウスの環を歩き続ける

日の釘に手足打たれた我の影は路上に落ちて磔刑となる

深海の底の地層の奥深く鯨の骨を抱いて眠りぬ

月光の光合成で生きていく人目にふれぬ花になりたい 

朝生まれ夕べに死ぬる魂を弔う日々を繰り返しており

今日もまた世界のどこかで消えていく幼い命とわたくしの誤差

他の人を幸せにする術はないせめて行き交う人に優しく

いびつなるピースの一つである我は世界のパズルに嵌まることなし 

赤熱の空からしたたる雨粒は自尊心だけ選んで融かし

心の座 前頭葉に刺さりたるレントゲンには写らない棘

愛情を信じぬ人には名を呼びつ愛を愛として示すほか無く

電圧のあがらぬ夜はこめかみに繋いだディストーションペダルを踏む 

縁日に物欲の子ら泣きさわぐ祭囃子に夜が焦げつく

崇高な理屈ではない。利他的なやせ我慢こそ人を人とする。

大切なものは手放し棄てていく仏と逢えば仏でも斬る

行き交った君が忌にみる夢にわたくしのでる幕はあるのか

ありとあらゆる感情は醒めていく例外はなく愛もふくめて 

追憶は灰のごとく降り積もる来たる嵐の吹きすさぶを待つ

最涯てを求めた君のいる場所はただの水際、深さ五ミリの 

奇蹟など信じるものか曖昧な偶然の末いまここにおり 

秒ごとに色がうつろう西の空 人の心もかくのごとくに

夏空をいろどる花火に憧れた身を融かすだけの蝋燭である

正義とは多数で決めるものならば常に断罪される側にいる 

降りそそぎ降りそそいでは照りかえす太陽がメメントモリと言う

青春を終えたる街を佳き人と歩き記憶の上書きをする

身を灼いて夜空をはしる流星は息するだけの生きかたを問う

身のうちに響く谺を聞いている虚ろな心にやむことのない

向日葵を愛した画家の太陽の光とどかぬ心かなしき 

携帯の光が照らす天井を手枕で眺む一人寝の夜 

融けている、体の芯に固まった意志と意識のあいだの齟齬が

ヒグラシの声が聞こえる燃え果てた夏を見送る空を見上げつ 

われ思う故にわれ今ここに在り。しかし昨日われは在りしか。

執着も絆も縁も捨てて行く夜へ踏みだす月への旅路

自らを肯定できぬ毎日は終わりの場所へと向かう道行き 

液晶に流れる景色で思い出す世界の彩度を昼の明度を

行く人を奥歯かみしめ見送りし立ち尽くす人の背中うつくし

静寂にむしろ近づく雷鳴は、空が零した涙のブルース 

目の玉を奥へ奥へと押しこみぬ墨色に似た空のおもさよ

手をとって夏を駆けゆく少年と少女を見やりヒグラシを撃つ 

背を裂いて肩甲骨よ羽となれ鈍い疼きはもはや望まじ

息をして二酸化炭素を吐くだけできっと誰かの邪魔をしている

透明な感情のままいることの意味と難しさと訳を問う

呼ぶ声を耳を澄ませて待っている骨が朽ちてもただ待っている 

寂しさを寂しさだと認識できずコーヒーを淹れる口笛をふく 

ごうごうと夜を削るようにふく風はやがて月さえ三日月にする。

過去はない故郷と呼べる場所もない生きる理由もままならない日々 

やすやすと積み上げた日々は崩れ落つ指くわえて見る己が無力よ

伝え聞く不安に感染しながらもいつもと変わらぬ生活をする

空に流る雲を羨む自らをただ地の点と自覚して立つ 

夜を行く方角もわからないまま顔の向いている方を前とする

繰り返す幸と不幸の真ん中で縺れ縺れて漂っている

悲しみに色があるならあかね色 一日の死の弔いの色

足早に時速5キロで歩くだけ休むでもなく駆けるでもなく

白々と光芒放つ魂に悪を描けと墨を垂らしたぬ 

静謐にただ生きることは難しく憐憫を期待しつつ生きおり

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